上のhttp://d.hatena.ne.jp/gryphon/20140918/p1のエントリ、
「PRIDE史観」に関連した話題として紹介する。
何度も繰り返した話だけど、そこはおゆるしください
以下のtogetter、本題より例に出てきた話が面白かったのだ。
憑かれた大学隠棲:再稼働リプレイスに一俵 @lm700j 2014-09-11 15:29:37
例えば堤家の話であれば辻井喬こと堤清二は自分の生い立ちやらをネタにして小説にしてるので、実質的にそれが”正史”になってる。初期の作品では父親への反発も強かったが万年の作品では理解できるようになったという感じにはなってた。これはなるほど歳をとることの意味かとは思う
どことが、両作品とも堤義明をモデルにした登場人物が出てくるのだが、その登場人物を通じての堤義明への侮蔑が酷い。いくらボロクソに書いたところで小説だから、と言い逃れは出来るんだろうけど、それってしていいことなのかな、とは思う
またポエム経営の先にあったセゾングループ瓦解に折りには、保身をはかって西武百貨店側の幹部からはずいぶんと批判をされたわけだけど、それについては小説に書くわけでもなし、書いたとしても自己正当化とかその幹部をモデルにした人物の描写でしでかす可能性もあったろう
経営者や政治家でかつ、高い教養や文章力を持っている人(前者がないと経営者の一般化できない回想録に留まるし、後者だと提灯本が出るだけ)は、自分で自分の「世評」を描写して定着させてしまえるわけだ。火災大日月ネ申の一連の国鉄改革の本とかもそれ
その国鉄改革本は、JR化後にいくつかあった提灯本とは違って、政治的な面で極めてレベルが高いものであるし、敵だったはずの国労の側からも同じ論点での反省の書が出てしまった。これでもう”正史”は固定されたように思う。
大は赤穂浪士。チャーチル。シーザー。
小、というか現在進行形が佐々淳行(笑)。
毎回で恐縮だが、やはりこれを再引用する。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000119/files/622_14497.html
書洩らしは? と歴史家が聞く。
書洩らし? 冗談ではない、書かれなかった事は、無かった事じゃ。芽の出ぬ種子は、結局初めから無かったのじゃわい。歴史とはな、この粘土板のことじゃ。
若い歴史家は情なさそうな顔をして、指し示された瓦を見た。
文字の精霊共の恐しい力を、イシュディ・ナブよ、君はまだ知らぬとみえるな。文字の精共が、一度ある事柄を捉えて、これを己の姿で現すとなると、その事柄はもはや、不滅の生命を得るのじゃ。反対に、文字の精の力ある手に触れなかったものは、いかなるものも、その存在を失わねばならぬ。
(中島敦「文字禍」より)
そして、これを以前から紹介したかったのだけど、やっとできるわあ
……というのは
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「わしらの勝利は まだまだこんなもんやない 百年や二百年は勝ち続けるでェ……」
この言葉の、悪魔的な凄みをお感じになられるだろうか。
物語が勝者である、ということは、この前大宅壮一ノンフィション賞を受賞した「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」を読んだ時にこそ、一番強くそう思った。
そのときに書いたこの文章が、一番くわしくまとめているのでお暇なかたはご一読を。
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■近代柔道史の光と影。…そして最後の勝者は”物語”なのか?(ゴン格215号)-http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20100422/p1