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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

グリコ森永犯に人質を取られ「『運び屋』をやれ」と言われた男の証言ー岩瀬達哉の新刊は「キツネ目」

ノンフィクション作家として多くの実績のある岩瀬達哉氏が最新刊「キツネ目 グリコ森永事件全真相」を出版した。10年前!の雑誌記事を追加改定したものです。

147通にも及ぶ膨大な脅迫状、600点以上の遺留品、さらには目撃、尾行までされながら、ついに時効の彼方へと逃げ込んだ「グリコ森永事件」犯人グループ。
その中心人物、かつ司令塔となったのが、「キツネ目の男」だった。
グリコの江崎勝久社長を自宅から拉致して監禁、身代金を要求するという「実力行使」から、青酸入りの菓子と脅迫状の組み合わせによって裏取引し、企業からカネを奪おうとする「知能犯罪」、そしてメディアや世論を巻き込んだ劇場型のパフォーマンスまで、日本の犯罪史上に残る空前絶後の事件だ。
しかし、犯人グループは、その「痕跡」を消しきれていなかった。
当時、第一線で捜査にあたった刑事、捜査指揮した警察幹部、犯人グループと直接言葉を交わした被害者、脅迫状の的になった企業幹部など、徹底した取材で事件の真相をえぐり出す。
「少なくとも6人いた」という犯人グループの、役割分担、構成にまで迫る!
「キツネ目と仲間たち」の全貌が、闇の向こうから浮かび上がる――。

これだけ注目が集まる 未解決犯罪事件を描いて、新事実を発見・発表できたらたいしたものなんだが、一般的にいってそこは正直厳しいところでもある。
ただ一方で「知られているようで知られていない」ことも沢山ある、それをきちんと一冊の本としてまとめるというのも大きな意味がある。

それはマニア向けか一般向けか、というわけ方と言ってもいいのかもしれない。
実際、グリコ森永事件関連のノンフィクションをこれまで一冊でも読んでいたかどうかで、知ってる部分と知らない部分は大きく違っているであろう。



この本を読んで最初の感想は「いやー、大谷昭宏大島やすいちがタッグを組んだ『こちら大阪社会部』の8巻、グリコ森永事件回(※作中では会社の名前は変えていた筈)って、やっぱりかなり事実に基づいていたんだね」

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こちら大阪社会部 8巻 グリコ森永事件

と。「大谷昭宏原作」漫画ってどこまで本人が関わっていたが正直微妙な部分もある気がするのだが、大谷氏はまさに大阪の事件犯罪取材現場の、当事者中の当事者であり、グリコ森永事件は「自分の体験したこと」を描けばそれで十分原作になるような人だからな。
「キツネ目」紹介ではあるが、逆に「こちら大阪社会部」のこの巻(8巻。1巻内にキレイに収まっている)を改めて再推奨をしたい。



で、もう一度「キツネ目」に戻りますが、この「大阪社会部」でも非常に印象的な場面として描かれた…そしてグリコ森永事件の特殊性を象徴する場面についての新証言をとっている。犯罪マニアにとっては「ああ有名なあの話が」、初めて読む初心者にとっては「えーっ、こんなことがあったの!」って、典型的に反応が分かれるところだろうけど……


グリコ森永事件の「運命の一瞬」。
裏取引の金を車に乗って受け取りに来た男を、警察は確保に成功する。
だがこの男は叫んだ…「俺の彼女が捕まって、脅迫されて運転役をしてるのや!!金を持って戻らないと彼女の命が危ないんや!!」

嘘のような本当の話で、こんな危ないやり方が成功するわけがないと思うんだが、現実に行われてしまい、しかも(カネは受け取れなかったが、逮捕を逃れるという意味では)結果的には成功だったのだから、そういう事実があったと認めざるを得ない。

警察も現場でやり取りして、運転しているこの男は被害者だと判断、そいつに案内させて犯人の待つ場所へ急いだのだが、・・・・・・本当にありえないような運命の悪戯によって、本来ならここで捕まるわ!という決定的な場面を犯人達は逃れるのだ。

とはいえ警察も「この男、本当に巻き込まれただけの被害者なのか?そう演技しているだけで、実は犯人グループと繋がっているのではないか?」と疑い……まあそうなるのも無理はないかなあ…その後も彼には、しばらく数奇な運命が待ち構えている。そして人生自体が大きく変わっていくのだった…。

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キツネ目 グリコ森永犯人、脅迫状


今回の「キツネ目」の白眉は、このグリコ森永事件前半のドラマで、誠に不本意な形で超重要な役を演じる「運び屋役を突然命じられた被害者」が、岩瀬達哉氏の取材に応じ、この事件とそれからの自らの運命を振り返っているところだ。(10年前の雑誌に載ったのは主にここ)
はっきり言ってこの証言者を得られたから、ある種”今更”の事件に対して一冊の単行本を出す、という企画が成立したようでもある。2009年4月18日、 岩瀬市氏はどこからかの情報で知った、この「運搬役」男性のマンションを直撃。最初は不審な表情、 取材目的を知った後は顔面蒼白になった彼をなんとか説得し、詳しい証言を得た上で一緒に事件現場を巡るまでしている。

「あの事件の数年後には会社も辞めまして、転職先で知り合った女性と結婚しましてね。 もちろん、彼女には事件に巻き込まれた事は話しましたし、ご両親にも話した上で結婚の許しをもらってます。いつまた、襲われるかもしれへんからね。ただ、一人息子には 、これまで何も話してないんです。しかし彼も成人したことやし、そろそろ話してもええんかなと、そんな心境になりましたんや」(あとがきより)


もう平穏な生活をしているそんな人に、この事件を思い出してもらうということに読者はもう少し心の痛みを感じないでもないが、しかしここで表現してもらわなかったら全ては歴史に消えてしまうのである。 葛藤はありつつ、やはり優れた仕事に感謝したい。




岩瀬氏はこの男性から徹底的な証言を引き出しつつ
「だがこの事件は、犯人と警察の攻防劇をトレースするだけではぼんやりした輪郭しか描けない。被害にあった『食品メーカー』の動きも書かなければ」
と確信し、「ハウス食品工業」「森永製菓」の当時の経営陣にも 当たって行く。 そこで見えてきた真実とは……



ここからあと2場面3場面を抜き出して紹介したいんだけれども、すでに分量的に多いから、別の記事にしたほうがよさそうだ。

ひとまず第一報として

・あの岩瀬達哉が、グリコ森永事件を描く最新刊「キツネ目」を出した。

・このノンフィクションが掴んだ、これまでの事件本にない『新事実』として、「突然、彼女を人質に取られて『カネの運搬役』を務め、警察に誤認逮捕されかけた、あの有名な男性」を岩瀬氏が直撃、現場を一緒に再訪するなどして、克明な証言を得ている


ということをお知らせしておきます。(たぶん別記事に続く)