毎日新聞書評欄より。
http://mainichi.jp/enta/book/hondana/news/20091206ddm015070029000c.html
(文藝春秋・3150円)
◇光栄ある、苦難多き、ある晩年の肖像メッテルニヒは長身で眉目秀麗(びもくしゅうれい)、古典語を含む各国語に堪能で、音楽と詩に長じて話題豊富、会う女性が片端から惹(ひ)かれる最後の貴族であった。対するナポレオンは短躯(たんく)肥満で兵士あがりのにわか皇帝、粗暴そのものだが独自の教養と知略・・・・・・ 一九世紀初頭の欧州を二つに分け、死闘を繰り広げた軍事と外交の両巨頭は、著者の才筆にかかるとこういう生きた横顔を見せる。
かつて皇妃エリザベートとマリー・ルイーゼの悲話を美しく語った塚本氏が、今度は宰相メッテルニヒの生涯を描く大著を著した。
(略)
・・・謀略政治の名手として知る人も多いだろう。マルクスの『共産党宣言』によって、保守反動の象徴とされた人物でもある。実像は、ナポレオン敗北後のウイーン会議を主宰し、一九世紀前半の欧州の平和を実現した大外交官だった。保守的な現実主義を貫き、勢力均衡による平和を説いて成功した指導者として、キッシンジャーのような二〇世紀の政治家にも大きい影響を残した・・・・・・高坂正堯が呼んだように「古典外交の成熟と崩壊」の瞬間でもあった。
塚本氏のこの本の独創的な点は、実はその後のメッテルニヒ、ゆるやかな敗北と忍耐と孤高の姿を浮き彫りにしたことである。政治的には彼の嫌う民族主義と社会主義が勃興(ぼっこう)し、英国風の穏健な改革を願う彼を追いつめた。宮廷では逆に蒙昧(もうまい)な因循姑息(こそく)が横行し、彼の現実主義的な外交政策を妨げた。
そのなかでほぼ三〇年、彼は倦(う)むことなく宰相の責務を負い、外にはウエストファリア条約以来の伝統的な君主制を守り、内には言論統制の悪評に耐えながら、ビーダーマイヤー時代と呼ばれる小市民的で温和な文化の一時期を劃(かく)した。
こうやって紹介する理由のひとつは、以前書いたように外交がテクノクラート、職人同士の丁々発止であった時代から、「市民・民衆の時代」になっていくときに・・・いや今でも・・・ナショナリズムは「民衆」の側により多くある、という部分だ。
メッテルニヒは実にそれを知るときに有益だと思う。
- 作者: 塚本哲也
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2009/11/12
- メディア: 単行本
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