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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

猪瀬直樹氏はいま、亡くなった妻の思い出をメルマガで書いている。これがなかなかいい。

去るものは日々に疎し。
後任の都知事が、韓国大統領と会談した、などでスポットライトを浴びたので、ふと「あとで紹介しよう」と思ったことを今書いておこうと思いました。


あの辞任のあと、猪瀬氏は何をしているか。
実は5月から……、ちょうど都知事在任中、しかも東京にオリンピック候補地が決定した前後に亡くなった妻の思い出を文章にしているのです。

自分は無料メルマガで読んでいるが、
それに登録しなくても、公式サイトにすぐにメルマガをUPしているので、そちらでも読むことができる。

http://www.inose.gr.jp/


題材が題材ゆえ、ややセンチメンタルな感じもなくはないし、通常の猪瀬ノンフィクションにある「新知識」的なものはないが、やはり描写力はたいしたもので、文章も味わい深い。「身近な人を重病で失う経験」はフィクション、ノンフィクション含め、またプロの書き手、アマの書き手含めいろいろとあるが、やはり読んで損はないのではないか。


猪瀬氏の妻は、偶然なのかどうか、彼の証言によると)徳州会からのヤミ献金(借金?)を実際に金庫から出すとか入れるとか、さらにはフィクサー民族派新右翼関係者にお礼をした人であり、結果的にこの人の逝去は、事件の事実関係の確認を難しくした。


当然、そのへんのことは書かれていないが、今はそれも仕方ないし、本人が書くこともないだろう。

亡くなる直前の話に、結婚から子どもが産まれ、猪瀬氏が週刊誌のルポや雑文から本格的なノンフィクションを書くまでの回想も挟まっていて、そちらもおもしろい。


自分がとくに興味を持っている【記録する者たち】という部分では、「まだ閲覧者が一日10人いたかどうか」の秘密の情報源、インターネット以前の知の宝庫だった大宅壮一文庫をひそかに愛用し、己の武器を磨いていた時代の記述が興味深い。
メモ代わりにちょっと長めに引用しておく。

http://www.inose.gr.jp/news/post6645/
集者が思いついたテーマの注文をこなして、雑文を書いたりルポルタージュの取材をしたりすることで見える世界が拡げられた。そして大宅壮一という人物がいたことに気づいた。一九七〇年、三島由紀夫と同じ時期に七十歳で亡くなっている。遺産が大宅壮一文庫だった。
 
 そのころの大宅文庫は、閲覧者が一日に十人いたかどうか。その程度にしか世間には知られていない。京王線で世田谷の八幡山駅を降りて、戦前から精神病院として有名な松沢病院の塀に沿って長い距離を歩いた。ときには横浜方面の自宅からクルマを走らせ、環八から清掃工場の煙突を目印に路地に入った。
数台分の駐車場があったが、停まっているクルマはほとんどない。秘密の資料室を知っている、という軽い優越感さえ覚えたものだ。
 
 事務局員が四、五人いた。毎日こつこつと一枚ごとに手書きでカードを作成していた。僕は大宅文庫の雑誌記事検索システムに、圧倒された。ふつうの図書館の分類とはまったく異なることに、素直に驚き感動した。
 
 人名索引がある。調べたい人物がいたら、あいうえお順に並んだカードをめくれば、その人物に関する週刊誌の記事も、月刊誌の対談も、戦前の雑誌に載った人物評も、どんな些細なことでも見つけることができる。記事の見出しや執筆者も、カードに記入されている。件名索引がある。それも政治とか経済とか歴史という項目とは限らず、「世相」とか「奇人変人」とか「おんな」とか「サラリーマン」とか「犯罪・事件」などが、大項目に分類されている。さらにそのなかに「世相」なら、「衣料各種」とか「美容」とか「食一般」などの中項目がいくつもあり、その中項目のなかで「美容」なら、「かつら」「アン
ダー・ヘア」「整形美容」「有名人の美容法」「痩身美容」と数えきれないほどの俗世間すべてに通じる小項目が並べ立てられている。
 
 いまでこそインターネットのグーグルやヤフーがあたりまえになっているが、大宅壮一が私費を投じ、このシステムを考案して体系化したのはじつに半世紀も前の一九六〇年ごろだった。ソニーパナソニックが、ハリウッドの映画会社を買収しようと考えたのは、あくまでもテレビの機械メーカーの延長線上での思考だったと思う。もし、そのとき大宅文庫を買収していたら、日本でグーグルやヤフー、いやそれに代わるなにものかが誕生していたかもしれない。


かくれもなき野心家・猪瀬直樹だから、おそらく、少なくとも言論界、著述界での復権を狙うつもりは十分にあり、そのこともふくめてこの回想記を書いているのだろう。(そもそも「猪瀬直樹事務所」とそのスタッフを、まだ維持しているっぽいいのだからすごい)


果たしてそれがどうなっていくのかは、
この「妻ゆり子の思い出」を含め、今後の書くもの次第なのだろう。