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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

漫画界の”助演男優賞”!「白暮のクロニクル」久保園係長にみる、ゆうきまさみ漫画の一つの特徴について/担当編集者・ヤマウチナオコ氏の話

きのう発売だったか。

ゆうきまさみ新境地!第2集は壮絶な悲劇!

不老不死の種属「オキナガ」。
そのひとりである雪村魁は、12年に一度の惨殺事件…
通称「羊殺し」の犯人を追っている。

昭和初期。
沖縄での戦禍の中で、魁の壮絶なる人生を決した
出会い、別離。そして与えられた運命。
この殺人事件に執着する理由がそこに――


雪村魁は、いかにして雪村魁になったのか。
その謎を解き明かす第2集、霧の中の輪舞(ロンド)!


【編集担当からのおすすめ情報】
容姿は若いままだとしても、しかし88歳である老人、
雪村魁が殺人事件を追い続けている…。
そこにはどんな過去が秘められているのか。

雪村魁こそが『白暮のクロニクル』の核心であり、
伏木あかりと魁の主人公ふたりが出会ってしまった必然でもあり。

魁の慟哭が第2集には詰まっています。
これ以上ない感情の描かれ方だと、思います。

白暮のクロニクル」は、もともとの最初のアイデアは探偵ものから始まったということだそうです(後述)が、ある程度現在のトレンドも取り入れて「不死の肉体(ゾンビ)」「吸血鬼」に主人公が設定されています。


そして…「魔法学校」や「対オカルト捜査班」じゃないけど、SF的想像力の定番として、本当に超常現象や怪奇現象、異生物が存在していたときに、行政や政府はどのように対処するのだろうか?を、実際の社会から想定する『エクストラポレーション』だっけ?
そんなやり方があるんですが、
「吸血鬼、ゾンビ的存在の人間が社会に点在しているなら一種の特異体質のようなものだろう。それに対処するなら、厚生省なのではないか」
という、ある種その発想は無かったわ(笑)的なみごとな設定で、(基本的には)不老不死の肉体を持つ、88歳の少年・雪村魁と、駆け出しながらそれにかかわるという特命をおおせつかった厚生省の女性職員・伏木あかりのコンビが誕生した、という次第。
古典としてのホームズ・ワトソン的なコンビものでの連作でもあるようだし、
えとが未年のときに登場する「羊殺し」というラスボスを負う長編ミステリーでもあるようだし、
作者が大好きな「白い巨塔」ばりの、巨大組織の中の派閥間抗争の物語でもあるようだし
……と盛りだくさんだが、同時にSFがなぜか当初から今に至るまで担わされている役割−−−SFの設定を通して『マイノリティ』の風景を描くということを−たぶんある意味進んでートライしているようだ。
たとえばこの作中で「オキナガ」と呼ばれるゾンビ、吸血鬼的な存在は「長命者援護法」という法の下、厚生省が確かにある種の保護をしているのだが、それを「不当な優遇だ」と叩く風潮がある、というのは近年の生活保護問題のメタファーであろうし、また雪村がオキナガになったきっかけが沖縄戦(この沖縄戦の描写が秀逸なんだ!)であり、終戦後に地元に帰っても居場所はなく、さらには国家によって残酷な人体実験の材料にされて……という展開は、本当にSFがアシモフ手塚治虫の時代から「少数派(疎外感も選民感も含めての)の友」であった時代の正当後継者、とも思うのであります。
ここでちょっと触れられている「宇宙人に仮託した『他者』」の話なぞもついでに。
cruel.hatenablog.com


ただし、ゆうきまさみ氏の作品らしく(?)というべきか、まだまだ全貌は見えず、細かいディテールが小出しになることで全体像をじわじわ浮かばせているという段階。個人的にはこういう展開は、いやこういう展開だからこそ大好きなのだが、固定ファン以外の一般読者層にどこまでこの”静かな”序盤がアピールできるか、はやや不安。
だからこそ固定ファンがアピールしなきゃならんと張り切っているのだが。

現在の漫画界でダントツの助演男優「久保園係長」。お茶一杯にみる、その個性

さて表題に書いた、本テーマだ(笑)。
この記事、最初に「まあ作品全体の紹介もしとかないかんかなー」と数行の予定で書くはずだったものがあんなに長くなったのだからストーリーの展開のスピードを云々する資格、俺にあるのかね(笑)。


この作品で上に出てきた「見た目は子ども、頭脳は大人」の吸血鬼&厚生省駆け出し女性役人というコンビをつなぐのが、「夜間衛生管理課・外勤係長」の久保園さん。
ノンキャリアのたたき上げらしいのだが、非常にとぼけた、軽妙な味わいを見せ、まだ右も左も分からないまま、常識的な正義感を素朴に維持しようとしている(それが往々にして意味があることもあるのだが)伏木あかりと、社会のさまざまな理不尽を見すぎて、「88歳の厨二」的ひねくれがある雪村魁の間をうまく取り持ち、場面によってはたしなめて軌道修正をしたりしてくれている。

また、「日本軍は高級将校は無能だが、下級将校と下士官が優秀だからなんとかなる」という話そのままに、職場の権力関係を熟知した上で、裏で仕事を進める巧みさもある。

ある意味ポジションは違うのだけど後藤隊長・篠原遊馬・泉野明の関係…その”面影”をすこーしながら感じたりしてる。
変化球と速球を同じフォームで投げられると打者がきりきり舞いするように、とぼけたギャグと、彼ら彼女らに方向性を示唆する深遠な忠告がまったく似た感じで出てくるところも高得点です。

ゆうきまさみ作品と「お茶」に関するごく小さい思ひ出。

さてこの久保園係長、最近大コマで決めた「愛用のリンス」話もすごく印象に残るが(笑)、それよりなぜかごく小さいネタなのに印象に残り、この久保園氏の個性をつよく印象付けられた”名演技”がある。

「それ! あたしがやりますから!」
 
お茶汲みに雇われたわけじゃないでしょう。こういうことは飲みたい者が自分でやるんです。 とか言いながら、はい、あなたの分。


かこいいねえ。
ここ数年の間の「漫画でヒーローがかっこよかった場面」ランキングを作るとしても、かなり上位に食い込む名場面ですわ。
ゆうき氏はtwitterを読んでいると、リベラルな思考法や興味を持っていると思われるのだが、それ以上に、漫画の作中人物のスタイルや振る舞いとしての中に、最良質の意味での”リベラルさ”を感じることが多い。
その反対というか、「あのひとは”左のファシズム”なんだから、ああいう発想をするのも仕方ないじゃないか」と言われ、しかもそれが弁護としてある種の説得力がある…というような作品、作者とは対照的だ。その両方が、一冊で読める雑誌もそうそう無いぞ(笑)。※補註 書いた当時はこのくだり、説明不要で皆分かったのだが(笑)、「同じ雑誌」=ビッグコミックスピリッツの看板、某グルメ漫画が当時、福島と放射能の描き方で賛否を呼んでました


この「お茶」とゆうき作品に関してはちょっと思い出がある。
かの「機動警察パトレイバー」の中にて、どこだったかな、第二小隊の内部での当番が黒板だかホワイトボードに書かれており、「茶坊主 XXX」という役割分担があったのだ。それもたしか、男性陣の誰かがそうだったような気がする。
自分はコドモゴコロに、「へー、ずいぶんと進んだ職場だなあ。自然な男女平等がある組織、ということなんだな」と印象に残っていたのですよ。

【追記】そのシーン。

男女雇用機会均等法」は1972年の法律だが、大幅に改正されて社会の話題になったのが1986年。パトレイバーの連載・OVA製作開始が1988年。
自分が社会に出たときは女性がお茶を出す役割、というところは、まだ、何となくまだら模様になっている感じがある。もっとも、職場に女性が増えたからこそ、理想としてはお茶を出す人が女性になる確率も1/2の確率になるわけだから一概には言えまい。

まあ、そんな光景がめぐりにめぐって、2013年の「白暮のクロニクル」ではこのような形で、お茶によって久保園係長のパーソナリティがうまく演出されていました。円熟のベテランゆうきまさみの真骨頂は、実はこういうところじゃないか…などと話を広げるのであります。


【追記】パトレイバーの「茶坊主」について、はてブ、コメント欄でも情報いただきましたが、このtwitter情報を転載します。

umaimai ‏@umaimai1104 6時間
@gryphonjapan コメントの付け方がわからなかったのでこちらでリプライします。ゆうき固定ファンとして大変読み応えのある記事をありがとうございました。茶坊主のホワイトボードは何度となく出てきますが、(つづく)
 
『STRIKE BACK』(オリジナル単行本8巻P27)で、怪物の存在がスクープされたあとの第二小隊のシーンでしょうか?「茶坊主 メシ 篠原」となっていて、遊馬がエプロンを着けています。
 
 ちなみに茶坊主が野明や熊耳さんになっているシーンもあります。個人的には『VS』のその1(オリジナル単行本5巻P16)で、「茶坊主 泉」がひろみちゃんの配慮で「茶坊主 山崎」に書き換えられたシーンが好きです♪ v

ああ、数回出てきたのか。そして女性の野明が茶坊主役のこともあるが、それはあくまでも「当番」で、番が回れば普通に男もお茶を汲む…どころかメシまで作っているのですね。そりゃ出前してくれる中華料理店は一軒だけだし(それは押井設定か?)。


共に作品を生んだ名物編集者、のはなし。

やはり創作過程というものはおもしろいもので、最初の最初は「自縛霊探偵」で、どこにもいけないまま推理するという一種のアームチェア・デティクティブものというアイデアだったのだという。

それが編集者との対話で鍛えに鍛え、叩きに叩かれ、こういうふうになっていくものなんだろうね。

で、ここに出てくる女性編集者が、5400人のフォロワーを持つ、twitter上では有名なヤマウチナオコさんである。

ヤマウチナオコ @Na0oCo
小学館・週刊&月刊!スピリッツ編集者。担当作「白暮のクロニクル」「重版出来!」「さよーならみなさん」「王様達のヴァイキング」「でぃす×こみ」。 THE FUTURE TIMESの編集スタッフでも有。アイコンはゆうきまさみ画伯に描いて頂きました!
神保町、下北沢
https://twitter.com/Na0oCo

編集者さんの仕事ぶりというのは以前は良くも悪くも漫画家のプリズムを通じて知るしかないのだが、世はtwitter時代。
ダイレクトにその個性や働きぶりが伝わってくる。

さらに小学館のコミックスは、アマゾンの商品紹介に「担当編集からのおススメ情報」があり、そこの分量と書きぶりでもいろいろとわかる(笑)。彼女がエラく気合を入れて書いているのは間違いない。

【参考論文】
アマゾンの書籍紹介で、解説が短い&無い--のは「編集者の無能」の証明だろうか?
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20130514/p2

 
さらにこの方は、社会を巻き込んで話題となった「小学館旧社屋ラクガキ大会」の仕掛け人でもある。以下参照。

編集者ヤマウチ「ラクガキ特集ページ」と新サイトを語る - Togetterまとめ
http://togetter.com/li/573170
 
【超豪華画像】小学館ビル取り壊し→人気漫画家達が壁に描いた落書きが豪華すぎ!文化財として残すべし - NAVER まとめ
http://matome.naver.jp/odai/2137605887413712301

しかも偶然か必然か
重版出来!」「でぃす×こみ」という2作品が漫画業界を舞台としたもので、否応無くこっちは登場する編集者にこの人の言動が反映されている、と感じるのも仕方ないのではないか(笑)。

ゆうきまさみの新作漫画は、社会的偏見により正体を隠さざるを得ない表現者の悲劇を描く(笑…だよね?) -
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20130503/p4

これは正直、とある設定を我田引水してこちらの興味のある社会問題に落とし込んだ変化球すぎる論考(それなりにいい球筋だったとは思うけど)…ではあったが、ただ「編集(それも女性編集者)」が非常にストーリーの核を握る存在であることだけは紹介できたと思う

おまけにゆうきまさみ氏はエッセイ漫画「はてしない物語」の連載を持っているから、そこにも登場する。


……はい、「数え役満」の完成です(笑)。

こういう情報を合成して総合すると、そこに浮かぶ人物像は…つまり「小学館100年に1人の逸材」というか、「漫画の神に愛された麒麟児」というか、とにかく期待のホープとおぼしい。編集者といえばけっこう「うっかり」エピソードもあり、それが漫画家のネタになって無駄なく活用されたりもするのだが、小学館らくがき大会で疲労がピークの際にちょっとしたミスをした際にゆうき氏が「こんなことは本当にめずらしいんですよ」というくらい、日々の業務的にもしっかりされた方なんだという。


ま、そんな仕事の細部のしっかりさより「重版出来!」や「王様達のヴァイキング」「でぃす×こみ」「白暮のクロニクル」など、担当した作品の面白さそのものがこっちにとっては重要であり…。

王様達のヴァイキング (1) (ビッグコミックス)

王様達のヴァイキング (1) (ビッグコミックス)

重版出来! (1) (ビッグコミックス)

重版出来! (1) (ビッグコミックス)

【編集担当からのおすすめ情報】
このマンガ『重版出来!』は、多くの取材を重ねて作っています。
取材のたびに、マンガに関わる誰もが愛情を持って働いていることを
痛感します。その熱を著者の松田さんが吸収して描かれる本作、
担当は毎回毎回そのドラマに泣かされています!
「マンガという商品はどうやって作られるのか?」に興味がある方も、
ぜひぜひお読みください!!

小学館の名物編集者といえばヤマキさんこと八巻氏がサイバラ漫画に登場することもあってかなり有名だけど、その系譜を継ぐような、そういう存在感が早くも出ているっぽいなぁ、とハタから見ると思うのである。
実際、ヤマキ氏は故土田世紀氏の「編集王」の担当編集者(当時のAERAに載ってた)である。

編集王〔小学館文庫〕 (1) (小学館文庫 (つB-1))

編集王〔小学館文庫〕 (1) (小学館文庫 (つB-1))

現在の「重版出来!」はある意味20世紀に連載された編集王の後を継いだ「21世紀版 編集王(編集女王?)」な感じもあるのです。担当編集者を作品の雰囲気でつないで系譜を云々するというのもかなりの無理があることは承知だが(笑)、実際にそう感じるのだからしょうがないっす。

ただ、最近驚きのツイートが流れた。

ヤマウチナオコ @Na0oCo · 4月29日
そしてですね、『白暮のクロニクル』2巻のあとがき漫画を読まれたら分かるのでお伝えしますと…。私はゆうきさんを12年間担当させていただいたのですが、この4月末をもって共同担当の後輩I君が一人でゆうきさんを担当する事になりました。(続)
 
(承前)『バーディー』の10年間、『白暮のクロニクル』の準備期間も含めて2年。ゆうきさんから漫画作りを日々教わり、ヤンサン休刊時の色々もあり、『でぃす×こみ』『白暮』と二作の新連載立ち上げに関われて本当に幸せでした。編集部からいなくなるわけではないので、今後も宜しくお願いします!
 
ありがとうございます。ゆうきさんのおかげです! “@nackggg: @Na0oCo お疲れ様です。 素敵な作品を支えてくださったことに感謝いたします。”
 
(「担当が変わります」をツイッターで表明するのも…とも迷ったのですが、せっかくなのでツイートを続けます。そして『白暮のクロニクル』3巻もまだ私は編集担当しているので奥付に名前が載るんですが、ゆうきさんのあとがき漫画では「2巻でさようならー」となっております…笑!)
 
なので、ゆうきさんの編集担当をはずれても、今後も微力ながらゆうきさんの応援が出来ればいいなと思いますし(ゆうきさんから「怖い!いらねえ」と言われなければですが…)編集部全体で漫画を盛り上げていかれたらと思っています

担当編集者が変わると、漫画作品は変わるのか。
そのへんのことは門外漢には分からないのだけど、たぶん「白暮のクロニクル」に限って言えば変わらないほうだろう。それは編集者の優秀さが、個々のアイデアではなく、物語やキャラクターの方向性を決めて、その中で作者が思う存分に腕をふるえるような世界観を作る形になっているだろうからだ(まあその世界観が、上に書いたように小出しなんだけど)。

「白暮」から離れたとしても、ヤマウチナオコはまた別の場所で何かを仕掛けることは想像に難くない。漫画界の”要注意人物”として、監視を怠ってはならない(笑)。