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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

格闘技と白兵戦について…日露戦争、英国ステッキ術

大河ドラマ篤姫に続いて、天地人も高視聴率が続いているそうで、昨年亡くなった吉田直哉氏もよろこんでいるだろう。
しかし、大河ドラマは結局主人公がなじみがあるかどうかだ、と思ってきたが、どーもちがうみたいんなんだよな。
やっぱり「天・地・人!」からの真空ハリケーン撃ちというような派手なアクションが受けるのだろうね(分かる人は約1割と予想)。

ただ、はっきり言って非常にやな予感なわけですよ。
なぜかというと、今回は早くこのシリーズを終わらせて、「坂の上の雲」を放映することになっている。
大人気がその時期も続いたら、女性ファンらが早く終了させる原因となるこの「坂の上の雲」をニクむ可能性が高い(笑)。
(【補足】コメント欄参照のこと)

というか、もともと司馬遼太郎原作は、なぜか知らないけど大河ドラマでは人気が下位…とは言わないまでもまあ平凡な感じ、中堅どころの人気しか取れない作品として推移してきたんだよ。もともと幕末時代は戦国ものより人気がないらしいんだけど、今回の篤姫人気でそれがいいわけにはならんしな。


これが大河の歴代視聴率。
http://www.videor.co.jp/data/ratedata/program/03taiga.htm
司馬原作作品は「竜馬がゆく」「花神」「国盗り物語」「翔ぶが如く」「徳川慶喜(最後の将軍)」「功名が辻」。

さて本題。日露戦争と白兵戦

坂の上の雲」は日本海海戦奉天会戦、そして旅順攻防戦などが日露戦争のクライマックスとなります。
この旅順攻防戦に関して司馬の描き方には多くの反論・異見があるらしいが、それには深入りしない。ただ、構図としては指揮官の無能か国力上の必然かなどは見方が分かれるものの「べトンで固めた要塞に機関銃で重武装したロシア軍」vs「銃剣突撃をするしかなかった日本軍」というイメージは相変わらず根強い。
だが。
この前、調べ物の必要があって高島俊男お言葉ですが…」文庫本5巻を読み直した。単行本もあるのだが、文庫本の加筆が多いのでついつい入手してしまう。そして調べもののはずだったが、ついつい氏の文章は読むこと自体を楽しんでしまう麻薬成分があるので、結局再読してしまった。

お言葉ですが…〈5〉キライなことば勢揃い (文春文庫)

お言葉ですが…〈5〉キライなことば勢揃い (文春文庫)

ここに「白兵戦」について、計三回考察したエッセイが載っている。基本は『なんで銃剣やサーベルでエイヤとりゃあとやりあうのを「白兵戦」というのか』という、語源を考察した話で、このことも紹介したいんだが今回は泣く泣く飛ばします。

高島氏が、司馬氏の「坂の上の雲」のある描写に対してこう書いている。

ロシア軍保塁に香月中佐の連隊が反復突撃し、ついに白兵戦をもってロシア兵をたたき出した。白兵戦の闘技は、日本兵はロシア兵よりもはるかにまさっていた。日本には古来、槍術の伝統があり、それを基礎にしてこのころすでに銃剣術の闘技が完成していた。(※ここまで「坂の上の雲」引用部)

日本人は昔から白兵戦に強い、というのが通念になっていて、司馬さんもそれに乗って書いているが、しかしどうもそうではないらしい。伝統的に白兵戦を重視し、しかも強いのはヨーロッパの軍隊であって…(略。ここで荒木肇「静かに語れ歴史教育」などからドイツ観戦武官の日露戦争見聞記録などをひいています)…そりゃたしかに、あのでっかいロシア兵と顔つきあわせてのぶったたきあいになってはとてもかなわなかったろう。


じゃあなんで司馬も語ったような「白兵戦は日本のお家芸」という話が出てきたのか(司馬のことだから、香月中佐の隊が突撃して勝利したと言うこの部分は事実なのだろうが)。

それは、「どうも日本軍は白兵戦が苦手だから、メンタル面克服のために『白兵戦になったら強い!なぜなら伝統がある!』と思わせよう」ということのようなのだ。

柔道部物語の
「強さに自信をつけるにはどうするか?一番手っ取り早いのはてめえで勝手に思い込むことだ」
「『おれってストロングだぜぇ〜〜』」

っていうアレですよアレ。
あと、(1)「武器弾薬が足りない」→(2)「やむを得ず銃剣突撃」→(3)「結果的になんとか辛勝」
の流れだった日露戦争の結果が、なにがどうなったか(3)の理由が(2)であると伝わってしまい(苦笑)、日露戦争が終わったら逆に銃剣突撃の重要性が日本軍の中では増したという説が。
書きながら調べる泥縄ブログですが、検索したらちゃんとウィキペディアでは「白兵戦で日本兵はロシア兵に苦戦した」と書いてある。すげえ。



ただ実際の話として、いつから、どの程度の形で「銃剣突撃」が無謀かつ時代遅れの戦術になっていったのか。これをあとで調べなきゃいけない。年末に読んだ「皇国の守護者」では銃剣突撃の場面も出ているが、やっぱり戦場というのはイキオイも重要らしくて、うわーっと銃剣構えて一斉突撃することで「相手がびびる・パニックになる」というのはそうそう無視できない要素のようです。
おれは昔「馬体突撃」という言葉を聞いて「何それ?」と思ったし、よく古い歴史の本で「騎馬隊が突撃したので、大軍が一瞬にして壊滅した」とか書いてあってふしぎだったんだけど、ぼくじょうで実際に馬を観て大いに納得しましたよ。
馬はでっかいんです。これが邪魔するやつは踏み潰すぞ、のイキオイで突入したら、尻に帆をかけて逃げ出すって。
KOEIのナポレオンゲーム「ランペルール」では騎兵が敵部隊に「突撃」すると、うまくいけば相手軍が「混乱」し、動くことも防御も出来ずやられ放題になるという設定があるが、あれはいいルールシステムだったな。他にも広めればいいのに。


あとはやっぱり戦場は予測不可能だから「バカな、常識ではありえない」みたいなことが次々出てくるということもあるらしいし。フォークランド紛争で白兵戦があったなんていうにわかには信じがたい話が「MASTERキートン」にあったし、ウィキペにもある。


銃剣と剣術の伝統は?

ただですね、その後日本で銃剣突撃がそれなりに進化したのは、上にある「日本兵って白兵戦ストロングだぜーー」の思い込み効果もあったのかもしれないし、重視すればそりゃ多少はレベルが上がる、というだけかもしれないが、武道的伝統は本当にないのでしょうか。そもそも「近代銃剣術vs伝統剣術」は、まあ戦場は関係ないとして道場で「異種剣術戦」をやるとしたらどちらに軍配があがるのやら。

司馬が日露戦争の約30年前、西南戦争(1877)を描いた「飛ぶが如く」では、薩摩西郷軍の一撃必殺・示現流チェーストに鎮台兵たちがなすすべも無く逃げていくシーンがある。まさにパニック誘発ですね。だからこそ山県有朋が軍官僚として切り盛りした政府軍は。徹底した火力の優位によって戦い、最後に勝利した…と続く。

30年で伝統や意識はすべて失われ、切り替わったとしてもおかしくない。
だが、なお残っていた可能性は、どれぐらいあるのでしょうか。それが軍教育の中にある可能性は。このへんは実際の当時の資料によってだいぶ分かるのでしょうけどね。

また「ステッキ術」に関してはお預け。

また構成ミスだよ。
ステッキ術について何も知らない人は「翻訳ブログ ステッキ術」で各自検索。

http://sanjuro.cocolog-nifty.com/blog/2007/06/post_a108.html
ここを基点としてもいいのだけど、前後して関連記事が、違うタイトルでも載っている。

後日書きます。