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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

終戦後、ある日本軍人が”好敵手”に敬意「君達(味方)は一騎当千だった。必ず何か盗んでった」…これがリアル「大砲とスタンプ」

本当は終戦記念日に合わせて書きたかったのだけど、やや遅れ気味になった。

終戦を迎え、フィリピン戦線の帝国軍人たちが送られたとある収容所にて。
元砲兵隊の少尉が往時を回想する…。


その部隊には米軍が捨てていった自走砲が配備されていた。
自走砲は軍事(装備)オンチの当方も知っている。砲があって、車がついているから、戦車に見た目はやや似ているのだが、砲塔が回らず、一方向だけを向いているのだ)
だから、陣地を移動したり向きを変えるときには、当然走らせなければいけない。そして、それには当然ガソリンを食う。

この移動と、そのためのエンジンの調整と、予備陣地への移動訓練のためわずかに燃料が支給された。
だが実際はこの燃料は、食料集めに使われていた(略)当然それだけでも、機動力のあって人員の少ない部隊は、それのない部隊よりはるかに給与がよくなり…さらに受領した多量の塩との交換で、民間からの物資や人夫の調達でもはるかに有利に…実は、司令部と燃料廠との連絡不備を逆用して、ガソリンの二重取りをやっていたのである。
私は司令部の爆薬、燃料係のT中尉に呼ばれたが、結局「知りません」「存じません」「絶対にありません」でつっぱねた。

その後…

彼(T中尉)には収容所で会った。すまなかったという気持ちと、戦争は終わったのだからもう「時効」だろうという気持ちから、私は彼にすべてのカラクリを白状した。彼はこのためよほどひどい目に合ったらしく「アレはやはりキサマかッ」と叫ぶと、私に殴りかかりそうになった。だが次の瞬間、ふっと我に帰ったらしく、沈黙して気分を鎮めたあとに言った。
砲兵隊の兵器係のヤツラは、全く一騎当千だったよ。司令部に来りゃ何かカッサラって行ったなあ。しかし、あなたの部下のS軍曹も、O伍長も、私心のない、からっとした、いい男だった…みんな死んだなあ

いつ読んでも、ちょっと涙のにじむシーンだが、同時にある種の”にがみ”を感じる部分でもある。


 昨日の敵は 今日の友
語ることばも うちとけて
我はたたえつ かの防備
かれは称えつ わが武勇

あるいは、「皇国の守護者」のこの別れのシーン。


だが、戦った両国の軍人がこう尊敬の念を交し合うから画になるのであって、味方の軍同士で、しかも補給の担当者が
『全く一騎当千だったよ。司令部に来りゃ何かカッサラって行った』
と、組織ぐるみで不正と横領、ついでに何かの物資を泥棒してた部隊の兵士を称賛するのでは、ベクトルは基本的に同じでも格好がつかない(笑)。


と同時に、最前線の現場でこうせざるを得なかった、こうやってサバイバルをしていた兵士たちのタフで狡猾なサバイバル術のたくましさは確かに称賛に価し、そしてまがりなりにも世界最大の国家との戦争をするときに、こんな状況に最前線の部隊を追い込んだ日本帝国軍のポンコツさに思いをはせる。

そもそも、謝った「私」も、根本のところでは反省してない。

私にそれ(完全否定でシラを切る)ができたのは、まず第一に、すべては部隊のため「兵士の健康と休養、すなわち”兵力”維持のため」という大義名分があり、私個人は何一つ「私せず」万分の一の役得さえ得ていない。したがって良心のとがめは一切ないという気持ちである。
第二は、一粒の米さえ送ってくれず「現地自活の指示」という紙っぺらだけを送ってくる無責任な大本営が悪いのであって、この悪い大本営から部隊を守っているのだといった一種の「義賊意識」であろう。いわば、「政府が悪いから、こうするのはあたりまえだ」という意識である。だが、私自身がそれを横流しして利得を得ていたら、こうはつっぱねられなかっただろう。
(後略)

以上の話は

一下級将校の見た帝国陸軍 (文春文庫)

一下級将校の見た帝国陸軍 (文春文庫)

からの引用である。
この本に書かれた、軍隊という官僚機構の悲喜劇は、タイトルに掲げたまさに軍隊官僚の漫画「大砲とスタンプ」に似ている…という話は、紙屋高雪氏が「紙屋研究所」の中で触れている。

速水螺旋人大砲とスタンプ』 - 紙屋研究所 (id:kamiyakenkyujo / @kamiyakousetsu) http://d.hatena.ne.jp/kamiyakenkyujo/20140519/1400435347

派生して紹介記事をかいたことがあったっけ。

紙屋研究所」の最新記事は「大砲とスタンプ」(速水螺旋人)を書評。 - 見えない道場本舗 (id:gryphon / @gryphonjapan) http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20140521/p3


さらに印象に残っているのは、この本を読んだあと前後して、いまだ超大国であったソビエト連邦の崩壊を予測する本を読んだ時だった。
その論者は、ある種のたとえ話として、ソ連の農場や工場で起きている状況をこう語っていた。

たとえば農場で、トラクターが故障する。交換の部品が必要だ。しかし、正規の手続きを踏んでいると、お役所仕事でまず間違いなく部品は届かない。
ラクターは必須だ。ではどうするか。誠実で責任感ある責任者なら、わいろか盗難か横領か、何かそういう不正規な手段で部品を調達する。
現場の責任者やリーダーがやる気があり、誠実でまじめであればあるほど、不正に手を染めるしかないという矛盾が生じていく。

こういうふうな「誠実な不正者」が常態になると、かならず組織全体がおかしくなっていく・・・
(大意)


大砲とスタンプにも、さまざまな裏の資金を「勝利のために」必要としているうちに公費も私費もわけわかんなくなり、最後はその「勝利」する対象のはずの敵に情報を売って、その金で敵に勝利を…あれ?

てな話がありました。(第31話「トリさんにはこりごりですか?」)


しかしこれって、軍隊以外には縁のない話であろうか?
終戦の月に、そんな思いも込めて紹介させていただきました。


「かならず司令部から何かかっぱらっていった」下士官も、
それに激怒しつつ敬意を払った中尉も、
それを記録した山本七平氏も、
すでにこの世の人ではない。