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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

『子どもを海外の学校に送り出すのは「逃げ支度」の兆候だ』(内田樹氏)…そうは思わないなあ。

おまけ的に1記事かこう。、10日ほど前にブックマークしていた。

http://blog.tatsuru.com/2014/05/14_0818.php
(略)…システムの受益者たちでさえ、このシステムを延命させることにしだいに困難を覚え始めている。一番スマートな人たちは、そろそろ店を畳んで、溜め込んだ個人資産を無傷で持ち出して、「日本ではないところ」に逃げる用意を始めている。シンガポールや香港に租税回避したり、子供たちを中学から海外の学校に送り出す趨勢や、日本語より英語ができることをありがたがる風潮は、その「逃げ支度」のひとつの徴候である。彼らはシステムが瓦解する場には居合わせたくないのである。破局的な事態が訪れたあと、損壊を免れたわずかばかりの資源と手元に残っただけの道具を使って、瓦礫から「新しい社会」を再建するというような面倒な仕事を彼らは引き受ける気がない。


そうは考えません。理由や感想は以下の通り。

(1)単純に海外での知識習得を目指したり、英語の世界的な普及を評価している人への偏見ではあるまいか。
 
(2)というか、仮に「日本が住みにくくなった時のリスクを想定し、その場合は海外で暮らすというオプションを持っている人間」が仮にいたとして(いるだろう)、その人間が倫理的な問題があるとは思わない。
その人はその人の生活基盤をそこで構築しつつ、日本の再建に貢献してもらうことも可能だし、また移住先への忠誠を誓い、その国の人になっても、それはそれで個人の判断だ。

 http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S21/S21KE000.html
日本国憲法第二十二条2項
「何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない。」

  
(2)’ これは多くのユダヤ人や華僑を思い浮かべて言っている(内田樹氏にユダヤ人のことを説く必要なんて無いはずだが…)彼らはその歴史経験から、外国通貨を分散して持ったり、出生地主義の国で意識的に出産したりなどで、「いざとなったら海外に」をオプションの一つに持ってきた人は多い。でもその人たちがそういうオプションを持っていた、いるからといって『瓦礫から「新しい社会」を再建するというような面倒な仕事を彼らは引き受ける気がない』とは思わない。上に同じ。
  
(3)というか例えば、『1997年よりカリフォルニア州サンフランシスコ・ベイエリアに在住(ベイエリア内ではオークランドから2007年にバークレーに転居)』し、お子さんもあちらの学校に通って英語の教育を受けている町山智浩氏も「瓦礫から「新しい社会」を再建するというような面倒な仕事を彼らは引き受ける気がない」一人なのか。
 
(4)ようはこれでしょ?―その1

高市早苗・自民政調会長が、以前郷ひろみを「非国民!」と罵倒した話。
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20121231/p3

…(略)郷ひろみ二谷友里恵夫妻が、自分の子供が生まれる前に、米国に入国し米国の病院で出産する・・・という話題が報じられた。
ご存知の通り、米国は出生地主義で、そこで生まれれば米国籍が付与されて、二重国籍が得られる(のちに、成人時に選択する)仕組みだ。夫妻は、この米国籍をわが子に与えたいとわざわざ米国の病院で出産しようとしたのだった。
んで、在米経験の長いコメンテーター(※当時は国会議員ではない)としてこれに関するコメントを振られた高市氏、「日本人が子供の米国籍をほしがって、わざわざアメリカで出産するなんて非国民ですよ!(大意)」とおっしゃった。(後略)

 
(5)ようはこれでしょ?―その2

(2分40秒から)
♪ 薄情もんが田舎の町に あと足で砂ばかけるって言われてさ
出てくならおまえの身内も 住めんようにしちゃるって言われてさ
うっかり燃やしたことにして やっぱり燃やせんかったこの切符
あんたに送るけん持っとってよ
滲んだ文字 東京ゆき……(略)

以上の理由から、内田氏の主張は正しくないと思う。
ただし、自分も日常生活が出来るほどの外国語の語学力はにゃいし、異国で暮らせるような外貨や国外不動産の蓄積もない。だから、日本が危機になっても、よほど食い詰めないと海外に出る覚悟は無い。
そういう立場からは、
シンガポールや香港に租税回避』
『子供たちを中学から海外の学校に送り出す』
『日本語より英語ができることをありがたがる』(※これは極端で、「日本語より」という比較級で語る人はそもそも少ないと思うが)

ような人たちを
「…彼らは愛国心に欠けてるよね(ヒソヒソ)」
「逃げる準備をしてるんだよ(ヒソヒソ)」
「「新しい社会」を再建する面倒な仕事を引き受ける気がないんだよ(ヒソヒソ)」

とレッテルを貼り、後ろ指を差すことで精神的なプレシャーをかけ、「シンガポール行きの切符をうっかり燃やしたことにして」あきらめさせ、もって日本の資産を日本国内にとどめて置くと結果的におれ個人の利益にはより近い。
だからひとつこれにのって、そういうふうにお子さんを海外の学校に学ばせてる人とかを「そういう人たちだ」と決めつけるのもありっちゃありだな。いやいやいや。



あとまあ、あれだ。
「ひとつの問題提起になった」(魔法のことば)。

追記 司馬遼太郎アメリカ素描」より

アメリカ素描 (新潮文庫)

アメリカ素描 (新潮文庫)

「そうですか、アメリカへゆくんですか」――と、出発の前、大阪のキタの小料理屋で一緒に酒を飲んだひとが、つぶやいた。六十を越えた在日韓国人で、生涯、自他に対して誠実あろうとすることを思い詰めてきたような人である。若いころ政治に絶望し、晩年、よりどころを日本仏教の中の普遍性にもとめようとしている人でもある。むろん、アメリカとは縁のない人なのである。
 
 私はこのひとにむかい、アメリカをことさらに概念化して意見をのべた。つまり、アメリカとは文明だけでできあがっている社会だとした。しかし人は文明だけでは生きられない、という前提をのべて、だからこそアメリカ人の多くは、なにか不合理で特殊なものを(つまり文化を)個々にさがしているのではないか、といったところ、このひとはながく考えてから顔をあげた。
 口から出たことばは、べつの主題のことだった。
『もしこの地球上にアメリカという人工国家がなければ、私たち他の一角にすむ者も息ぐるしいのではないでしょうか』
 かれは、経済や政治の問題をいっているのではない。
…(中略)…
 いまはアメリカで市民権をとることが容易でないにせよ、そのように、文明のみであなたOKですという気楽な大空間がこの世にあると感じるだけで、決してそこへ移住はせぬにせよ、いつでもそこへゆけるという安心感が人類の心のどこかにあるのではないか。この人のみじかいことばは、そういう意味のようであった。
 これが、ただの日本人でなく、在日韓国人のことばだけに心にしみる思いがした。同時に、幾何の問題で四苦八苦している中学生が、友人から補助線を引いてもらって、まがりなりに答案が書けたような気になった。では行ってみるか、という軽佻な快感がはじめておこった。
(文庫版19-20)。