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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

柳澤健トーク〜「1985年のクラッシュ・ギャルズ」文庫版発売に際し。

この催し

http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20140319/p1
柳澤健×清野茂樹 女子プロレスの黄金時代を語る
 
『1985年のクラッシュギャルズ』文庫版発売記念

に行ってきました。
いろいろと「その場だけの話」と念を押されたこともあって、それは書けないのですが、かけるところでいくつか。

仲田龍氏の「選曲」のこだわり。

つい最近亡くなった、仲田龍氏には現在連載中の、ジャイアント馬場についてなどいろいろ聞いていたのだそうだが、以前仲田氏には、ある記事の記述についてクレームというか不満をいわれたことがあったそうなのだ。

それは何かというと、Noahの興行は第1試合が始まる前、イントロというか前奏曲というか、それで流す曲に「ドリーム○○」あるいは「○○ドリーム」という有名な曲が使われているそうなのです(曲名を忘れたのだが、まあ誰か知ってるだろう)
【追記】思い出した!たしか「ドリーム・オン」??(仮説)

それを評して柳澤氏は記事で「一昔前の、やや古い感じの音楽だが、それがかえってNoahらしい」と評した。…それが仲田氏には非常に腹立たしいことだったらしく、これについてかなり強く不満をいわれたんだとか(笑)。
 
他団体やメディアとの交渉のとき、かなり強気でカテエ要求をして、それがプラスにもマイナスにも働いた、人よんで”ガチドラ”こと仲田龍氏。
ただ、団体の儲かる儲からないや、ブックでNoahの選手が勝つ負ける…ではなく、たぶんん自分が選んだであろう幕間の音楽の選曲センスに、ここまで強い自負やこだわりをもっていた……という。
それは自分が「Noahを創った男」から引用し、亡くなったことを追悼するときも再紹介したこの話と照らし合わせて、あらためて故人の人となりの一部として印象付けられる。

「Noahを創った男」仲田龍氏急逝 -
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20140219/p2
客出しの全日本の定番は
この「クリスマス・イブ」が年末世界最強タッグで、
あとは「星に願いを」(これも山下達郎
上を向いて歩こう」だったという。

NOAHを創った男―三沢光晴の参謀

NOAHを創った男―三沢光晴の参謀

客出しっていうのは、お客さんを出すためにやるわけじゃないですか。もう終わりだよっていうお知らせの曲なんですよ。『星に願いを』っていうのはすごく余韻に浸れる曲なんですよね。激しい試合の後にスローな曲もいいんじゃないかなと思って。それはもう誰にも相談しないで、ボク(註:仲田龍リングアナ)が勝手にやっただけのことなんですけどね。


とある記事に、とある人物からクレームがついた…という思い出を、作者がトークショーで簡単に語ったという、ごく小さな物語、挿話だが、片方の当事者は急逝した故人でもある。ここで書かないと歴史からたぶん失われてしまうエピソードなので、記録しておきたいと思った。


井田真木子氏が長与千種にインタビューした「デラックスプロレス」の記事は、今書籍にする価値がある。

今回は表題どおり柳澤健氏と、格闘技・プロレス中継の実況を数多く務め、ラジオ番組「真夜中のハーリー&レイス」も持っている清野氏のトークショーだったのだが、この二人ともが意外な共通点を持っていた。
それは、「国会図書館で古い書籍を読むのが趣味」ということ。
それが仕事に直結するだろう柳澤氏はともかく、清野氏まで…だが「プロレスマニアの習性」と考えれば納得いく話か(笑)。さらにいうとかつて、週刊プロレスは閲覧に際し「別室で読むこと」が義務付けられていたという。それはあまりにも国会図書館週刊プロレスの蔵書は、「切り抜かれる」ことが多かったため、職員の監視下でのみ閲覧させたからだと。アンネの日記よりひでーぞ!!!
 
で、そこでここに表題として書いた長与千種のインタビュー記事(デラプロ)も読めるよ、という話になるのだが、この時のインタビュー記事は、今でも人々が読むに値する、緊迫感のある物語だ…ということ。
それは後に大宅壮一ノンフィクション賞を(立花隆の猛反対にも関わらず)獲り、日本語に「心を折る」(by神取忍)という言葉を付け加えた不世出の作家が、これまた不世出のプロレスラーと一対一で対面し…「読み手の心を揺さぶる」、すなわち「お客をヒートさせる」プロレス名勝負を行った名勝負数え歌だった、というのだ。
もちろん、すべてのプロレス名勝負がそうであるように、厚い信頼感を基に闘いながら「この戦いで、俺はこいつを出し抜いて上に行く」「相手のこいつを、道具として利用しぬく」という意識も常に捨てていない。
だからこそ名勝負なのだ。
「1985年の〜」から一部紹介しよう

千種と一緒にお茶を飲んだ、千種はこんな仕草をした、千種の顔が曇った…(略)一見、プロレスとは何の関係も無い話題が延々と続くにもかかわらず、若い読者はけして退屈することなく、逆に長与千種の言葉と井田の細やかな筆致に引き込まれ、大人の女性の会話に年下の自分がひとり加わったような気分を味わった。
観客の心理を自在に操る魔術師である長与千種は、井田真木子のライターといての優れた資質をすぐに見抜く。見抜いた上で井田真木子の心理を操作して、最終的に読者である少女たちの心理を操作しようとする。
井田真木子もまた恐るべき書き手であり、魔術師の意図を瞬時に察する。圧して共犯者を装いつつ、絶妙のタイミングで鋭い質問を投げかけ、スーパーヒロインの本音を引き出そうとする。
長与千種井田真木子は女子中高生を読者とする「デラプロ」誌上で、恐るべき心理戦を戦っていたのである。
(文庫版P151、152)

さらに、文庫版用にあらたに加わったあとがきはまさにそのものずばりで「井田真木子さんのこと」と題して書かれている。

…「プロレス少女伝説」をお読みになった方ならば、引用以外に長与千種の発言が一切出てこないことにお気づきだろう。長与千種井田真木子への協力を拒否したのである。
「なぜですか?」との私の問いに、千種は…(後略)


 
以前ならこういう話を聞いても「うーん、面白そうだけど、作ってもファン層以外に売れるかな?採算が取れるかな?」と経営側の立場から気を回しすぎるおれだが、
しかし世は「電子書籍」という選択がある時代。

ある意味、これだけ面白いと煽られた記録なら、それを「ページ画像」レベルで集めただけの、一番しょっぱい電子書籍化でも、それなりに話題になるんじゃなかろうか。
インタビュー記事だから、ベースボールマガジン社長与千種、そして井田氏の遺族…の了承が取れれば可能だと思う。
これは、ひとつの「企画提案」として記録し、ひろくファンや関係者に伝えておきたい。


もうひとつ紹介したい話があったのだが、時間の都合上後日。