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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

「ラピュタ」TV放送で考えたこと。「バルス論」「みんなで一斉に見る」「宇野常寛」…

1:過去の文章の再紹介

けっこう、放送後からこのエントリに来訪してくださるので、あらためてリバイバル

■なぜラピュタは「バルス!」の一言で国家が崩壊するような、あぶねー自爆装置仕込んでいるのか?の考察
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20110617/p6

2:これも過去文章から。「みんなが一斉に同じ番組を見る」その効果と「権力」について

これも
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20090427#p2
にあるけど、みんなに読んで欲しいので多めに再引用しよう。
【内容紹介】
2009年のNHK討論番組「日本の、これから」でテレビが特集された。
そこで「現在はネットでオン・デマンドの放送が技術的に可能。みんなが好きな時間に好きな番組を自由に見られる、いいことじゃないですか?こっちに進まないんですか?」というテーマが出てきたところ、テレビ関係者の賛同はほぼ皆無で、それどころか猛反発・・・

■(TBS)
「はたして生のニュースを配信して、そのままネットで見ますかね。今、同時に、生で何が起こっているかを共有化する。それがテレビの強み。手前味噌ですがTBSは春の改編で生放送が60%近くになった。7時のニュースもそのひとつ。あとひとつ、手前味噌ですけど、うちが制作した「おくりびと」が賞をとったが、あれは癒しとか家族とか心とかを描いている。だがあれをPCで個々人が見たいだろうか。やはりお茶の間で一緒に、その場で共有して味わいたいコンテンツなのでないか。そういうコンテンツを作っていくことだと思います。」

(略)
夏野剛
「即時性はたしかにテレビが向いてます。ですけど、(TBSの人は生放送が)60%と言ってたけど、じゃあ残り40%はオンデマンドのほうがいいと思います、それがひとつ、あとひとつは、さっきの(アメリカレポート)はたまたま、PCのカタチで見ていましたが、テレビの形でオンデマンドを見られるので、箱の形は関係ない。そこでわたしは質問したいのですが、(製作者のほとんどは「いいえ」だが)即時性が必要なTBSの吉崎さんの番組は別として、ほかは即時性必要にみえないんですが、なぜ「その時間に」見てほしいのか。僕はこの結果に非常に衝撃を受けていて・・・なんでですか?

水曜どうでしょうの製作者 
「ぼくはネットとTVはまったく違うと思ってます。で、ぼくの番組は確かに生放送じゃない。だけどなんかこう、腹が立ってしょうがないんですけど、テレビマンは…ぼくはいま、腹が立ってしょうがないんだけど、みんなそう思っていると思うんだけど、テレビマンは、『その時間にテレビの前に座ってみてくれ!』といわなきゃいけない。

(略)
夏野剛
「そういう気持ちは大事でしょうけど、でもみんな、実際にいそがしいんですよ。ぼく、水曜どうでしょう、見たくても見られないんですから」

糸井重里
みんな、一緒に見たいんですよ。人間は一人で生きているわけじゃない。会社で同じ話題、家族で一緒の話題のうれしさはばらばらに、ああ先月に見たじゃなりたたないんですよ。今日XXがあるから帰るね、ってのがうれしいんですよ。人は群れて一緒にやるのが嬉しいんで、オンデマンドはいいこといっぱいあるけど、それで無くならないと思う」
(略)
テレビ東京ガイアの夜明け」製作者 
そんなに皆さん便利なものがみたいのか。便利なものがいいのかと、便利を求めるのもどうなのかと。バラエティみたいにぐだぐだすごすのもあっていいのではないか。情報とかオンデマンドとか、そんな便利なものばっかりを求めてどうするんだろう。人間がギスギスしている。そんな目でやさしくテレビをみてほしい」

いやー、いつ見直しても感情的に過ぎて、むちゃくちゃなオンデマンドDis、テレビ放送ageの牽強付会だ(笑)


しかし、ですね。
昨日、twitterで、あるいは2ちゃんねるTV実況板で「ラピュタ祭り2011」(というか「バルス祭り2011」?)という”イベント”が発生したのは事実だ。

@gryphonjapan
いま、twitterをやってない人から「ラピュタのときはtwitterがすごいらしいけど、どんなふうに今なっているのか教えて!!」という連絡が来る。本末転倒もはなはだしい感がただようわ。

これを経験・認識しつつ、上のディレクターの「TV番組のオンデマンドにNO!!日本中みんなで、同じ時間に一斉に見ようよ!!」な主張を読むと、また違った感想が出てくるのかも、しれないと。

関連のリンクも紹介

■「今」という時を共有する役割においてテレビは生き残るよみたいな
d.hatena.ne.jp

■「テレビの、これから」に思うこと。
http://senkanburian.jugem.jp/?eid=563senkanburian.jugem.jp

WBC勝戦、「バーチャルお茶の間」出現を目撃
blogs.itmedia.co.jp

それは「権力闘争」でもある。前のエントリから。

「X月X月に・・・・人が見ました」、というのは「オンデマンドで計・・・人が見ました」というより、大衆動員の「権力」であるのはおそらく事実だろう。オンデマンドはその権力を、テレビ局が手放すということになる、のですよ。間違いなく

この話は逆に「テレビは配信に取って代わられる」と予言する井沢元彦氏の論考(ゼロ年代前半の文章です)と比較するとさらに興味深い

m-dojo.hatenadiary.com
・・・実はテレビが映画に勝った「利点」というものが、今新しいメディアに崩されかけている・・・それがインターネットである。
たとえば「従来型」のテレビ会社「フジテレビ」の名物番組に「月9」ドラマがある。文字通り「月曜午後9時に良いドラマをやりますよ」ということだが、これは実は「月曜9時にはテレビの前に座って下さい」と言っているのと同じことだということに、テレビ関係者は気づいているか?
映画・・・テレビは・・・「時刻を指定している」点では実は同じことなのだ。ここで敢えて問うが、サービス業というものは「客に指定してもらう」ものなのか、それをサービスする側が「指定する」ものなのか?言うまでもないだろう。ということは、実は「月9」などという言い方は、サービス業としては改善されるべき点だということでもある。

宇野常寛の「天空の城ラピュタ」論

wakusei2nd 宇野常寛
ラピュタというのは、宮崎駿がもう『未来少年コナン』ができないことを告白した映画なんだよね。パズーは最初「お父さんの遺志を継いでラピュタを見つけたい」と言っているのに、シータに調教されて彼女の生活保守イデオロギーを注入される。「人は土から離れては生きてはいけないのよ」的なね。》
wakusei2nd 宇野常寛
《むしろムスカのほうが「ラピュタは何度でも蘇るさ」と言って、かつて宮崎駿が描いていた「男のロマン」を擁護する。でもムスカは敗れて、城も崩壊する。それ以降の宮崎駿は、自虐的に豚になるとか、ヤケになってキムタクになるとかしないと飛べなくなってしまったんだよね。》
wakusei2nd 宇野常寛
《86年に『ラピュタ』でとどめを刺してから、彼は「少年が空を飛ぶ」ことを描けなくなってしまった。だからあれはむしろ、ボーイミーツガールで少年が自己実現する、男根主義的なロマンの断念の物語だったはず。》

たしかに「ラピュタ国正統政府」を樹立してほしかった気もするな(笑)。まあ『王国の玉座より、共和国の1市民たることのほうが、どれほどの栄光であるか!』みたいな反王制ロマンと考えてもいい(※よくない)。

ラピュタ貴種流離譚

あ、でも一度そういう流れだと位置づけたことあるな。
中国嫁日記」の希有馬氏とのコラボだ
(こういうのはコラボって言わねえ。単にのっかってるだけだ!)

希有馬「なぜラピュタをやろうとすると誰もが必ず玉砕するのか」
togetter.com


■Gryphon「ラピュタの構造を因数分解すると…貴種流離譚が出てくるのでは?(仮説)」
d.hatena.ne.jp


■「ラピュタ的物語」「ラピュタもの」の傑作と特徴~成功するには、どこが重要なカギとなるのか
togetter.com