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「明治維新で、江藤新平の代役だけは誰も務まらない」…彼が「フランスの法制度を学べ」とうたう漢詩がすごい

江藤新平―急進的改革者の悲劇 (中公新書)

江藤新平―急進的改革者の悲劇 (中公新書)

佐賀藩に生れ育ち、時代を先取りする感覚と実行力とともに佐賀藩政改革の実績を背景に、国政の基本方針、教育・司法制度など明治国家の法体制構築に献身した江藤は、明治6年政変で下野し、故郷に帰って佐賀の乱にまきこまれる。自ら作りあげた刑法によって処刑された悲劇と同時に、本書では、明治国家を人間解放と人権定立の方向に牽引した中心人物のすぐれた人権意識、法治主義思想に照明をあて、従来の江藤像を一新する。

この本を、3月初めごろだったか?の週刊ポスト連載、「逆説の日本史」で井沢元彦氏が紹介していた。毛利氏の主張を、孫引きで引用する。

維新史において、西郷、大久保、木戸の代役を想定することは困難ではない。しかし、江藤新平だけはふさわしい代役が見あたらない。

ふーむ、たしかに江藤新平は明治革命の中で主に民生、人権などの分野を担当、それも大きくそれを拡大する方面に貢献した。

そういう人がいたことで、明治維新は「人権・民生革命」としてのかっこうもついた。
英伝でいえば(またそれか)、やや地味だが、カール・ブラッケをさらに過激にして出番を多くしたような感じだな(笑)。ブラッケも、銀河帝国で余人を見い出しがたい。

ウィキペディアの「江藤新平」
大納言・岩倉具視に対して30項目の答申書を提出する。近代的な集権国家と四民平等を説き、国法会議や民法会議を主催して箕作麟祥らとともに民法典編纂に取り組む。
文部大輔、左院副議長、司法省が設置されると明治5年(1872年)には司法卿、参議と数々の役職を歴任。その間に学制の基礎固め・四民平等・警察制度整備など近代化政策を推進。特に司法制度の整備(司法職務制定・裁判所建設・民法編纂・国法編纂など)に功績を残す。政府内における急進的な民権論者であり「牛馬ニ物ノ返弁ヲ求ムルノ理ナシ」として牛馬解放令とも呼ばれた司法省達第二十二号(娼妓解放令)、民衆に行政訴訟を認めた司法省達第四十六号などが知られる。また官吏の汚職に厳しく新政府で大きな力を持っていた長州閥山縣有朋が関わったとされる山城屋事件、井上馨が関わったとされる尾去沢銅山事件らを激しく追及、予算を巡る対立も絡み2人を一時的に辞職に追い込んだ。
だが、その一方で欧米的な三権分立の導入を進める江藤に対して行政権=司法権と考える伝統的な政治的価値観を持つ政府内の保守派からは激しく非難された。また急速な裁判所網の整備に財政的な負担が追いつかず、大蔵省の井上馨との確執を招いた。

娼妓解放令を、「牛馬ニ物ノ返弁ヲ求ムルノ理ナシ」として行ったのは、マリア=ルス号事件で、外国船の奴隷を解放しようとするとき、「日本も遊郭では人身売買が行われているではないか」と話をアサッテの方向に持っていったのだが、あわてて日本はそれに対応、そして江藤が、「もう金は親に払ってるんだよ!廃業すんなら前借金を返して出てきな」という店側に対抗するために「牛馬論」を展開した。

司馬遼太郎「『明治』という国家」でも、マリア・ルース号事件は感動的に書かれている。日本が西洋近代を吸収し、そのロジックを武器にして西洋に反撃を開始した初めての事例でもあったからだ。

「明治」という国家〔上〕 (NHKブックス)

「明治」という国家〔上〕 (NHKブックス)

「明治」という国家〔下〕 (NHKブックス)

「明治」という国家〔下〕 (NHKブックス)


るろうに剣心」で、十本刀の一人だった女性…“夜伽”の由美だったか、ヒドイというかロコツな二つ名だな(笑)は、「誇りを持って芸者をやっていたのに、牛馬扱いされた」と憤った、と回想しているのだが、マァそういう人も皆無じゃないだろうが、この議論は間違いなく方便、とんちとしての詭弁なんだから、それはやはり江藤に厳しいというか牽強付会なリクツだったんじゃないかな(笑)連載時も違和感を感じた設定だった。

http://konomanga.jp/guide/13489-2
駒形由美というキャラの大きな背景として描かれるのは、史実の、とある出来事である。
明治政府は諸外国から「日本の遊女って人身売買契約じゃない?」とツッコまれていた(くわしくは「マリア・ルーズ号事件」を調べてみよう)。そこで体面を保つために政府がとった策は「遊女や女芸者は牛馬みたいなもんだから人間社会の借金から解放してやるよ、人の権利もないけど」という酷い定義だった。
由美はまさにこの波をもろにかぶって、人間/女性の尊厳を奪われた存在なのだ。

毎日新聞 2015年04月02日 00時10分(最終更新 04月02日 00時14分)
http://mainichi.jp/opinion/news/20150402k0000m070142000c.html
 「フランス民法と書いてあるのを日本民法と書き直せばよい」。明治初め、新政府の民法編纂(へんさん)会の江藤新平(えとう・しんぺい)は主張した。司法卿(しほうきょう)として「誤訳も妨げず、ただ速訳せよ」と言うのだから、半端(はんぱ)でない▲結局、江藤の下野で民法丸写し案は頓挫(とんざ)、仏法学者ボアソナードが起草した民法が公布されたのはその17年後のことだ。だが今度はその施行をめぐり法学界を二分する大論争が起こる。施行延期派の穂積八束(ほづみ・やつか)の言葉「民法出(い)デテ忠孝亡(ほろ)ブ」で名高い民法典論争である…(後略)

これはこれで相当に乱暴な話で、たしか外国人の法学者からも「ほかの法律ならともかく、民法だけはその国の歴史、伝統に基づかないと無意味です」と諭されたんじゃなかったかな。
http://www.ndl.go.jp/france/jp/part1/s1_3.html
経緯はよくわからんな。
だが、そのままコピペしろ、はともかく、先進的なフランスに学ぼう!という意識は立派だったと思う。

廟堂用善無漢蕃 廟堂が善を用いるに漢蕃無し
孛国勢振仏国蹲 孛国勢い振るい仏国蹲(うずくま)る(※最初の漢字は『字の上に十』。 [JIS] 5556 )
仏国雖蹲其法美 仏国蹲ると雖も其の法は美
哲人不惑敗成痕 哲人は敗成の痕に惑わず


意訳
「政府がいい政策を採用する際、どの国の制度かにこだわる意味は無い。
プロイセンが日の出の勢い?フランスは惨敗? うん、そうだな。
だがフランスが負けたといっても法律は優れている。
賢い人間は戦争の勝敗だけに左右されないものだよ」


ぐう正論。
もちろん軍事そのものにおいては日本はなだれをうってプロシア式の軍事制度を採用し、それが日露戦争の勝因にもなったのだが、そういう点でうまく取捨選択できたのは日本のうまさだった。


この漢詩、検索でネットから取り出そうと思ったらできなかったので、じゃあ自分でネットに記録しよう、と。いま「江藤新平」のウィキペに追加した。
漢字打てないの多いなあ(笑)


ということで、俺の脳内東証歴史市場で、江藤新平の株がぐんぐん上昇しているっぽいですよ。現在は何しろ、普通のIME−MSでは「えとうしんぺい」で変換できないぐらいだ(笑)。


司馬遼太郎は彼が主人公の、かなり長めの小説「歳月」を書いている。

新装版 歳月(上) (講談社文庫)

新装版 歳月(上) (講談社文庫)

新装版 歳月 (下) (講談社文庫)

新装版 歳月 (下) (講談社文庫)

卓抜した論理と事務能力で、明治維新の激動期を、司法卿として敏腕をふるいながら、非業の死をとげた江藤新平明治6年征韓論争で、反対派の大久保利通岩倉具視らと対決、破れて下野し、佐賀の地から明治中央政府への反乱を企てる人間江藤の面目と、その壮絶な生涯。

佐高信氏が司馬遼太郎を批判するときに、誰かの言葉にのっかり「司馬遼太郎はエラいひとがエラい、と書いているだけだ」「人気がある人物を書いているだけだ」とのたまわっていたが、この一冊だけでもそのピントのはずれっぷりが分かるな。

司馬遼太郎と藤沢周平―「歴史と人間」をどう読むか (知恵の森文庫)

司馬遼太郎と藤沢周平―「歴史と人間」をどう読むか (知恵の森文庫)