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【新書メモ】「シンクタンクとは何か」(船橋洋一)知で世界を動かすか、高級詐欺師かー

読んだ新書をメモ的に紹介する【新書メモ】、だいぶ間があいたがひさしぶりに。

もっとも1回、この本は面白かった部分をピックアップして紹介している。

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全体的な紹介を再利用しよう。

朝日新聞で論説主幹などを務めた船橋洋一氏が、2019年に出した新書が「シンクタンクとは何か」。

界大戦や恐慌など歴史上の危機から生まれたシンクタンク。具体的な政策につながる革新的なアイデアを提言し、社会を動かしてきた。世界はいま、ポピュリズムの台頭や中国とロシアによる「情報戦争」の挑戦に直面している。シンクタンクの「政策起業家」たちはどう応えようとしているのか。そして「シンクタンク小国」日本の課題は何か。
米国のシンクタンクの現場で働き、現在は自らシンクタンクを率いるジャーナリストが、実体験をもとに知られざる最前線を描く。

正直読む前は「めっちゃ地味な本だなあ。あんまり面白くないとは思うけど、ちょっと調べたいこともあるし資料として読むか、…」ぐらいのテンションだったが…よく考えたら船橋洋一というのはいろんな肩書きの前に「ザ ペニンシュラ クエスチョン」「カウントダウン メルトダウン」などを書いた、優れたノンフィクションの書き手だったのだ。
様々な細かいエピソードなどを交えて単純に面白い読み物ともなっている。

以下、新たに内容紹介。

2019年現在で、アメリカには1871のシンクタンクがある。
それについてインド509
中国507
英国321
アルゼンチン227
ドイツ218
ロシア215
フランス203
日本128
イタリア114…とのこと


そもそもシンクタンクとは何か。色々な定義があるが「シンク・アンド・ドゥタンク」というひねった言い方も流行っている。
つまり実際に政策を実現させるシンクではなくドゥ(Do)タンクであると。


また非営利か鋭利かという区分もある。中立型か唱導型かという軸もある:
どちらにせよ「提案なくして敬意なし」と言われるように、何かしらの有意義な提案をすることで知的な権威を高めていくゲームを日々行っている。




たとえば「フォーリン・アフェアーズ」の影響力は言わずもがなである。…

シンクタンクは新しい政策アイデアを提案できるかどうかが鍵である。
またシンクタンクは「回転ドア」と言われる性質もある。

シンクタンクは政治任命者の予備軍に他ならないし、政権が交代し政府を去った場合、シンクタンクは魅力的な働き口になる。


シンクタンクは戦後史においても「マーシャルプラン」や「封じ込め政策」「限定戦争」などの基本政策にかかわってきた


「民主主義においては 専門家で意見が割れた問題は 最終的には一般人が解決しなければならない」
との原則を、あるシンクタンクの関係者はいう。だからこそ、世論を専門家は説得しなければいけない。


現在、トップクラスの影響力を持つシンクタンクでは、

ヘリテージ財団
カーネギー財団などがしのぎを削っている

リベラル派のランド財団、ハドソン研究所、CSISなども…
シンクタンクは表から裏から国家の政策に関与していく


ヘリテージ財団レーガン政権を後押しし、多くのメンバーがそのまま政権スタッフとなった。逆にクリントン政権が誕生するとヘリテージ財団は議会共和党に接近し、ギングリッチによって下院の多数派を奪取し、クリントン政権の前に立ちふさがった。


それに危機感を抱いたリベラル派は、2003年にジョージ・ソロスらの支援を受けて「アメリカ進歩センター」というシンクタンクを発足させている.


シンクタンクの裏には資金を確保した億万長者の姿が見え隠れすることもある.
ジョージ・ソロスが進歩派の資金源なら、コーク兄弟という保守派も多くのシンクタンクを支援し彼らの思想にあった政策などを作ろうとしている.

今、双方のシンクタンクが互いの活動を暴露したり会合参加者の一覧をリークしたりして、不倶戴天の敵のように批判しあっている面もある。



シンクタンクの思想的指導力の象徴が「ブリックス(BRICs.)」である。
これは投資銀行ゴールドマンサックスのシンクタンクグローバル経済研究所の人間が提唱した名前で,
この概念が大きなインパクトを与え、実際にBRICsの首脳は彼らにある首脳会議を2009年に発足させたし、08年にG20の第1回会議をオバマ政権がスタートさせた.


だがその後、BRICs各国の成長は当初考えられたほどではなく、そもそも国としての性質も極めてバラバラであった.
じゃあ「BRICs」という概念自体に意味があったのか,
とその後疑念がもたれいい加減な考えででっち上げた代物,BRICSは「bloody ridiculous investment concept」」だ、といった批判も生まれた.


しかし批判は逆の意味で、「アイディアに基づいて新しい概念を提唱し、それが定着すれば世界が動く」ーーというシンクタンクの力を示すものなのである。

これを「思想指導力」という名前で言う。


以下、個別のシンクタンクについて。


マッキンゼー傘下のシンクタンクMGI。

WEF…世界経済フォーラムダボス会議を主催している。このシンクタンクへのサイトアクセスは毎月600万近くで、時にそれは国連サイトへのアクセスより多い。

ダボス会議は40年かけて大きな世界的影響力を持つようになり呼ばれるだけで大きな名声となる。
経済人や国家元首巨大都市の知事有力政治家などが招かれてスピーチしたり、時には政治家同士がその場で対談を持ちそこから政治的状況が生まれることもある。
例えばネルソンマンデラと当時の南アフリカ大統領が対話したのはともにダボス会議に招かれたからである。

もっとも、パレスチナアラファトイスラエルの有力な和平派平和政治家ペレスがともに招かれた時は、アラファトが不意打ちのように過激なイスラエル批判を行いペレスの面目を潰した。
ペレスはダボス会議主催者に「あなたは私の葬式を今出してくれましたね」と言い、実際にペレスの政党はその後の選挙で 大敗したという。
ダボス会議は大きな権威を得た反面、ここに集まる人々は「ダボスマン」と揶揄され、デモ隊が標的にすると言ったことも発生しているそうだ。


ちなみにWEFの理事を長年務めてきた一人が「竹中平蔵」である。シンクタンクという知的世界において日本最大のカリスマはどう間違いなく竹中平蔵なのであった。それは今でも続いている。


ICGという非営利シンクタンクも90年代に発足し、この新書の著者・船橋洋一も2000年から参加するようになった。
彼らはロシアのシリアに対する武器輸出の実態を暴いたり北朝鮮の収入源を突き止めるなどの調査を行って、それをリポートにまとめている。


中国はシンクタンクが持つ影響力に着目し孔子学園やテレビ局CCTVなどのソフトパワー増強の一環としてシンクタンクにも力を入れている。
前述したように中国にシンクタンクは507ありこれは世界3位の数だ。今日習近平指導部の頭脳集団に2人のシンクタンク出身者がおり、彼らは江沢民胡錦濤習近平の打ち出した政策スローガンに深く関わっていると言われている。

彼らは海外で高等教育を受け帰国し、そこで得たものを党の指導層に招き入れようとしているのではないかと言われている。
一方で中国はここ数年、米国のシンクタンクをいかに取り組むかに照準を合わせた。オバマ政権初期に対日感が厳しかったのには中国や韓国のシンクタンクなどがロビング活動をアメリカで展開していたからだと言われる。

ただ習近平時代になってから中国が覇権的な振る舞いをするようになったことでアメリカの中国専門家たちも距離を置き始めた。
ロシアも今世紀初頭まで活発にシンクタンクグローバル化の波に乗って海外と交流を深めようとした。
しかしプーチン政権によって弾圧なども行われ情報戦を仕掛ける舞台になりつつある・
EUシンクタンクはロシアのこの活動を警戒し「羊の皮をかぶったクマーEUにおけるロシアの政府系組織」という報告書を作成したほどである。

中国やロシアのこういう露骨な国益に沿ったシンクタンク活動をソフトパワーならぬ「シャープ・パワー」と呼ぶ人もいる。シンクタンクに寄付の形で行われる中国マネーとその影響力も懸念されている。


シンクタンクに関わる人間はいわば政策の起業家である。
これは戦後欧米などにも存在した「大知識人」の消滅に関連しているとも言える。戦後間もなく、たとえばパートランド・ラッセルのような人物には、彼が出した声明に対してアメリカ政府もソ連政府も何かのアクションを起こさざるを得ない。
そんな大知識人グループがあった。今はそれが消滅している。
同時にベトナム戦争以来、やはりアメリカなどでも知識人やアカデミシャンが政策の政策に関わることに対して、「政府のお先棒担ぎではないか」といった批判的な目があった。。


ここから著名なシンクタンク知識人。
ジョセフ・ナイ
グレアム・アリソン
フレッグ・バーグステン
リチャード・ソロモン
ジェームス・スタインバーグ
マイケル・グリーン
ファリド・ザカリア
などと・


そして船橋洋一はこういう人たちと皆、個人的面識や親交があり、その人となりと、これまでの業績などを紹介している。


これだけの顔ぶれと友達付き合いなことは著者の類まれな能力と人脈を示すものだが、ぶっちゃけ朝日新聞の論説トップとなった人にしては極めて異端と言うか、朝日新聞の社論や雰囲気とは会わないだろうなということもわかる。
実際に「船橋朝日は保守寄りになった!」と、大変に昔ながらの朝日好きにとっては評判が悪かったという印象もある。



最後にこの本は、日本のシンクタンクを紹介しつつも、結論としては「日本のシンクタンクガラパゴス的で影響力が小さい」と批判的である。
そもそもシンクタンクがきちんと国際水準だったら…民主党政権の時にそのアイデアを新政権に分かち合い、多くの政策面でも民主党が打ち出したアイデアをキャッチボールして洗練させ、あのような無残な崩壊をせなかったのではないか?
そう、船橋は悔いているのだ。


「私は民主党政権の無残な崩壊に言葉を失った」。
民主党政権は失敗としか言いようがない。これを失敗と受け止めてそこから教訓を得ることが日本の政党デモクラシーにとって不可欠である」。


と考えた船橋は、自分の主催する「日本最近イニシアティブ」に民主党政治家を招いてヒアリングを行い「民主党政権失敗の検証」というリポートを作った。


日本だと霞が関シンクタンクとなっている。しかしそれではやはり政府的なアイデアしか出てこない。そういう懸念を竹中平蔵も持っていて「東京財団」を立ち上げたのだとか。
これによって政策コミュニティとでも言うべき連携を作らなければいけない、という。
そして、そのデータは政府でだけではなく市民社会に開かれ、アクセス可能でなければいけない。


船橋は最後に提言する。
日本の政策企業力を高めるためには?


シンクタンク自体が、課題つまり「アジェンダ」設定をする。
次に事実とデータと分析に基づく証拠本位の政策、それを貫く。
議論の場を主催する力を発揮し、利害関係者とオーディエンスを包摂し、境界を接続し横断する。
そして独立性を保つ。
最後に、健全な楽観主義を持つ。


こういうシンクタンクが生まれれば「市民が公共を作る」という民主主義の理念をサポートすることができると船橋は語る。


もっとも、船橋洋一自身がそもそも朝日新聞をやめて上に書いたような「日本再建イニシアティブ」を2017年に発足させた、いわばシンクタンクの当事者である。

だからこそこういうユニークな本が書けたとも言えるし、だからこそこの本には限界があるとも言えよう。
それを見極めるのは私たち読者である。
(了)

【追記】こんな感想をいただきました。