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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

武道必修化の議論の続き。そも「体育」は必要か。

昨日の
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20110606/p1
の話題から、また続きます。
もともとこの話題は
「学校リスク研究所」 
http://www.geocities.jp/rischool_blind/sports.html
の研究が火付け役で、そこには他の例との比較検討が載っている。
競技人口当たりの事故は高校で、ラグビーが柔道を上回っていることを含め、他の「運動全般」の事故例も決して無視できない。
 
部門の取り方を変えて「死亡や大怪我に至った授業の比較」を、科目別に取るなら…多分国語や社会より体育が高い(当たり前だ!)。ついでは火や刃物を使う家庭科、次に化学薬品やバーナー、ガラス器具を使う理科あたりだろうか。個人的には数学の時の方が死ぬ思いしたけどな(笑)。
そして学校の行事、活動別にするなら「授業」「給食」より「部活動」のほうが、けがや死亡事故が多い。


だから「体育」とか「部活動」をやめてしまえばいいと。子供の安全のために。
いやいやもちろん、体育というのは知育徳育食育とならんで子供の成長に重要で、もって国威を発揚し国力の向上につながる重要な課題であーる(ドンッ)!!
ただし、それはたぶん国民の「健康」のためでしょ?
で、健康のために運動をやるなら、それは「そこそこカラダを動かす(ことに留める)」ことを奨励というか命じるべきなんですよ。いわゆる「チャンピオンスポーツ」というか、勝利や優勝、ああ真紅の優勝旗をこの手に、というふうに一生懸命やると…健康に悪い(笑)

王者の星が 俺を呼ぶ
俺はサムライ 呼ばれたからは
鉄の左腕の折れるまで 熱い血潮の燃え尽きるまで

その折れた左腕の治療費は国民医療保険で皆が負担しているんだっ(ドン)。そこのへっぽこマネージャー、ドラッカーの本を読むのをやめろっ!!(笑)

…とはいえ、競技スポーツ、チャンピオンスポーツは多くの人が自らの体を壊しても熱中し、人生を掛けるに値するというものであることも確かだ。そういうふうに鍛えた選手たちの競技がスペクタクル・エンターテインメントにもなり、私も含めてそれを楽しみ、国富にもつながるのだから。

と、なれば。

当然そちらでも安全対策は十分にするべきながら、構造的に、強制性が生まれる「学校」(もろもろの活動に、強制性がない学校など存在しない)ではなく、まあ陳腐な発想というか今でも少しずつそうなっているのだけど「地域クラブ」のたぐいにスポーツ指導は任せて、そこでスポーツという危険なことは責任も成果もぶん投げてしまうがよろし。もちろん安全対策はするものの、そのスポーツを選んだこと自体はエリア88並みに、親や子供自身の選択として了承してもらうと。
そして学校の「体育」は、強制的に国民に行わせるものとして「ぬるい健康維持のためのもの」に特化する。ジョギング、ウォーキング、ラジオ体操、野球やバスケ、サッカーももちろん大人の社交術程度(営業でプロ野球の話題で盛り上がれる程度)にルールは覚えさせるが、先生は絶えず注意して「こらーっ、そこのお前ら、何まじめにやってるんだーっ!そういうのは地域クラブでやれ!!体育の授業はちゃんと手を抜け!!」とね(笑)

指導者は地域クラブのほうが質が高い?集まりやすい?


部活動の問題の一つは、顧問がドシロウトであったりすることなのだが…地域クラブのほうはどうなんだろう。指導者は公の機関から派遣されるところもあるようだが。
学童野球や少年サッカーなどを見ると「指導者の供給不足」は心配ない気がするというか…あそこまで自腹を切って、自分の時間も使って、献身的に子供を指導したい!という人がひきもきらず、逆になかなか指導者になれずイライラしている人も(笑)。それほど、スポーツにおいても「人を教え導く」というのはそれだけで楽しいのだろう。
それをエサにして「人を教えたいなら、専門知識(医療含む)を学ぶというハードルを越えよ」と命じても、それは越えて来そうな気がする。サッカーが今は、そういう点では一歩進んでいるかしら?

「教育では何を教えるべきか」はそもそも正解の無い神学である

というニヒリズムが上の体育廃止論の根底にあるのですけど、それは昨日のリンク集にも含めた

■柔道必修化の問題から「そもそも教育では、リスクとの兼ね合いで何を教えるべきか」について
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20101219/p2

で一番詳しく論じているので是非とも一読を。

柔道指導者のパねぇ話

大学柔道部監督の話。最新のゴング格闘技で、ある有名なスポーツ医学の先生との対話の記憶をこう語っている。

その医者が、怪我したやつには試合をやらせるなと言うんですよ。それが一番良くないと言うんですけどね。それは違うでしょうと。怪我したやつをいかに試合に出させるかというのが指導者の仕事だと。ね?
(略)健康のためにやってるスポーツとは違うわけですよ。勝つためにやっている世界というのもあるんです。(略)あなた方整形外科の人が、怪我をしていても何とか出られるような、応急処置というか、そういったことも考えてもらいたいと。怪我しているやつを十分に休め、風邪ひいたやつを栄養をつけて十分に休めって、そんなの当たり前だと。だけども、それを無理してでも出場させなければならない状況の中で、どうしたら出させることができるのかというこを少しは考えてくれと(略)

GONG(ゴング)格闘技2011年7月号

GONG(ゴング)格闘技2011年7月号

こういう世界も確かにあることは認める。競技スポーツは特にそうだ。
「ROOKIES」にも出てきた(笑)。
これをすべて、否とすることはできないと思う。
しかし、それが大事故に繋がったら。それはそれで責任を取られる。
「自由意志」でざっくり切れば、必修化反対論ともつながり話は簡単なのだが、中学、高校の純粋な青春を生きる若者こそここ一番で怪我を押して無理をしてしまうかもしれない、と思うと自由意志で済ませられないこともある。

おそらく「健康のためではない、勝つためにやっているんだ」と言い切れる話と「畳の上の警告」の世界は、やはり地続きなのだろう。その地続きの中で「ここから先は危険、入るな」「ここまでは入っていい」というのを見極める、それが格闘技を含めたスポーツ指導者の力量、ということなのだろうか。