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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

HERO'Sに「プロブレム」勃発(笑)。秋山成勲vs石沢常光に

http://blog.honeyee.com/snagao/

秋山選手と石沢選手の試合が決定しました。この他に宮田選手の対戦相手がエリカス・ペトライティス選手に変更になりました。

なんでだろうか。
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/fight/other/headlines/etc/20060313-00000000-spnavi-spo.html


http://sportsnavi.yahoo.co.jp/fight/other/headlines/etc/20060313-00000001-spnavi-spo.html

両方とも負傷欠場らしいが、まあ残念な話だ。とくにジャーマン・スープレックス・ホールドまで使いこなすイヴァン・メンジヴァーは一気に山本KID徳郁への刺客として浮上しえただろうに。準備期間も含めて、試合内容がスケールダウンしたことは疑いない。

石澤常光は「およそ4年3カ月ぶりの総合戦」と記事にあるが、おそらくハイアン2連戦だけで本人としては十分なんだろうし。
そういえば、プロレスで見る機会が減ったとは思っていたんだ。あのとんちコメントって、プロレス内の煽りであるように偽装しつつ、実は言われる方にとっては結構シャレにならない部分もあって、世間を少しずつ狭くしているのかもしれないな。

昨日のMHK「チャウシェスク政権の崩壊」補遺

「オーレ、オレオレオレ、チャウシェスクはもういない・・・」

再放送をごらんになった方は分かるだろうけど、チャウシェスクが自分の宮殿(宮殿なんだよ、ほんとに絢爛豪華な)から脱出したとき、そこを埋め尽くした抗議モの民衆たちは即興で、タイトルに書いたようにワールドカップ応援歌「We are tha champ」の即興の替え歌で気勢を上げたのだった。

1990年にこれが放送された際、子どもの小生はその光景に感激しつつも、「なんで自然発生した集団なのに、みんなが共通してこの歌を創れた、知っていたのかなあ?」と不思議に思ったものだった。今も昔もおいらはサッカーに詳しくないけど、同時に1990年ってまだまだW杯の日本での知名度って少なかったでしょ。
この番組と、その他の東欧革命に関するNHKドキュメンタリーをまとめて活字化した「かくして革命は国境を越えた」という本で歌の説明を読んで納得、その後この歌が広く紹介されたときは「ああ!あの時の・・・」とすごく印象深かった。

この本についてはほんのわずか
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20050309#p2
で紹介したことがある。

アマゾンより
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4140087234

プロローグ 「メディアの暗闘」テレビは何を伝えてきたのか
1章 情報は再封鎖された 中国
2章 東西ドイツの電波戦争 東ドイツ
3章 体制を揺るがした1本のビデオ チェコスロバキア
4章 地下のビデオから、衛星放送主役の時代へ
5章 変革の旗手になった放送メディア ハンガリー
6章 テレビ局が参謀本部「テレビ革命」 ルーマニア
7章 ペレストロイカのなかで ソ連
8章 メディアの攻防 電波は闘っている
エピローグ 「情報民主主義」の時代に

もっとも、この本が出たときはまだインターネットは一般には影も形も無く、環境のが一変した部分もあるのだが・・・


あと、それ以上に完成度が高く、時代の流れに耐える古典的名著と呼ばれるべきノンフィクションもある。

きのうの祖国―東欧崩壊 (ちくま文庫)

きのうの祖国―東欧崩壊 (ちくま文庫)

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4480034943/249-5793047-4233967

一夜にして体制が崩壊したとき、人は何を思うのか。期待と不安が交錯する中で、人々が自由の代償に得たものは何だったのか。「壁」が崩れた直後のベルリン、革命の熱気さめやらぬプラハ、そしてチャウシェスク政権崩壊の余燼くすぶるルーマニア。いちはやく「現場」の土を踏み、普通の人々の肉声を通して歴史の断面を鮮やかにとらえた記念碑的著作。

杉山隆男氏といえば大宅壮一ノンフィクション賞受賞者でもあるが、今は「兵士に聞け」「兵士を見よ」などのシリーズの著者、という紹介が一番通りがいいのかな。


これも、読んだ当時に書いた文章があるはずなんだがなあ。
いま、パソコン内部をいろいろ検索しております。あの時もあまりの傑作ぶりに、気合を入れて書いたんだよな。無くなっていたら個人的にへこむな。

ミロシェビッチ、戦犯法廷で拘留中に死去

この再放送とほぼ時を同じくして、

 [ハーグ 11日 ロイター] 旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷は11日、ミロシェビッチ元ユーゴ大統領(64歳)が拘置所内の独房で死亡していたことを明らかにした。

 元大統領は1990年代に旧ユーゴスラビアの分裂につながった紛争に関与し、大量虐殺や人道に対する罪などを問われ、公判中の身だった。あと数カ月で判決が出る予定だった。

 国際戦犯法廷は声明で、「ミロシェビッチ氏は独房のベッドの上で死亡しているところを発見された」と発表。判決前の元大統領の死に、一部諸外国の要人や旧ユーゴ紛争の犠牲者の遺族からは失望の声があがっている。

 国際戦犯法廷の報道官は、元大統領が自殺した兆候はないとしている。

 元大統領は心臓病や高血圧を訴えていた・・・

この大セルビア主義者が内戦に責任が無いはずがないが、同時にセルビアでは「理不尽な国際社会の犠牲者」という同情論も強いという。

また、ムラジッチも現在逃亡中だ。
http://www.janjan.jp/world/0603/0603020142/1.php


ただし、ここでも何度も取り上げた「戦争広告代理店」でも詳細に検証されているように、当時の「悪玉セルビア」に関する報道や発表には誇張や、事実と異なる無根拠なものが多かったのも事実らしい。
ここも参考になろう。
http://d.hatena.ne.jp/kanabow/20051116/p1


実をいうと昨日放送されたチャウシェスク政権崩壊劇で、ナンバー2の首相が、革命派の選挙したテレビの前で

「ティミショアラの虐殺はお前の責任か?」
「いいえ」
「じゃあ誰の責任だ」
「あの逃げた殺し屋だ
チャウシェスクのことか?」
「そうだ」

という、実に手のひら返しのシーンが出てくるが、この「ティミショアラの虐殺」で当初、大きく報じられた「虐殺遺体」は解剖用の死体を病院から引っ張り出したものだったらしい。(呉智英の著作による)もちろんティショアラで弾圧、騒乱はあったのだろうが。


これは超有名だけど1990年の湾岸危機の際、「イラク軍が病院で未熟児治療用のカプセルから赤ん坊を投げ捨てて略奪していった!」と涙ながらに訴えた「クウェートからの逃亡者」は、アメリカ在住の外交官の娘だったというな。


「戦犯の英雄視は許されるか許されないか」「侵略への対抗・圧制者の打倒のためなら、虚偽の宣伝戦もありか?」「ディテールの修正が史観の捻じ曲げにつながるか?」やら、いろんな問題にアナロジーとして当てはめると興味深いが、収拾もつかなくなるのでやらない。

週刊現代で「格闘技と暴力団」特集

この前、
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20060311#p1

■[格闘技][犯罪][経済]「猪木祭り」関連の脅迫で暴力団逮捕・・・の続報を耳にしない理由
あの事件の後で「週刊誌がおそらく、いろいろ背景を取材して記事にするだろう」と予想したのだが、これは全くの空振り予想であった。

たとえば、確か最初の報道では逮捕者以外にあと一人の行方を追っていたはずだけど、それもどうなったんだろう?起訴はいつされるのだろう?公判は?

と書いたところ、コメント欄で
# 本屋 『今週の週刊現代に格闘技大会と暴力団の関係の記事出ます。』
# gryphon 『あ、そうなんですか。期待できるかな。』とやり取りした。


これだね。
http://www.zasshi.com/ZASSHI_SOKUHOU/data/syuukangendai.html
週刊現代 [3月25日号]  2006年3月13日(月曜日発売)
格闘技とテレビ局と暴力団暴力団幹部に脅されていた日テレ猪木祭


新聞広告では、全体の四分の一ほどを占めるトップの扱いだよ。でも「日テレ『猪木祭』プロデューサーの証言」となっているけど、それが川又誠矢氏であったら新鮮味は無いな。
だれか、他の証言も得られているだろうか。