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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

【書評】「それでも町は廻っている」−−21世紀に下町人情ものが可能という奇跡

話はヒラコードリフターズ」から始まる。

ドリフターズ 1 (ヤングキングコミックス)

ドリフターズ 1 (ヤングキングコミックス)

どうも織田信長や島津たちとは別の陣営に、山本五十六が付いてるみたいですな。まああの人も不慮の死を遂げたからドリフ資格があるのか。
んで、漫画というのはやっぱり一作、雑誌を開きたいと思わせる作品があるとほかのものも読む。読んでみると他の作品もそれなりに面白い・・・てな連鎖があるもんです。
このドリフが載っている
ヤングキングアワーズ
http://www.shonengahosha.jp/ours/
には指揮者のタマゴを主人公にした音楽漫画(天にひびき)、拳法の野試合をテーマにした格闘技漫画ツマヌダ格闘街)など面白いものをいくつか発見しました。プロレス団体にもかならず一団体に複数有望新人や有望外国人がいるように、どの雑誌にも探せば面白いものはあるものですね。というか上に挙げた数を見ると、むしろ有望雑誌というべきなのかもしれない。
んで、ちょうど(漫画喫茶で)「アワーズ」を手に取ったとき、巻頭カラーだったか表紙だったか、兎も角目立つところにあったのが、「それでも町は廻っている」でした。
後日調べると、昨年あたりTVアニメ化もされていたそうで、われながら疎いものだ、知らないうちに始まって知らないうちに終わっていた(笑)。アニメになっているということは結構な人気なのでしょうな…といいたいところだが、昨今は何でもアニメになるからそのモノサシも適用しにくい。

ただ、その最初に読んだ回が非常に印象深かったのですね。

 
主人公の女の子・歩鳥(高校生)は、小さな商店街近くの住人(父親は勤め人らしい)で、その商店街の喫茶店でバイトをしている。そのお店が、流行に乗って普通の婆さんがやっている喫茶店からメイド喫茶に衣替えしたという設定はまあ半分ギャグ、半分は人気取りだろうが(笑)、そういう点で商店街を舞台にした「下町もの」の味わいが強い。
もっとも後から単行本を通しで読むと主人公の学園生活や、その子が推理小説好きというところから発展させての日常ミステリ、幽霊や宇宙人・未来人が存在するという設定でのSF(すこし・ふしぎ)などが並ぶ"連立政権"だったりるのだが…このへんは後述。
 
で、わたしが最初に読んだストーリーは、その商店街で長年営業していたというラーメン屋が客の減少と店主の高齢化で、店を閉めることになるというちょっとさびしいストーリー。昔の下町人情物と違って、商店街を舞台にするとどうしても全国的な傾向としての、そういうお店の衰退を描かないとリアリティが失われるきらいもあるが、やはり描くとなると物悲しさは避けられない。
だが、詳細の紹介は避けるがこの回、限られたページの中で、長く続いた店が終わることに伴う感傷、またそんな感傷だけでは避けられない冷厳な商売の論理、同時にそういう店が持つコミュニティの中での意味…などをまったく説教くさいところを見せないまま描いた。その手腕というのに舌を巻いた。
こりゃちょっと侮れないぞとさかのぼって単行本を読んで、ますますその意を強くした次第だ。
 

21世紀の熊さん八っつぁん

今の漫画の、それも女子高生が主人公の作品をして「いやー、落語みたいだねー」というのがほめ言葉になるかどうかは分からんが、そういう見立てをさせていただく。まあもともと舞台が下町だからという単純な連想も働いているのだが、それ以上に
・根本的には善意で、他人のために積極的に動く
・しかしおっちょこちょいゆえに基本、騒動を収拾できない
・というかその結果、回りを巻き込んでさらに問題が複雑化する
 

という基本的な流れが、落語でいうびんぼう長屋、戸なし長屋の熊さん・八っつぁん連中を思わせるような、大変温かく笑えるような話を形づくっているところに驚きました。近年、こういうキャラクターは「うざい」とされることもあるほか、あと主人公が各種のトラブルに関わるシチュエーションが多様化し、高度化してきたため「主人公が単純な善意や好奇心で、周囲の事件に首を突っ込む」というスタイルがちょっと一昔前のものになったきらいがあります。それを敢えてリバイバルしてくれている…という感覚があるところが、好感を持った理由のひとつでした(「エスパー魔美」の魔美にもちょっと似ている)。
ちなみに最近の漫画にはめずらしく?そんなに美人でない主人公ですヨネ(なんか失礼)。



上記の、最初に読んだラーメン屋閉店の回では、そんなうわさを聞いた主人公歩鳥が机をたたいて「みんなで食べにいこうよ!みんなで毎日食べに行けばお店は繁盛する」という、実に考えのない単純な、しかしながら善意の応答をして……当然実際的には何の意味もない(笑)。
んで、店の存続はともかく最後の思い出のために家族そろってやってきた歩鳥一家だが、その有様がこれだ。

この、ごまかし方の下手さ加減、間の抜け加減がさっきから言うてる「落語性」といいますですか。
 
 

その後読んだ単行本収録のエピソードでは7巻にあった孤独に見える(本人は実際のとこ、そうでもないのに)先輩を勝手に励まそうというか、なんというかで空回りするエピソード2編がやっぱりいい。。片方はお祭り、片方はお弁当がお話の中心だが、とくに後者はオチのコマ(某料理がカギ)のためにさりげなく伏線を張っていて、そしてオチが、人情豊かでおっちょこちょいな主人公・歩鳥のいいところと悪いところ、……ひっくるめて「愛されるゆえん」を表現しているベストのオチでした。




脇役いろいろ

下のコマに出てくる3人(画像では2人か)の中年は、歩鳥の勤める喫茶店でしょっちゅう油を売っている自営業者3人衆。、うち一人の息子が歩鳥に片思い中であるなど、商店街らしい濃密・錯綜した人間関係が面白いのだが、コメディリリーフ的なこの3人の扱いも上手い。

長年つづくラーメン屋の閉店、というところから3人の青春時代の回想に入り、その当時からの3人の凸凹ぶりというか、一人がとばっちりを食って迷惑を掛けられているという力関係を描写している。
その一方で、閉店を受けて「俺たちの店だっていつまで続けられるか…」と弱気になったひとりを、その普段は迷惑を掛けられ通しの気の弱い一人(こぶ平)が「そんなこと言ってたらぶんなぐりますよ」とたしなめる。ごくわき道の描写だが、ここでそのせりふを言うのは彼(ふだんのいじられ役)しかいないわな、という巧さだ。
作者の石黒正数という方、さっき調べた限りでは年齢は30代、作品も短編はそれなりだけどそれほど多作ではない、なのにこういう技巧的な冴えは天下一品だと思う。

あと、歩鳥の弟・妹は一人が優等生よりのツッコミの子、ひとりが幼児としての無邪気さでそれを生かした破壊力を持つ…というのも定番だけど、彼ら彼女が主役級のときのエピソードもちゃんと面白いんだよな。ヒーローショーで下の子が、「○○大百科」の記述をたてに、そのヒーローを追及する話なんか大爆笑した。

あと、これも一昔前の「オールドスクール」だが、おさななじみの真田君のけなげで、しかも報われない絶賛片思い状況は申し訳ないが笑ってしまう。今時「通学中のバスで、隣の子(主人公の歩鳥)がもたれて眠ってしまったので、目的地でも降りられずに終点まで…」「髪を短く切ることになった歩鳥が、おささなじみとの失恋を噂されて…」なんてベタな話は並みの漫画家じゃ照れて描けないところだが、それを描ききれるところが逆にすごい、という変な感心をしてしまう。おまけに、最後に喜劇的なオチにもっていく展開はきわめて独創的、個性的だし。



こち亀」的多彩さも含めて。

今時、こういう下町人情物を体験で描くというのも難しかろう、想像力の賜物かな?…と想像していたら、単行本あとがきによれば「田舎から出てきてびくびくしながら東京に下宿したら、そこがこの作品に出てくるような人情濃厚な下町商店街だった(大意)」という記述があってびっくりした。
まあそうかもしれないね、車社会や駐車場の問題があるから、商店街を軸にした共同体は都会の下町にのみ今残っているのかもしれない。
……だものだから、実際の下町体験がより豊富なはずの秋本治より、この作者のほうが下町テイストを感じさせてくれるという、そういう逆転現象も起こるのだろう。

もう一つ「こち亀」を連想した理由は、さっき上で書いたように「主人公のミステリー好きがきっかけとなった日常推理」や「おさななじみの恋愛模様」「弟、妹編」「またも町を騒動に」など、多彩なパターンが交互に出てくる”連立政権”な点だ。その代表が全盛期の「こち亀」だってことで最初共通性を感じた・・・・・・のだけど、というよりはコメディ漫画が人気と質の絶頂を迎えるときは、飽きさせない無意識の工夫か、あるいは「あれも描きたいこれも描きたい」という精神の充実ぶりか、おのずとそうなっていくのかもしれない。
描きながら結論が変わっていくのもこのブログの醍醐味です(笑)。同様に、作者が今心身ともに絶頂、乗りに乗っている気がする「SKET DANCEスケットダンス)」も回によってテイストや構造が自在に変わる「連立政権」的なところがあるような。
 

そんなこんなで、ワンアンドオンリーの味わいを持つ「それでも町は廻っている」。いまさらお勧めするまでもない人気作品……らしいのですが、まあ知らない人は知らないでしょうし、本格的にご紹介した次第です。

それでも町は廻っている 1 (ヤングキングコミックス)

それでも町は廻っている 1 (ヤングキングコミックス)

それでも町は廻っている 2 (ヤングキングコミックス)

それでも町は廻っている 2 (ヤングキングコミックス)

それでも町は廻っている 3 (ヤングキングコミックス)

それでも町は廻っている 3 (ヤングキングコミックス)