朝日新聞デジタル連載社説記事 (社説)尹大統領拘束 権力の暴走 防ぐ究明を
社説
2025年1月16日 5時00分
韓国の尹錫悦(ユンソンニョル)大統領が「非常戒厳」を宣言して国会などに軍を送った暴挙は、内乱の容疑で尹氏が拘束される異例の事態に発展した。
韓国で現職大統領の拘束は初めてだ。厳正・公正な捜査で再発防止につながる真相の解明を期待する。続く「大統領不在」が内政や外交に深刻な影響を及ぼさないよう、与野党の協調も求めたい。
拘束までは紆余(うよ)曲折をたどった。警察などが加わる合同捜査本部の出頭要請を尹氏が拒否。裁判所が拘束令状を発付したが、大統領の警護を担う警護庁が執行を阻んだ。令状の再発付を経て拘束に至ったが、一時は国家機関同士の武力衝突も懸念され、大統領の刑事責任を問う手続きをめぐり課題を残した。
今後は、大統領罷免(ひめん)が相当かどうかを憲法裁判所が判断する弾劾(だんがい)審判と、刑事責任の有無を明らかにする事件捜査が並行して進行する。
政治に影響されず、法に基づいた公正な審理や捜査が尽くされるよう望む。尹氏はきのう発表した国民向け談話で「不法捜査だ」と主張したが、事実の解明には誠実に応じてほしい。
韓国では大統領が絡む不祥事が繰り返されてきた。4人の大統領経験者が退任後、逮捕されている。
背景として、国家元首、行政トップ、国軍の統帥権者として権力が大統領に集中していることで、世論と乖離(かいり)した独善や側近政治に陥るリスクが韓国内で指摘されてきた。
尹氏に関しても、偏った情報で野党への敵対心を強めていたとの指摘があるほか、非常戒厳下で司令官に国会からの議員の排除を電話で指示したとも伝えられ、権力の暴走ぶりが浮き彫りになった。
軍事独裁政権との闘争を経て勝ち取り、培われた韓国の民主主義が脅かされた今回の重大性を考慮すれば、二度と同様の事態を起こさない教訓を学ぶことが大切だ。
今回の事態は、韓国の政治や社会を覆う深刻な分断をさらに加速させかねない。ソウルでは弾劾賛成派と反対派が集会を続ける。与野党の対立も激化し、大統領としての職務が停止された尹氏の権限を代行した首相も弾劾訴追された。野党の強硬な姿勢には否定的な見方も少なくない。
韓国を取り巻く内外の環境は不透明さを増している。北朝鮮はミサイル発射を繰り返し、日米韓への対抗姿勢を隠さない。政治の混乱は経済にも波及し、通貨ウォン安も進んだ。政権の「司令塔」を欠く中で、いま与野党に問われることは、党利党略を排し、対話を通じた政治の安定だ。
読売新聞 韓国大統領拘束 冷静な議論で事態収拾を図れ
2025/01/16 05:00
韓国では大統領が退任後に逮捕される歴史が繰り返されてきたが、現職大統領が身柄を拘束されるのはこれが初めてである。国内外に与えた衝撃は計り知れない。
尹錫悦大統領による非常戒厳をめぐり、尹氏を内乱などの容疑で捜査している高位公職者犯罪捜査庁(公捜庁)と警察などの合同捜査本部が、尹氏に対する拘束令状を執行した。
捜査当局は今月3日に尹氏の拘束を試みたが、ソウル市内の大統領公邸を警護する警護庁職員に阻まれた。今回は尹氏側が自ら出頭することを提案したが、当局は拒否し、身柄拘束に踏み切った。
尹氏は国民向けの談話を出し、「流血の事態を防ぐため、出頭に応じることにした。捜査を認めるわけではない」と述べた。
警護庁と捜査当局という国家機関同士のにらみ合いは、与野党の根深い政治対立を反映する形となっていた。深刻な衝突がぎりぎりのところで回避されたのは不幸中の幸いだった。
尹氏が起訴されれば、内乱罪での刑事裁判と、憲法裁判所での 弾劾 だんがい 審判が並行して進む異例の展開となる。弾劾が成立すれば、尹氏は失職し、60日以内に次期大統領選が行われる。
尹氏は、取り調べや法廷で、非常戒厳の宣言は「大統領の統治行為」だとして、正当性を主張していくとみられる。
尹氏は昨年12月、野党が国政を 麻痺 まひ させたなどとして唐突に非常戒厳を宣言し、国会などに軍を派遣した。韓国憲法は大統領に非常戒厳を出す権限を与えているものの、これが大混乱を招いた直接の原因であるのは間違いない。
一方、左派系最大野党や捜査当局は、尹氏の宣言は内乱罪にあたると主張している。
内乱罪は、憲法秩序を乱す目的で暴動を起こした場合に適用される。首謀者と認定されれば、死刑または無期の懲役刑か禁錮刑が科される重罪である。
尹氏側と野党、捜査当局の言い分は真っ向から食い違っている。国会で過半数を占める野党は、大統領代行の首相まで弾劾訴追するなど攻勢を強めているが、かえって支持率は急落している。
国民は、混乱を増幅させている野党にも嫌気がさしているのだろう。北朝鮮は今年に入って弾道ミサイルを2度発射するなど挑発を強めている。
与野党ともに、司法手続きに 則 のっと った冷静な議論を通じ、事態収拾を図るべき時ではないか。
毎日新聞 尹・韓国大統領を逮捕 混乱の収拾につなげねば
オピニオン
朝刊政治面
毎日新聞
2025/1/16 東京朝刊
833文字前代未聞の混乱を早期に収束させることこそが政治の責任だ。社会の分断をあおるような振る舞いは慎むべきである。
韓国の捜査当局が尹錫悦(ユンソンニョル)大統領を逮捕した。「非常戒厳」を宣言して国会を機能停止に追い込もうとするなど、内乱を主導した疑いが持たれている。現職大統領が身柄を拘束されるのは初めてだ。
国会による尹氏の弾劾を認めるかどうかを判断する憲法裁判所の審理も始まった。逮捕で山場を迎えた捜査と併せ、戒厳令という時代錯誤の行動の背景を解明できるかが注目される。
尹氏が逮捕状執行に応じたことで、捜査当局と大統領警護庁が衝突するという最悪の事態は避けられた。だが大統領公邸前では、与野党それぞれの支持者が集会を開いてにらみ合った。
懸念されるのは、韓国社会の分断がさらに悪化することだ。
尹氏は、逮捕後に公開した動画メッセージで「不法で無効な手続きだ」と訴えた。与党・国民の力の報道官も、捜査当局を最大野党・共に民主党の「下請け機関に転落した」と批判した。
一方、国会で過半数の議席を持つ共に民主党は、大統領代行の首相も弾劾して職務停止に追い込んだ。その後に代行となった副首相に対しても、尹氏の逮捕に消極的であることなどを理由に弾劾訴追を示唆してきた。
分断の背景には、韓国の経済成長や民主化を巡る根深い対立がある。この20年ほどは、経済的な格差拡大もあいまって極めて深刻な状況に陥っている。
韓国を取り巻く国際情勢は厳しさを増している。
核・ミサイル開発を加速する北朝鮮は、ウクライナ戦争への派兵でロシアと急接近している。東・南シナ海での中国の威圧的な行動も続く。
東アジアの平和と安定を維持するには日米韓の連携が不可欠だ。自国第一を掲げる米国のトランプ新政権発足を控え、韓国の政治混乱が長引けば日本にも影響が及びかねない。
韓国の与野党が避けなければならないのは、党利党略に走って尹氏の逮捕を政争の具とすることだ。政治を正常化する行動が双方に求められる。
東京新聞 <社説>韓国大統領拘束 「非常戒厳」真相究明を
2025年1月16日 07時15分
韓国の尹錫悦(ユンソンニョル)大統領が内乱を首謀した疑いなどで拘束された。現職大統領の拘束は韓国初。「非常戒厳」を宣言し、民主主義を破壊しようとした責任は重い。今後の取り調べと憲法裁判所での弾劾審判で、宣言の意図や背景など真相を明らかにするよう期待する。
尹氏は昨年12月、野党が国政をまひさせているなどとして非常戒厳を宣言。さらに、戒厳令解除の権限を持つ国会の機能を停止させようとして軍隊を派遣した。
民主的に選ばれた指導者による強権的な振る舞いは、民主主義国家に住む私たちにも大きな衝撃であり、無関心ではいられない。
韓国では内乱罪は、国家権力を排除したり、憲法に基づく秩序を乱す目的で暴動を起こした際に問われる。
現職大統領には刑事上訴追されない特権があるが、内乱罪は例外で、首謀者には死刑や無期懲役、無期禁錮が科せられる。
大統領側は、一連の行為は統治権に基づいており内乱ではないと主張している。真相や責任の所在がどこにあるのか。民主主義の在り方を考える上で、捜査や審判の行方に注目したい。
同時に、韓国社会の分断が早期に回復することも期待したい。
非常戒厳から約1カ月半。事態は収拾するどころか、保守、進歩(革新)両陣営やその支持者らの対立は深まる一方だった。
尹氏は拘束前、大統領公邸前に集まった支持者への手紙で「国内外の主権侵奪勢力と反国家勢力」により国が危うくなっているなどと指摘。敵と味方を分断する訴えが対立をあおったと批判された。
歩み寄りの姿勢は与野党ともに乏しく、野党は、尹氏の職務代行者の韓悳洙(ハンドクス)首相が憲法裁裁判官任命などの要求に応じないとして、弾劾訴追決議案を可決。大統領職務は代行の代行として、崔相穆(チェサンモク)経済副首相に引き継がれた。
崔氏は、尹氏の内乱罪を捜査する特別検察官任命に向けた協議を呼び掛けたが、与野党が公式に話し合った形跡は見られない。
韓氏の弾劾案可決で韓国ウォンは対ドルで急落した。捜査当局と大統領警護庁側という政府機関同士のにらみ合いが、国家の信用低下につながったことは否めない。
政治対立による混乱が続けば最も影響を受けるのは韓国国民だ。すべての当事者が冷静に対応し、混乱を早期に収拾すべきである。
産経新聞 <主張>尹大統領を拘束 韓国は政治の混乱収拾を
社説
2025/1/16 05:00
オピニオン
主張
異様な事態だ。
戒厳令宣布を巡り、内乱を首謀した疑いで韓国の尹錫悦大統領が、捜査機関「高位公職者犯罪捜査処(公捜処)」と警察の合同捜査本部に身柄を拘束された。尹氏は国会の弾劾訴追で職務停止中とはいえ、現職の大統領である。
韓国大統領に関しては在任中の暗殺や亡命、退任後の自殺や刑事訴追の例はあるが、現職での拘束は韓国史上初めてだ。
大統領は、国家元首と行政のトップを兼ねた存在である。その地位の重さゆえ、在任中は、刑事訴追されない特権がある。唯一の例外が内乱罪だ。
尹氏の罷免の是非を決める憲法裁判所の審判も始まっている。審判と捜査が並行して進む事態は異常というしかない。
合同捜査本部は3日にも拘束を試みたが、大統領警護処に阻止され、断念していた。尹氏は今回、「流血の事態を防ぐため不法捜査だが出頭に応じる」とのメッセージを出した。
戒厳令以降、国政は麻痺(まひ)に近い状態となっている。その弊害を被るのは国民だ。
昨年末には韓国南西部の務安国際空港で179人が死亡した旅客機事故が起きた。
韓国国内で最悪となった航空事故は、対応に当たる本来の政府の司令塔役の大半が「空席」という異常な事態を白日のもとにさらすことにもなった。
尹氏だけでなく、大統領権限代行を務めた韓悳洙首相も、野党が多数派を占める国会で弾劾訴追された。事故の捜査を指揮すべき警察庁長官は内乱容疑で逮捕されていた。事故現場の捜索などを支援する軍も、前国防相が内乱重要任務従事などの罪で起訴された。
このため、弾劾訴追の連発で行政の機能低下をもたらした野党にも批判の矛先が向けられている。韓国メディアは、最大野党「共に民主党」が尹政権発足後に提出した弾劾訴追案は約30件にものぼるとし、同党の李在明代表の捜査を担う検事も対象になったことを批判した。
大統領代行の崔相穆経済副首相兼企画財政相には、一連の混乱の収拾が求められている。
与野党が政争に明け暮れて対外的な警戒が疎(おろそ)かになれば、核戦力を強める北朝鮮など周辺の専制国家に乗じられる恐れがある。そのことを崔氏らは肝に銘じてほしい。
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韓国紙の社説も紹介したかったが、日本語にした社説が掲載されるまでには多少の「時差」がある。
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