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「傲慢なる天才」を描くには、ボクシングが一番~新井英樹『SUGAR』(&続編『RIN』)が無料公開、8月末まで

夏休みの宿題の一つだった「新井英樹のボクシング漫画『SUGAR』とその続編『RIN』の紹介記事を書く」を、締め切りが迫ってきたのでやらなければいけない。

締め切りというのは今現在読者が読める「SUKIMA」サイトでの無料公開が8月31日までであると正式にアナウンスされたからだ。(※延長されたりすることもある。結果的に延長された。)
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【期間限定全巻無料】2021年8月31日まで無料範囲拡大中となりますのでお早めにお楽しみください。最終巻まで無料。

石川凛、16歳。 とびきりイキのいい人気者でヤンチャ者。 北海道の小さな町で、母と祖父母に育てられた。 そして今、高校を中退し旅立ちの時を迎えつつある。 先のことなんて考えちゃいない。 話の流れでなんとなく東京に出ることにした。 得意といえば、ダンス。 運動神経もかなりいい。 何考えてるかわからん、ともよく言われる。 今はまだ自分が何者になるかも知らないでいる凛。 将来はボクシングの歴史にその名を残すことになるとは露ほども――

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石川リン、19歳。 自身初の世界タイトルマッチに挑むプロボクサー。 みずからの才能に露ほどの疑いを持たず、 思ったことをそのまま口にすることも一切のためらいを持たない男。 しかも天から才能までをも与えられてしまった男――。

ボクシング漫画数ある中で、この作品を自分が上位の傑作とみなす理由は、(他のスポーツにもいないわけではないが)ボクシングや格闘技界では、なぜかこういうタイプが主流に近い人気者となる、それ……「傲慢で挑発的な天才」という一つの典型を見事に描いているからであります。

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傲慢なる天才ー新井英樹のボクシング漫画「SUGAR」

元々はストリートダンスに熱中していた、「不良っぽいけどそれほどのアウトローというわけではない」少年が野良試合的なファイトで才能を認められ、働くために上京した大都会東京でボクシングジムに通うようになり、みるみる頭角を現し、プロデビューする……という話でストーリーラインの骨格は分かると思うんですが、いちいち場面場面で作者特有の、一筋縄ではいかない「ズレ」があって、そこが面白い。



ただ、ちょっと脇道なんだけど、第一話のファーストエピソードだけ、何か王道風の、ちょっと痛快でストレートな話なんでその事を先に紹介させてもらおうと思う。

主人公のリンは中退して、板前修業のために上京する当日朝、ある学校の朝礼に突然乱入する。
それは自分の幼馴染の女性が憧れているかっこいい男子のいる学校で、リンはその男子に「彼女と付き合ってあげてくれ」とお願いするのだ。彼女本人には全く断りなく(笑)。
その交渉は交渉としてうやむやに(笑)…その学校には昔のケンカ仲間がおり、「お前が上京するならこれが最後の機会だ、決着をつけさせろ!」と。

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傲慢なる天才ー新井英樹のボクシング漫画「SUGAR」

当然、学校の中でタイマン喧嘩の要求なんてしたって通じるわけがない……のだが、 この校長先生がいわゆる昭和的な大物というか、清濁併せ呑む大度量のサムライで……

「試合ならどうかね?」(おいおい)

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傲慢なる天才ー新井英樹のボクシング漫画「SUGAR」

…というわけで疑似的な「ボクシングもどき」の試合が組まれ、ここで林の才能が開花するというわけ……。

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傲慢なる天才ー新井英樹のボクシング漫画「SUGAR」

とても良い話で、だからこそこうやって分量を撮って紹介してるんだけど、ただ、このシチュエーションは、もうちょっと王道のまっすぐヒーロー君にこそふさわしい話のような気がして、そこがもったいない(※ただボクシングの才能と同時に、周囲の空気を口八丁手八丁で操るという主人公の資質を巧く示してはいる)。

この路線なら、むしろ少年ジャンプにふさわしいと言うかね(笑)……あるいはちばてつやマンガ的な「おっちょこちょいで調子に乗りやすいけど悪人じゃない」的な、そういう王道ヒーローにもなりえただろう。

だが、ならなかった…そうならなかったんだよ。だからこの話はこれでおしまい。
「お前とは最後の機会だからタイマン勝負だ!」も、大物の校長先生の英断も含めて、 このシチュエーションを上手く改良して、別作品で取り込む人がいたらなあと思います。




さて、実際のストーリーは本題に入る。
高校を中退し、親戚のつてを辿って上京し働くことになったリンだが、元々家庭の事情でそうなっただけで積極的に板前修行をしたいわけではない。そして上京直前に自分のボクシングの才能を知った彼は、 どこまで計画的なのか行き当たりばったりがわからないか(ここ重要)、板前仕事は適当にやりつつ、ボクシングの方に集中することを考えたようなのだ。

この辺の意図を、主観の言葉ではっきりと説明しないのが新井英樹流なのかもしれない。


そしてこの「板前仕事を適当にやる」ところの描写から、 だいぶこの作者らしくなってくる。昔気質の板長や経営者は、リンがどうにも、いい加減な気持ちでの板前修業であることを一度は見抜いて店での雇用を拒否。

リンは足場を失い路頭に迷いかけるのだが、 やや内向的でネット中毒な板前見習い(この当時としては最先端のネット描写でした)の先輩。平凡な才能だがコツコツ努力してボクシングの実力をつけたーーだからこそリンの天才性に強烈に魅了される若手ボクサー…そういう人間を巧みに抱き込んで味方につけると、今度は板長や経営者の「昔気質」さを逆手にとって、いつのまにか手のひらに乗せてまんまと居場所を確保するのだ。

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傲慢なる天才ー新井英樹「SUGAR」と「RIN」
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傲慢なる天才ー新井英樹「SUGAR」と「RIN」

この辺の「小狡さ」を全面に出したピカレスクロマンが、作品の中盤の魅力である。ボクシングの世界に入るのも、この「小狡さ」が大いに役立たせていたわけだが……しかし、そこでひとたびリングに立つ資格を得ると、 そんな狡さも必要ない。
最短距離をさらに飛び越した「ワープ級」で、その実力を満天下に披露、周囲に「天才とは果たして何であるのか」という、大いなるクエスチョンを突きつけて行くのだ。

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傲慢なる天才ー新井英樹「SUGAR」と「RIN」

その天才を加速させるのが、同じく天才であったジムの会長で、元世界王者 ・中尾。
この状態が非常に面白い。人格は破綻していると言うか、実に幼児性の強いわがままな男で、ジム生にもスタッフにも、現役の時代の技術と 実績は多いにリスペクトされながらも、現在のその人格と指導力の欠如には呆れられている。

だがそれは「あまりに本人の到達した地点が天才の高みであったがゆえに、それを言葉にして弟子に教えることができない」(まあ長島茂雄の伝説を再構成した感がある)ゆえであった。

だからこそ、「天才」たるリンに(だけ)は、中尾は教えることができる。
ただ、幼児性とわがままさに満ちた中尾の指導法(いや、そもそも指導か?)は、超高度な技術を「俺はできたけどね」とドヤり、それにカチンときたリンが意地でなんとか再現すると、今度は会長のほうがむかつく…と、そんな感じ(笑)。

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傲慢なる天才ー新井英樹「SUGAR」と「RIN」

そんな繰り返しで、結果的に「四次元の闘い」といわれ、弟子も含めて誰も再現不可能と思われた中尾の戦い方のエッセンスを、リンは天賦の才で吸収していくのだ。


そして、まずはプロテスト。
テストは安全性を重視して防具もつけているから、KO勝ちなんてここ10年、1万人が受けていてもみたことない、と説明する記者らに「10年に一度、1万人に1人だったら人並な話だよ」と言い放ったリンは……

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傲慢なる天才ー新井英樹「SUGAR」と「RIN」

「SUGAR」はこのプロテストと、デビュー戦、そしてデビュー二戦目を描く。もちろん作者らしく、話は一直線では進まない。強者で天才なら常に勝つのがボクシングかといえば、もちろんそうではないからだ。


ただ、いかなる時であってもリンは「傲慢な天才」であることを止めない。
それは意識的にそうしているのか無意識のものであるのか…………

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傲慢なる天才ー新井英樹「SUGAR」と「RIN」

といった話が、8月末まで無料配信されているこの「SUGAR」「RIN」であります。
興味ある人は、ご一読をば。
もちろんAmazonで購入だってできるが

余談 こういう「傲慢な天才(狡さもあり)」って、どんな系譜で、誰が元祖なんでしょう

典型といえばさだやす圭の「なんと孫六」や「ああ播磨灘」なんでしょうけど、本格的に人気が出たのは主人公というより「ドカベン」の男・岩木の人気者化もありましょうな。
しかし、日本の「かっこいいヒーロー」像は、みなもと太郎氏がいうように長らく姿三四郎という大典型の影響が強すぎた。

だから大言壮語する系のヒーローは、先に挙げたちばてつやや男・岩木も含め、どちらかというとコメディリリーフ的な役割であり……そこに、残酷なまでに傲慢で、それに見合う実力もある、となると何だろうなあ。
やや考え中。皆さんのご意見もおきかせください。