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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

江戸の知識人らが、ナポレオンを歌った漢詩(新書「江戸のナポレオン伝説」)

頼山陽や「蛮社の獄」時代からナポレオンの事跡は日本にすこしずつ入ってきて、それは「三国志や戦国時代の英雄豪傑、天下人」の事例を聞いたような興奮を知識人に与え、詩などにも書かれた…という話は聞いていました。
風雲児たち」にもその蛮社の獄で自殺した小関三英がナポレオンの伝記を訳したことや、佐久間象山が、いかにも彼らしく「ナポレオンなら、自分と”互角”だろうなあ」と褒めるところなんかが出てきますね。

この詩を…美術的なことというより、西洋の事例などをどう漢文脈で表現するのかに興味があったので探していたのだが…

そもそも、たとえば頼山陽の作品を、ネットで気軽に読めるアーカイブが存在しないっぽい。
おいらの検索のやり方が悪いのかしら?
当然著作権上の問題もなく、知名度も高いのだが…現状、そんなふうであるのだ。
有名な「抜き難し 南無六字の城」 「蒙古来る 北より来る」も、断片的に個人サイトで紹介されるしかないのが現状だ。
http://www5a.biglobe.ne.jp/~shici/jpn04.htm


そんなこんなで、一番詳しいのは1999年に初版が出た

江戸のナポレオン伝説―西洋英雄伝はどう読まれたか (中公新書)

江戸のナポレオン伝説―西洋英雄伝はどう読まれたか (中公新書)

であるらしい。

ここに
頼山陽
・大槻盤渓
佐久間象山

の3人が歌った詩がそれぞれ収録されている。記録としても大いに参考になることなので、以下画像で紹介(写すのがめんどーなので)
頼山陽「仏郎王歌」


大槻磐渓「仏郎王詞」


佐久間象山「題那波列翁像(ナポレオン像に題す)」


……ま、読もうと思えば読めるだろう。贅沢いいなさんな。
(画像をクリックして「オリジナルサイズを表示」にすると、もう少し鮮明になります)
自分が一番好きなくだりは、一番無名であろう大槻の詩の最後かな。
ここから引用します。

http://monsieurk.exblog.jp/13889987/
http://www.chiba-sc.jp/aboutus/tayori_pdf/tayori02.pdf
大槻盤渓には「仏蘭王詩」十二首があり、第一首は、「王、名はナポレオン、姓はボナパルト、地中海中コルシカ島の人」(読み下し文)で始まり、「わが文政三年五月をもって、島(ヘレナ)中に卒す。年五十二、後二十年、皇帝の礼をもって、仏蘭西に帰葬す」と詠まれている。大槻盤渓は仙台藩に生まれ、昌平校に学んだ秀才であった。
最後の十二首目は、ナポレオンの葬儀の情景を書いたもので、

鳥獣森厳、隊を列して行く
金輿かかげいでいて、霊光を散ず
老翁泣きて児孫に向かいて説く
復見たり 官家の旧戦装 
(※一部「江戸のナポレオン伝説」から補った)

とある。鳥銃とは小銃のことで、死後皇帝の礼をもって遇されたナポレオンの棺が日にきらめきながら、シャンゼリゼ通りを凱旋門に向かって行くのを、沿道で孫の手を引いて見送る老兵が、葬列のなかの皇帝時代の軍服を眼にして、戦場に思いをはせつつ孫に思い出を語り、涙を流しているという情景である。じつに正確に事実を知っていたことが分かる。
この詩がつくられたのは1841年のことだから、江戸時代の末には、国際的ニュースがすでに同時性をもって世界に伝えられ、日本にもニュースは伝わっていたのである。ナポレオンはいまパリのアンヴァリッドに眠っている。
http://monsieurk.exblog.jp/13889987/

この本は、鎖国海禁政策という制限があるなかでどういうふうに海外事情を日本が情報収集してきたか、ということがさらに大きいテーマで、これも「風雲児たち」で書かれた「オランダは既にフランスによって消滅させられた!だが、そのことは幕府に隠さねば!!」という駆け引き、ごまかし、取りつくろいの三谷幸喜的なコンゲームの面白さもあるのだが、とりあえずネット上では簡単に見つからない、「江戸時代のナポレオン賛歌」を紹介しました。
同書には当然、現代語訳もあるので、興味を持った方はそちらもご参考にしてください。