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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

川尻、石田が抜けたDREAM70kg戦線…中村大介らが「繰り上がり」で菊野を追う?

昨日は、選挙のことだけのエントリを書いたため、格闘技ネタはお休みしました。

さて再開し、もう一度DREAMについて。


菊野克紀に関しては「結果がすべて、JZカルバンを越えられなかった時点で大失敗」てな声もあるけど、私はあれでも十分かと思っています。たとえると「グループリーグは突破」したかな、みたいな。ぶぶぜら。
コーナーで、実は聞く野の方が押し込むシーンが多かったのは驚いたですよ。

まあ、1Rはおそらくポイントを取ってただろうから、2Rは0-0、時間を費やすだけ費やして「勝ちきる」ぐらいのしたたかさが欲しかったけどねー。逆にカルバンが2Rは優勢なポジションを作ったまま、5分をそこで消費し「勝ちきって」しまったです。


ま、でも合格点だという個人的な定義をしたうえで、この前書いたように本来的には川尻達也vs菊野克紀の因縁の試合、日本人挑戦者決定戦を希望するのですが、川尻選手の長期欠場という可能性はやはり否めないかと。
そして石田光洋が、またUFCから戻ってきて「最後の挑戦」を行う宇野薫フェザー級に落とすという。
ヨアキム・ハンセン宮田和幸もだから、この前までDREAMの中心だった70kgの層が急に薄くなったことは否めない。
そこでどうしますか?となれば、「繰り上がり」的に中村大介選手らはどうでしょうか、と。
この前のASTRAは、文句なしのファイトオブナイトでしょうし、天突頑丈に勝利と言うのも実績として誇るに十分。だいぶご無沙汰でしたが、DREAM凱旋というのは十分にあり得る話ではないでしょうかね。
で、天突頑丈修斗以外のところにもこだわりなく出る意識があるなら彼も大歓迎、いずれかは戦績次第で再戦を、ということも含めてDREAMで闘ってほしい人材であります。
そして、菊野に敗れて再起を狙う弘中邦佳、少しDREAMを離れ修斗やKOTCでやってきた朴光哲中村大介に一本勝ちの実績を誇れる小谷直之(※DREAMに出る意思があるかは不明)。永田克彦は残念ながらって感じ。それに勝った井上克也のほうがまだいいくらいで。

そんな感じの選手たちで、もう一回序列を作ってもらう。
そして上位は”菊野克紀狩り”に乗り出してもらったりとかもあるでしょう。
あ、もちろん菊野はDEEPの70kg王者でもあるからして、DEEP50の記念大会あたりでDEEPのトップとの「入れ替え戦」にも挑まなければいけない可能性もあるのだが。

DJ.taikiには、次戦のプランが既に浮上しているらしい(噂)

いいところなく石田光洋のLay&Pray戦法に敗れたDJですが、さすがにオファーした人にも、まだ良心の呵責があったのでしょうか(笑)。スクランブル発進に応じたことが評価されたのか?どうも次戦の話が既に出ているそうです。火曜日のブログにはなぜか新情報があるな。
しかし、どこに出るのかはさすがに分からず、タグを列挙した次第だ。
また、本人にオファーを既にしているのか、マッチメーカーの構想に留まっているのかはちょとわかりません。

「参院選と首相の進退」で朝日新聞社説は07年と矛盾?一応本人らの説明は…

ネット上の人たちというのは大したもので、既に新聞自身はサーバーから撤去している社説をちゃんと保存している人がいたようだ。
まず今回の社説から紹介しましょうか。

2010年7月12日(月)付
参院選 民主敗北―2大政党にさらなる責任

 菅直人首相と民主党にとっては、極めて厳しい審判となった。

 参院選民主党は改選議席の54を大幅に下回り、自民党の獲得議席にも及ばなかった。民主、国民新の連立与党としても過半数を維持できなかった。

 政権交代に大きな期待を寄せた民意が、わずか10カ月でこれほど離れてしまった。菅首相民主党は深刻に受け止めなければならない。

 鳩山前政権の度重なる失政が影を落とし、消費増税での菅首相の説明不足や発言の揺れが大きく響いた。

■短命続きもう卒業を

 民意は、菅首相率いる民主党政権に退場を促すレッドカードを突きつけたのだろうか。

 政権交代そのものが間違いだったという判断を下したのだろうか。

 そうではないと私たちは考える。

 2大政党の主な公約が似通う中で、何を選ぶのかが難しい選挙だった。

 とはいえ比例区の得票では民主党自民党を上回り、非改選議席を加えれば、なお第1党だ。有権者民主党に猛省を迫ったが、政権を手放すよう求めたとまではいえまい。

 民意は一方で自民党を復調させた。ようやく実現した「2大政党による政権交代のある政治」をさらに前に進め、鍛え上げるよう背中を押したととらえるべきだろう。

 菅首相は選挙結果を受け、続投を表明した。一層の緊張感を持って重責を果たしてもらいたい。

 日本では、「第二院」である参院選の敗北により首相が交代させられる事態がしばしば起こってきた。

 よほどの惨敗ならやむを得ないとしても、短命政権が相次いだ大きな要因だ。それは腰を据えた政策の遂行を妨げ、国際社会での存在感を著しく損なってきた。もう卒業すべきだろう。

 そもそも参院選は「政権選択選挙」ではない。

 自民党一党支配の時代、有権者は総選挙で自民党を支えつつ参院選では時の政権の失政を厳しく裁いた。両院の選挙を使い分け「永久与党」を巧妙に牽制(けんせい)してきたともいえる。

 政権交代時代を迎えた今、参院選のそのような機能は見直していいはずである。政権の枠組みの変更や首相交代はあくまで総選挙を通じて、という原則に立ち返るべきだろう。

■「ねじれ」乗り越えて

 参院選の結果、衆参で多数派が異なる「ねじれ国会」が再現する。

 自公政権とは異なり、与党は衆院で3分の2以上の議席を持たないから、参院で否決された法案を衆院で再可決できない。「真性ねじれ」である。国会運営は困難を極めるに違いない。

 菅首相は政策課題ごとに野党に協力を求め、合意形成を探るパーシャル(部分)連合を目指す考えを示した。

 自民党谷垣禎一総裁は早期の解散総選挙を求めており、実現は難しいかもしれないが、方向性は正しい。

 新たな連立相手を探す動きがでてくる可能性もある。安易な連立組み替えに右往左往すべきではない。

 野党を話し合いの場に引き出すためには、鳩山前政権での強引な国会運営を反省することが欠かせない。

 民主党内には多数決偏重を戒め、議論を練り上げるプロセスを重くみる「熟議の民主主義」を唱える向きがある。それを実践する好機である。

 ねじれ国会を頭から否定する必要はない。賢く妥協し、納得度の高い結論を導く。そんな可能性も秘めていることを銘記したい。

 自民党にも注文がある。

 昨夏までのねじれ国会で民主党など野党は「『直近の民意』は参院にある」と主張し、自公政権を徹底的に追いつめようとした。当時、民主党の対応を政局優先と厳しく批判した自民党が今度は逆の立場に立つ。

 反対ありきではなく、適切なチェック機能を果たす「責任野党」の見本を示してほしい。

■消費税から逃げるな

 民主党の大勢が「消費税が敗因」と受けとめれば、今後、税制改革論議への消極論が強まるかも知れない。

 しかし、「消費税10%」を掲げた自民党有権者は勝たせた。菅首相も「議論そのものが否定されたとは思っていない」と述べた。

 膨大な財政赤字を放置できないことは明らかだ。議論は早急に始めなければならない。それが、2大政党があえてそろって負担増を訴えた今回の意義を生かす道でもある。

 もちろん行政の無駄に切り込む。政治家が率先して身を切る姿を示す。何より、持続可能な社会保障の全体像を描く作業が欠かせない。

 菅首相は日本の将来のために増税が必要だと信じるのなら、逃げずに正面から自民党に協議を呼びかけ、有権者の説得にもあたるべきだ。

 民主党内では今後、菅首相の求心力が低下することは避けられまい。菅首相を支える勢力と小沢一郎前幹事長グループとの確執が深まれば、9月に予定される党代表選に向け大荒れの展開となる可能性もある。

 しかし党内抗争にかまけることを許すような余裕は今の日本にはない。

 全党挙げて参院選敗北を総括し、政権運営の基本方針を定め直す。それが政権をあずかる与党の責任だ。

 政権交代を実現させた日本政治の前進を後戻りさせてはならない。

はい、次。2007年、安倍晋三政権が参院選で敗れたとき。

2007年7月30日
参院選自民惨敗―安倍政治への不信任だ

 衝撃的な選挙結果である。

 安倍首相は昨秋の就任以来、この参院選での勝利に狙いを定めて、さまざまな手立てを講じてきた。有権者はその実績に対して、はっきりと「不合格」の審判を下した。

 しかし、首相は結果を厳粛に受け止めるとしながらも「私の国づくりはスタートしたばかり。これからも首相として責任を果たしたい」と述べ、政権にとどまる意向を表明した。まったく理解に苦しむ判断だ。

 ●民意に背く続投表明

 さすがに自民党内にも首相の責任を問う声が出ている。すんなりと続投が受け入れられるとは思えない。首相はもっと真剣に今回の結果を受け止め、潔く首相の座を退くべきである。

 それにしても、すさまじい惨敗ぶりだ。自民党は30議席台へ激減し、ライバル民主党に大きく水をあけられた。非改選議席を加えても、民主党に第1党を奪われた。1955年の自民党結党以来、第1党の座を滑り落ちたのは初めてだ。「政権を選ぶ衆院選とは違う」というには、あまりに度を超えた敗北だ。

 公明党も後退し、与党全体で過半数を大きく割り込んだ。与党は衆院で7割の議席を押さえているものの、参院での与野党逆転はこれまでの国会の進め方を根本的に変えることになるだろう。

 全国で、安倍自民党に対する「ノー」の声が渦巻いた。

 「自民王国」のはずだった地方の1人区でばたばたと議席を失い、参院自民党の実力者、片山虎之助幹事長まで落選した。2年前の郵政総選挙で小泉自民党が席巻した大都市部でも、東京、神奈川、千葉、埼玉、愛知で民主党が次々に2人当選を果たした。

 2年前、自民党を大勝させた無党派層が、今度は一気に民主党に動いたのだ。自民支持層のかなりの部分が野党に流れたのは、政権批判の強さを物語る。

 衝撃は自民党内に広がっている。中川秀直幹事長や青木幹雄参院議員会長は辞任する。それでも首相が続投するとなれば、世論の厳しい反応が予想される。

 まして、与野党が逆転した参院を抱え、これからの政局運営や国会審議は格段に難しくなるはずだ。参院で安倍首相らへの問責決議案が出されれば通るのは確実な勢力図だし、混乱と停滞は避けられないのではないか。

 ●1人区の怒り、深刻

 敗北の直接の引き金になったのは、年金記録のずさんな管理に対する国民の怒りだった。さらに、自殺した松岡前農水相や後任の赤城農水相らの「政治とカネ」の問題、久間前防衛相らの暴言、失言の連発が追い打ちをかけた。

 首相にとっては、不運の積み重なりだったと言うこともできる。だが、ひとつひとつの問題の処理を誤り、傷口を広げたのはまさに首相自身だった。

 年金では「浮いたり、消えたり」した支払い記録の不備が次々と明らかになり、後手後手の対応に追われた。政治資金の問題も、松岡氏をかばい続けて自殺という結果を招き、後任に起用した赤城氏にも同じような疑惑が発覚。総裁選での論功や自分の仲間を重視する人事の甘さが次々に浮かび上がってしまった。

 その一方で、国会では数を頼みに採決強行の連続。うんざりだ、いい加減にしろ……。広がったのは安倍氏への同情や共感より、安倍政治への基本的な不信ではなかったか。

 選挙結果で注目すべきは、とくに1人区で自民党が不振を極めたことだ。地方の経済が疲弊する一方で、高齢者ばかりの町や村が増える。人々の不安と不満が膨らんでいるのに、自公政権は本気で取り組んでくれない。そうした思いが底流にあると見るべきだ。

 都市で集めた税金を、公共事業などを通じて地方に再配分する。良くも悪くも自民党政治を支えてきたメカニズムだ。それが終わりを告げたのに、代わりの方策が見つからないのだ。

 ●優先課題を見誤った

 地方の疲弊に象徴される格差への国民の不満、将来への不安は、都市住民や若い世代にも共通するものだ。とりわけ弱者の暮らしや安心をどう支えるのか。これこそが、小泉改革を引き継いだ首相が第一に取り組むべき課題だった。

 ところが、首相が持ち出したのは「美しい国」であり、「戦後レジームからの脱却」だった。憲法改正のための国民投票法をつくり、教育基本法を改正し、防衛庁を省に昇格させた。こうした実績を見てほしい、と胸を張ってみせた。

 有権者にはそれぞれ賛否のある課題だろう。だが、それらはいまの政治が取り組むべき最優先課題なのか。そんな違和感が積もり積もっていたことは、世論調査などにも表れていた。

 自民党は成長重視の政策などを打ち出し、実際、景気は拡大基調にある。なのになぜ負けたのか、真剣に分析すべきなのに、首相が「基本路線には(国民の)ご理解をいただいている」と政策継続の構えを見せているのは解せない。

 政治はこれから激動の時代に入る。与野党に求められるのは、衆参で多数派がねじれるという状況の中で、対立だけでなく、お互いの合意をどうつくり、政治を前に進めていくかの努力だ。

 自民党は、これまでのような強引な国会運営はやりたくてもできない。だが、民主党もいたずらに与党の足を引っ張るだけなら、次は国民の失望が自分たちに向かうことを知るべきだ。

 そんな新しい緊張感にあふれる国会を実現するためにも、首相は一日も早く自らの進退にけじめをつける必要がある。

ちなみに次の日、安倍が続投表明をしたことを受けた同31日の社説もこちらにあるのでどうぞ。
http://blog.goo.ne.jp/freddie19/e/3eaa6415cef7be088eb5bf6385b0ca57/


で、素直にこれらを読むと矛盾、ダブル・スタンダードがあるとネット界でのツッコミがいまさかんなわけだが……とりあえず首相選任に対しては、衆議院が優越すると憲法が定めているのに、なぜ朝日新聞は2007年に参議院の選挙結果に基づいて退陣を要求したのか。
その経緯について、当時の論説主幹・若宮啓文氏が著書「闘う社説」の中で書いているので、それを参考として引用しておきましょう。
この本は2008年10月に出版されました。

闘う社説 朝日新聞論説委員室 2000日の記録

闘う社説 朝日新聞論説委員室 2000日の記録

(228Pより)
意外なのは、同じ日の全国紙がみな退陣論を打ち出さず、安倍氏の続投に理解を見せたことだった。(略)日経新聞は「安倍首相はこの審判を厳粛に受け止めよ」と迫ったが「参院選で負けたからといって首相が辞めなければならないわけではない。参院選は政権選択の選挙ではない」・・・(略)と二院制の原則論を書いた。
 

(略)全国紙では朝日だけが突出したのである。「さすが安倍政権憎しの朝日だ」との陰口も聞かれたが、決してそういう次元の話ではなかった。
確かに参院選は本来、政権の選択を問うものではない。日経の主張は私にもわからないではなかったし、今後そうした論理が定着するなら結構なことかもしれない。だがこの場合に果たしてそれが通用する論理だったかどうか。まず、負け方の激しさだ(略)。選挙戦の中で首相自身が「私と小沢さん、どちらが首相にふさわしいか国民に聞きたい」と語っていた。この選挙を自分の信任争い、政権選択の選挙と位置付けたのは自分自身だったのだ(略)

以上が一応、当時の論説主幹の論理です。まずは紹介のみ。
個人的には、やはりこれで矛盾が解消されたとは言いがたいと思う。「安倍は参院選を自ら政権選択と位置付けた」とするが、菅総理も・・・
http://www.47news.jp/CN/201006/CN2010061401000865.html

 【衆院解散】野党は自信がないから「解散しろ」と言っているのではないか。7月には参院選がある。まず参院選で国民の信を問うべきだ。私たちも参院選で問うていきたい。(渡辺喜美氏への答弁)

はじめから「第一党保持ならセーフ、割ったら退陣」とか「比例代表1位ならセーフ」と書いてあればまた違うけどね。

この種の、「○○の場合はXXXするのが筋だ」関連を−−とくに国会運営などに関して−−自分は慣習と明文法との兼ね合いの意味でずっと追ってきたけど、政権交代は攻守が逆転するから(攻める現野党(旧与党)も含め)、過去の本人、またはシンパの発言の整合性を見るのはおもしろいなぁ。


ちなみに同書によると、当時の毎日新聞は退陣を直接は求めなかったものの「続投を決意したからには、早期に衆院を解散し、改めて信を問うべきである」と、続投と衆院解散はワンセットであると主張していたとか。

千葉景子法相問題。落選した大臣をそのまま「民間人」として閣僚起用できるか?

これは憲法上は、別にダメって書いているわけではない。
だから起用を拒むものは別にないのだが…ただ慣習、「憲政の常道」的に「選挙で落選したということは国民の不信任を受けたということであり、それを(引き続き)閣僚に起用するのはよくない」という主張もあるらしい。
続投ではなかったが、たしか大平政権の中でそういうふうに落選議員を閣僚に起用したことがあり、それを批判する文章を読んだ記憶があります(リアルタイムでそのトピックを知っているわけではないので、やや自信なし)。


ま、これは「憲政の常道」論の一環ですので、是非は護憲政党社民党に聞いてみたいところですね(笑)。憲政の常道って破るときはいつでも破れるものではあるけど。

【付記】インターネットで相変わらずすごいねえ・・・上に挙げたかつての例に関して「大平内閣 落選 大臣」などで探すと判明したよ。昔だったら曖昧な記憶があっても、絶対見つけられなかったな。
大来佐武郎氏でした。

# 1977 年 – 新自由クラブから参議院議員選挙に全国区で立候補するも得票順位59位で落選。
# 1979 年 –第2次大平内閣にて外務大臣として入閣する。特にこれまで等閑視されていたEC諸国との関係の緊密化に務めた

2年後の起用なのに、批判されたのか。

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以下、29日に書いた追記

【追記】あとから頂いたTBなので、気付くのが遅れて失礼しました。
http://d.hatena.ne.jp/bogus-simotukare/20100724

憲政の常道」とか根拠レスで寝言言ってるとんでもない人(http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20100713#p4)もいますが。「憲政の常道」と言ってる人間がいるというのなら名前上げてみろよ(嘲)。

上に書いたように、私は上のような議論が存在するということを、大平正芳内閣で、やや間を置いた上で前回選挙で落選の元議員「大来佐武郎」氏が起用され、それに批判の声が挙がった…という文章を読んだという、記憶に基づいて書いています。
記憶に基づいている以上、詰めきれてないことは認めます。認めた上で聞くのですが貴方の説は(A)「大来の閣僚登用への批判は当時、存在しなかったと私は知っている」ということですか?(B)「そういうことがあったか、なかったか全く把握していない。ただ『あった』という確定的な資料、証拠がないので現在、無いとみなしている」という意味ですか?
Aなら貴兄のそういう調査結果を聞いて、納得できれば「じゃあ当方の記憶違いですかね」となるし、Bならじゃあお互い、余裕があれば調べましょうかね、ということで。
ただ、状況証拠としては、大平内閣の閣僚なんて、あまりに古くてマイナーな例をそもそも記憶していて今回出せたってこと自体が、「そういう部分を話題にした文章が過去に存在していた」という、可能性が高いことのひとつの傍証じゃないですかね(笑)。
まあ先方がそうは思わない、というならそれはそれで。読んでいる第三者向けのひとつの判断材料として。

憲政の常道」とは「衆院第一党が与党になるべき」と言う戦前のルールですが?(ウィキペディアはてなキーワード参照)。何故、戦前「憲政の常道」が叫ばれたかというと、戦前、首相を任命するのは天皇で、少なくとも法的には衆院第一党から選ばなきゃいけない義務はないからです。

さて、こういうときに実際にそのキーワードを見に行く人が何人いるか。
多ければ有難いのだが。
はてなキーワード憲政の常道
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B7%FB%C0%AF%A4%CE%BE%EF%C6%BB

いやしくも憲法(より正確には議院内閣制)の施行されている国家ならば遵行すべきとされている道。

第一次護憲運動?のときに超然主義に対抗して唱えられた語で、少なくとも当初は「議会の第一党が内閣を組織すべきこと、また、その内閣が信任を失った場合には、野党の第一党が政権を継ぐべきこと」と解されていた。

太字化は引用者。
少なくとも当初は
少なくとも当初は
少なくとも当初は
少なくとも当初は
id:bogus-simotukare さんは、このへんは見逃されたんですか?わざと?
まあ、それはいいや。
一段落目も、戦前限定、与野党交代限定と言うよりは一般化したものとして扱ってますね。→「いやしくも憲法(より正確には議院内閣制)の施行されている国家ならば遵行すべきとされている道。」

ウィキペディアの「憲政の常道」
小見出しに、「日本国憲法下での憲政の常道」があったりします(笑)

んで、当の国会議員らの議会の論戦の中でも
http://www.shugiin.go.jp/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/002017420100616040.htm

 会期途中で内閣が交代をしたとき、予算委員会を開かなかった事例はありません。まさに、このことは、国会の常識、憲政の常道とも言うべきことであります。

「会期途中で内閣が交代したら、予算委員会を開くべし」といった細かい明文以外の慣習や「かくあるべし」という考え方も「憲政の常道」の範疇のようです。


さて、もう一回リンク先の文章にもどりましょう。

何故、戦前「憲政の常道」が叫ばれたかというと、戦前、首相を任命するのは天皇で、少なくとも法的には衆院第一党から選ばなきゃいけない義務はないからです。

これも答えとしてはちょっとマルはあげられませんね。
だって、「衆院第一党から首相を選ぶ義務」なんて戦後もないんですよ(笑)。
【問題】
細川護煕
羽田孜
村山富市
かれらが首相に就任した際、第一党の党首だったでしょうか?
違いますね。
・・・・といっても、法律や憲法でそういう選出の仕方を明確に禁止しているわけではないから、「憲政の常道」に反していても実際にはやれるし、現に彼らは首相に選ばれました。


で、これははっきり記憶しているから断言するけど、細川内閣成立当時も「比較第一党は自民党なのだから、過半数を割っても自民党から首班が出るのが『憲政の常道』だ」という議論はあった。単にそれは無視されただけだけど、当然その批判は、自民が村山氏を担いで与党に復帰したときにもちゃんと「自党からではなく社会党からとは、以前言ってた主張と矛盾している」と、彼らを攻撃する役割も果たしていました。そーいうもんなんです。


同様の例が、議長をめぐる争いです。
正副議長職には…これはそんなに長い伝統ではないのですが−正議長は与党第一党から、副議長は野党第一党から、という慣習がありました。
もちろんこれも法的に決まっていることではなく、少数政党が一致して協力すれば、小さい党からも議長を出すことは可能。現に1993年、土井たか子氏が議長になったのもそういう手法ですね。

そして今年2010年、野党が結束して参院議長を取ろうと言う声もありましたが、http://research.news.livedoor.com/r/48456 結局、断念しそうです。
この際、
http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/100714/stt1007141137005-n1.htm

自民党谷川秀善参院幹事長は14日午前のテレビ朝日番組で、参院議長選出に関し「憲政の常道は守るべきだ」と強調した。慣例通り第1党の民主党から選出すべきだとの考えを示した発言だ。

憲政の常道」は”当初はともかく”「与野党交代」や「戦前」に留まらないことはこれでお分かりいただけたでしょうか。

【余談1】
ちなみに土井たか子さんは憲法学者として書いた著書の中で「第一党から議長が出るべきだ」と書いていたそうで、1993年にはずいぶんつっこまれてました(笑)。
【余談2】
この話の発端となったブックマークで、私は参院議長に関して
http://b.hatena.ne.jp/entry/sankei.jp.msn.com/politics/policy/100715/plc1007151629006-n1.htm

一方で慣習尊重なら参院議長はなお一党の民主

おれ、フェアだねぇ。このへん、bogus-simotukareさんにも見習ってほしい(笑)

【余談3】
近年のねじれ国会で、当時野党の民主党らの強力な武器になった閣僚への「問責決議」も、別にそれが通ったら辞職しなければならないという法律上の根拠はない。ただ「民意の代表である院が不適格と決議したのだから、当然やめるべきである」という慣習的な「かくあるべし論」に依拠しているだけで、意味合いは千葉法相の落選批判と同類。
福田首相問責決議賛成討論(民主党簗瀬進
http://www.dpj.or.jp/news/?num=13490
憲政の常道の破壊者としての自責の念を感じられない。まさに憲法体制の破壊者として問責に値する」」

【余談4】
憲政の常道、という言葉は直接使っていないが、法の専門家の一人の言。
http://www.axis-cafe.net/weblog/t-ohya/archives/000724.html#more

法的には法務大臣であることに変わりがない…(略)…政治的に落選によって正統性が傷ついた状態である

【余談5】
平野貞夫
http://www.kunidukuri-hitodukuri.jp/web/koso7/koso7_column_tosa_15.html

政府与党は、法的根拠のない問責決議で国会を紛糾させることは、 よくないと批判しているが、これは間違っている。 この国会(※2008年)を総括して言いたいことは、政治は法令よってだけ動くものではない。 「憲政の常道」という国民の常識によって動くことが原点である。 これを忘れてはならない。

<総括>
再度、リンク先を見てみましょう。

議員を落選したら大臣を辞める義務があるなんてのは、その人の勝手な価値観に過ぎません。そう言う価値観を持つことは否定はしませんが、他人に押しつけることが出来るような、法的な、あるいは政治的な根拠のある話では全くない。

以前から面白がって、各種の「憲政の常道」(この言葉がいやなら呼称は単純に「議会の慣習」でも何でもいいが)を集めてきたのは
「比較第一党が首相を出すべきだ」
「与党第一党が議長、野党第一党は副議長」
「正副議長は党籍を離脱し無所属になるべし」
「会期中に内閣が変わったら予算委員会を開催」
参院選も民意。負けたら内閣は辞職すべし」
「いや第二院なのだから辞職の必要は無い」
といったさまざまな議論も、明文規定のない以上は「その人の勝手な価値観」と開き直って無視することができるからです(現に時折あった)。だからこそ、このテーマは面白かったりする。


この続編です。不本意ながら、さらに追い詰めてしまった。

非常時日本、国会の「慣習」「べき論」のどれを守り、どれは無視するか? -http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20110608/p2