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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

後ろ向き雑誌「WILL」の存在価値

週刊文春のエース編集長でありながら、マルコポーロ廃刊で新雑誌を潰してからは流浪を繰り返し「流れ流れゆく椰子の実」と西原理恵子に揶揄された花田編集長。
彼の雑誌「WILL」が創刊されたときは、これも6か月か、いや1年か、と思っていたのだが、本屋の棚の位置で分かるよ、どうも売れ行き好調らしい。
保守系総合言論雑誌は、どうも知らないうちにパイが拡大し、もう一冊が座る余地があったらしい。

呉智英氏に私淑する身としては、渡部昇一が巻頭論文という時点で苦笑せざるを得ないし、活字が異様に大きいしでなんだかなー、なんだけど、けっこう有益な情報もある。
それは、花田氏は90年代文春の立役者であると同時に、70-80年代に穏健知的層のサロン的存在だった文藝春秋が「闘うタカ派言論集団」に変わっていく際の、勇敢なる切り込み隊長
だった。
そのころのバックステージや裏面史を、ひとつの歴史として定着させる作業が面白いのです。例えば花田氏が切り込み隊長だとしたら、その「将軍」は堤堯氏だった。
裁判で本多勝一氏と対峙したこともあるこの人は、本多氏のシリーズ「貧困なる精神」にもしょっちゅう悪役として登場します(笑)。「ゴロツキ編集長」だったかな?

彼が、その時代の自分の企画や取材、その反響や人物スケッチを描く「ある編集者のオデッセイ」は、軍司令官の回顧録にもにて抜群に面白い。
某新聞の看板コラムの筆者が、痴漢常習犯(それも通勤途中の電車で)だったなんて話をさらりと書く(しかも、「彼への尊敬の念は変わらなかった」と書いちゃう)のも凄いが、今月は藤尾正行という文部大臣が過去の歴史に関する放言をして罷免されたときの経緯を書いている。
実はこれが、加害責任への歴史認識が大きな政治イッシューとなる草分けだったのだが、史上最強官房長官として名高い後藤田正晴が、密使を文春に送り文相の「放談」原稿を差し止め、修正させようとしたことが書かれている。

たしかに今思えば、内容のいかんに関わらずゲラの段階で政府が雑誌記事を差し止めようというのは内閣総辞職もののスキャンダルだったかもしれないが、当時は当然そんな話は出なかった。(文春は公式に公開抗議を送っているのに)。今に通じる歴史、といえよう。


その他、今月号では立花隆日本共産党の研究」に対し、共産党内部でどういう反応があり、あの時どう反論しようとしたか?を反論グループの中枢・兵本達吉(北朝鮮拉致問題で活動したため、共産党を辞めさせられたあの人)と立花隆を対談させて語っている。

これも面白い。



共産党のミヤケン名誉議長が人格的にどう卑怯か、あるいは勇敢だったかはUP TO DATEの問題じゃあないよな。近頃の失敗はあれど、いまだに幻想を持つ人も多い花田編集長、それをうまくハンドリングさせることができるか。