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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

アリゾナ下院議員銃撃事件、被告に「責任能力無し」…当時の「ティーパーティやペイリンが憎悪を煽ったからだ!」という論調の是非は。

この裁判の経過がずっと知りたかったのだが、英語力の無い自分では経過をいちいち追えなかった。約一ヶ月遅れで、見逃してたニュースを今やっと知ることができた。
http://www.afpbb.com/article/disaster-accidents-crime/crime/2802506/7265733

【5月26日 AFP】米アリゾナ(Arizona)州で今年1月、米下院議員が負傷し6人が死亡した銃乱射事件で、同州の連邦地裁は25日、殺人罪などで起訴されたR(※原文は実名)被告(22)について、精神鑑定の結果、責任能力がないとの判断を下した。これにより、同被告が法廷で裁かれない可能性が出てきた

 審理の冒頭、R(※原文は実名)被告は裁判長に向かって「見世物をありがとう。彼女は俺の目の前で死んだんだ」「おまえは裏切り者だ」などと叫び、警備員2人に拘束されて退廷させられた

 ラリー・バーンズ(Larry Burns)判事はその後、被告が統合失調症だとの医師団の鑑定結果を報告し、また被告は弁護士に対し理不尽な不信感を抱いているため、自らの弁論を行ったり裁判を理解することができないと説明した。医師らによると、R(※原文は実名)被告は「陰謀のために」自分が公正な裁判を受けられないと信じているという。
 今後、被告は最長4か月間、医療施設で治療を受け、訴訟継続が可能かどうか医師が判断する。

 被告は1月8日、アリゾナ州トゥーソン(Tucson)のスーパーマーケット前で同州選出の民主党のギフォーズ下院議員(40)が開いていた集会で、ギフォーズ議員の頭部を至近距離から銃撃し、続けて銃を乱射、9歳の少女や連邦判事を含む6人が死亡した。ギフォーズ議員は重体に陥ったが回復し、現在はリハビリを受けている。

 3月に開かれた公判でR(※原文は実名)被告は、すべての罪状について否認した。その後、精神鑑定が命じられていた。(c)AFP

痛ましい事件であった。
ただ、こういうのに政治的な用語を使って正確なのかどうかわからんけど、私は「精神をわずらった人が起こした」この種の大きな事件に関しては、三重かっこを付けたぐらいで使用すると<<<「リベラル」>>>な立場である。科学信仰の一変形かもしれないし、当事者でないからの理想論かもしれないが、「人間集団の中では一定割合で、精神が不正常になる人はいる。その人が妄想を募らせ、殺人などが勃発することは、どうあっても避けられない。」と思っている。
人間が動物であるかぎりは当然に。
そして、そういう妄想の対象に芸能人や政治家など「有名人」が選ばれることは、精神病の症状が症状である限り、なかなか避けられないリスクだと思っている。だから各自、十分な注意をされていることを祈りたい。
このへんの話は、後日関連した文章を書きたいが。

で、だな。
だから、日本でも政治家・要人が精神を病んだ人から妄想の結果、暴力を受けることがある。
アントニオ猪木参院議員。
ライシャワー駐日米大使。
山村新治郎衆院議員。
亡くなった方も、傷がもう少し深かったら致命傷だった方も、長く後遺症に苦しんだ人もいる。
これらはどれも悲しく、おそろしい事件であった。が、一応、一般的な受け止め方では政治テロではないし、それを行ったかわいそうな病気の人に「民主主義体制への反逆に対する怒り」を表明する人もいない。


まだ4カ月間は様子を見て、訴訟に耐えられるかどうかを判断するそうですが(もう結論が出てるかもしれないが)・・・要は、今年1月にアリゾナで起こった事件は、結局は同種だったんじゃないか?R被告の銃撃も、その結果だったんじゃないか? つう話に、なります。
んで、そこから…事件直後、「ティーパーティ」や「サラ・ペイリン」に対して、「ギフォーズ下院議員が銃撃をされたのは、お前らの憎悪を煽るレトリックのせいだ!!」といった批判というのは、こういう結果から見ると的外れなものだったのではないか?という論点が提示されてもおかしくはないのではないか、です。
もちろん、「精神病+社会情勢(社会思想)」が犯行を生む、というパターンはこれも科学的に存在する。右派的思想の持ち主が徐々に精神を蝕まれたときは、そういう右派的世界観に即した暴力が生み出されるだろうし、左派的思想の人が精神を病んだときもしかり。無政府主義や宗教的終末思想などが精神病と融合することもあるだろう。
しかし、そういうのも結論としては「精神病」のほうに責任(理由)があるのであって、思想のほうに責任を負わすのは、どの思想にとっても酷な話であるでしょう。
 
そんな点で、「未来というカンニングペーパー」を手元におきながら、過去の論評を読み直す。
 
金平茂紀
http://www.the-journal.jp/contents/kanehira2010/2011/01/post.html
冷泉彰彦
http://www.newsweekjapan.jp/reizei/2011/01/post-241.php
http://ryumurakami.jmm.co.jp/dynamic/report/report3_2287.html
http://www.newsweekjapan.jp/reizei/2011/01/post-242.php
ニューズウィーク記事
http://www.newsweekjapan.jp/stories/us/2011/01/post-1901.php
クルーグマン
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20110115/p1(拙訳)
Meine Sache 〜マイネ・ザッヘ(参考)
http://meinesache.seesaa.net/article/180550121.html
このほか、ラジオで小西克哉
雑誌「クーリエ・ジャポン」で町山智浩
この事件に触れていた。
 
もっとも、日本の報道なんて物理的に氷山の一角で、本来ならアメリカの新聞、ネット、ブログなどを読み、日本でいえば週刊誌やワイドショーの断片報道を集めないと深層は見えてこないだろう。そういう英語力のあるブロガーに、アリゾナ銃撃事件(および裁判)の詳細な紹介をしていただきたいものだが・・・

 

政治家や官僚などが殺人、重傷の事件があった場合、政治テロだ!と早めに断定するのがいいのか、慎重に見極めるべきか。

アリゾナ事件の時は、下院議員らは「暴力に反対する」という言い方で、声明をすぐに出したという。
 
2007年、長崎市長が射殺されたとき、当時の総理安倍晋三は「捜査当局において厳正に捜査が行われ、真相が究明されることを望む」と語ったが、言及が少なすぎるとして野党幹部らから批判を受けた。現在の二審判決(最高裁で係争中)では「民主主義に対する挑戦であるが、動機は被害者に対する恨みであり、選挙妨害そのものが目的ではない」とされている。
 
2008年の「元厚生事務次官宅連続襲撃事件」では、佐高信佐々淳行らが「これはテロだ」と推測(事件解決前)。また当時の麻生太郎首相に対して「『テロと断固闘う』といった強い声明がないのはけしからん」といった主張が毎日新聞などでなされた。
麻生首相は犯行直後「いずれにしても痛ましい事件」な「二つの関係が明確になった段階において、これはテロとみなして断固たる処置をとる。ただ、今の段階では単なる傷害か何とかって決まっていない」といった表現に留めた。
結果的に、犯人の犯行動機(とされるもの)は「今回の決起は年金テロではなく、34年前に保健所に飼い犬を殺された仇討ちである」「愛犬の殺害をした厚生省幹部はマモノであり、殺害をすることは正当である」(無罪主張)であった。現在も二審が進行中で、無罪を主張している。
青木理は逮捕後、「政治テロだと大げさに騒ぎ過ぎたのではないか」と”テロ”主張者を批判している。

当ブログ、このテーマはずっと追っているから、過去記事も正直かなり充実してるよ。

■厚生省元幹部・家族連続殺害事件。いつ犯罪を「テロ」と見なすのが正しい態度なのか
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20081121#p6
■「元厚生省事務次官連続殺人を、当初テロ扱いしたことを反省せよ」と青木理氏(週刊現代
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20090112#p6
佐高信氏の、厚生省元幹部連続殺人事件評論をさらに評す
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20081126#p3
■元厚生次官連続殺人は「過激動物愛護主義者による政治テロ」と認定すべきか?
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20091128/p5