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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

「旅の一行にスパイが」「未熟だが一生懸命の若者」「本心分からぬ大物」…”男が燃える”魅力一杯の「つらつらわらじ」

この前、4巻が発売でしたっけ。
「見えない道場本舗・2011年度漫画10傑」

http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20120402/p1
を選んださいに「あとで長文の書評で論じます」と
書いていましたが、その公約をいま果たしたいと思います。

つらつらわらじ(1) (モーニング KC)

つらつらわらじ(1) (モーニング KC)

江戸へ参勤、国へ交代。二年に一度のビッグトリップ。
備前蜂」の紋を掲げた岡山藩熊田家。
寛政の改革で倹約を謳う徳川幕府に殿様は、家老たちの悩みの種だ。
そして、今年の江戸への道中には、いつもと違う何かが待っているのだ。

時は寛政、江戸も半ばを過ぎた頃、「備前蜂」の紋を掲げた熊田家藩主・ 治隆(はるたか)は、家臣と人足たち数百人を引き連れて、参勤の旅に出た。行列には、治隆を疎んじる幕府老中・松平定信密偵も紛れ込む。江戸までの道のりは、その距離以上に長く、波乱に満ちていた。

「参勤交替」という徳川家の発明は、構造的に江戸を非生産人口=消費者が大きな割合を占める大都市として発展させる効果と、また強制的に各地の文化を交流させ、大都会の流行を定期的に日本の僻地にまで持ち込んで「日本の統一文化」を発展させた、と思う。江戸時代の「インターネット」かもしれない。明治維新と同時期に統一運動が起きたイタリア、ドイツと比べても文化的名一体性はいまなお強い・・・弱みでも、強みでもあるが。


で、あると同時に貴人を擁して数百人が東京へ徒歩や馬で向かうという旅は、上の解説にあるように「ビッグトリップ」「ビッグプロジェクト」でもありました。道のぬかるみや川の増水は、お殿様でも遠慮してくれない。病気や事故もつねにつきまとう・・・。
なるほど、参勤交替の詳細をそのまま描くだけでも面白いロード・ムービーになるだろうな・・・と連載の第1回を読んで思ったのでした。江戸時代は「古文書爆発時代」でもあり、迎える側も旅する側も、膨大な記録をも残している。ここからトリビアを拾って、うんちくを語るような作品になる、そう予想した。
だが、それはいい意味で裏切られる。
実はもっと、「男が燃える」「男の魂に火がつく」展開に満ちているのだ!!


実はこの藩と藩主は、池田治政が国主だった時代の備前国岡山藩の参勤交替がモデルだそうだ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B1%A0%E7%94%B0%E6%B2%BB%E6%94%BF

その敵役は、「風雲児たち」でもおなじみ(笑)の松平定信
まあ、松平定信の「寛政の改革」の負の側面は風雲児たちでも、大石慎三郎氏の本などでもおなじみで、少しずつ「常識化」してはいますが、そこで敢えてもう一度いうなら、儒教哲学に基づく「支配層は倹約を」「民を飢えさせるな」という善意の意識が一応は定信にあって、それに従った政策もあったことは、やっぱり間違いない。
だからこそ悲劇だ、ともいえるのですが・・・特に倹約がデフレをうみ、金の廻りを阻害する、という経済学的な問題も控えている。
そして庶民は勝手なもので、権力者が贅沢三昧でも文句をいうが、権力者が倹約を(自らも含め)命じるとそれにも反発し、豪奢、豪快なものを見せてくれる”叛骨”の貴族に声援を送ったりする。

まさに作中の藩主、熊田治隆はそういう存在でありました。
そして、彼は、漫画の中で主に2人の登場人物の視点から描かれる。
 
ひとりは若干17歳で家老になり、はじめて参勤交替につきそう熊田和泉。自分の経験不足を知りつつも、家老中一番の名門なのに若さと経験の少なさの関係で「2番手」の序列になっているという焦り、不満も抱える。それに何より、殿様の人となりを十分に知らず、彼自身も殿様が「ただの我がままバカ殿なのか、不世出の大物なのか」を見極めがたいところがある。
 
もう一人は・・・松平定信密偵、幕府お庭番・倉知九太郎!!!
さあ盛り上がってまいりました!!
質素倹約の寛政の改革に逆らう治隆藩主が、定信にはめざわりでしょうがない。(なにしろ「キセルに銀を使うことを禁止」したら、彼は「金のキセル」をふかしてしまうのだ)今回のお庭番潜入は、藩主の問題点をつかみ・・・あるいは作り出し・・・彼の失脚を狙うという試みなのだ。しかし、身分の低い中間として潜入した彼は幸か不幸か、治隆に注目されて話し相手になる。…のだが、彼自身も殿様が「ただの我がままバカ殿なのか、不世出の大物なのか」を(同上)。
だからこれは「諜報・スパイもの」なんですよ。
どうです、それだと読みたくなる人いるでしょ??

「老師もの」論ふたたび

わたしが勝手に定義しているだけだから広まらないのは当然だが、再度「老師もの」について語る。
要はジャイアントキリングのタッツミー監督、「家栽の人」の裁判長というか。「昼行灯」というか。詳しくはこちらを

GIANT KILLING」はサッカーを知らない者が読んでも、こんな風に面白い。
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20090212/p3

この話では、とにかくお殿様が、藩主の常識的には型破りなことばかりやってのける。幕府の最大実力者からにらまれている最中だから、家老もはらはらし、「おとなしく摩擦を避けてくれればいいのに」、と思うのは至極当然だが、無視するかのように・・・または楽しむかのように、17歳の家老まで騒ぎの当事者になるようにしむける(笑)。
でも、偶然か器量か、いろいろとそれらはうまく収まり、次の宿営地に向かっていくのである。
その姿を、必死に経験を積もうとする17歳の少年家老と、必死に情報を収集しようとするスパイが見ては「?」「!?」「!!!」を積み重ねていくわけだ。そして、内面・内心が分からないことでは上の老師ものどころか「あ〜る・田中一郎」君に匹敵する治隆藩主は、決して”正解”も与えない。
だが、藩主が家臣をフォローしたり、人情話のように自分が泥を被って周りを助けるような治隆の行動に、じわじわと「ああ、やはりこの殿様は不世出の大器量なんだな」という評価を”読者が”定めていく・・・この誘導、導き方が上手いんだ!!!

こういう「大物論」はいわば、本宮ひろ志かわぐちかいじと同じニオイ。
これだと、男の読者たるもの興味をひかれるでしょ(笑)?


そして・・・。

つらつらわらじ(2) (モーニング KC)

つらつらわらじ(2) (モーニング KC)

「見張り、監視、スパイが逆に監視対称の『士』『漢』に惚れ込む」・・・ロマンの王道!

ただの馬の口をとる中間が殿様の話し相手になる、ということがそもそもオカシイのだが、「そういう殿様である」ことが岡山から江戸へ向かう旅の道中で、たっぷりと分かる仕組みになっている。
そして、定信から命じられたときには「どうせバカ殿、我がまま殿のたぐいだろう」とおそらくは思っていたであろう九太郎は、実際に自分の目で裏も表も見た、治隆の器量に対して完璧に一目も二目も置き、ある意味この中央から睨まれた領主の、「一番の理解者」になる。
しかしそもそも殿様、彼が隠密であることを既にお見通しのようでもあり、全然知らないようでもあり・・・。

・・・いいねえ、
勝海舟坂本龍馬の史実(※もしくは勝の盛ったホラ話(笑))
或いは原田と松田優作が壮絶な演技合戦をしたという「竜馬暗殺

竜馬暗殺 [DVD]

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或いは前田慶次と捨丸・・・・

メインテーマ以外にも、サブテーマとして描かれることも多いが「Aは、Bという男を暗殺・監視・スパイ対象としており、ひそかにそばで付けねらう。しかしそばにいることで、Bの人格・精神に惹かれ、逆に男として惚れる」・・・・
これは(ジェンダー的な表現への批判はご寛恕願った上で)「男の魂」「男が燃える」「男ならこの展開が好き!!」と、全男を代表して言わしておくんなさい。あと、別にBとLのほうのジャンルの話をしているわけではありません(笑)。


・・・しかし、そんなふうに備前藩主に感服し、また実際のところ道中、そんなに大きな問題点もなかったことで「問題ありませんでした」と報告することを決めた九太郎に、接触した上忍(?)は
「弱みを握らずしておぬしの役目は成されぬ。(弱みが)ないならないなりに動け。糸口をつくれ」

と命じる。板ばさみになった九太郎は・・・。


「破天荒リーダーに振り回されてる…つもりで実は教えを受ける、若き部下」・・・これも王道!

やや繰り返しになるが、供をする家老熊田和泉は名門出身で才もあるが、基本的にマジメで、ほぼ初の大仕事となるこの旅に関しては「決して失敗は許されない!」「トラブルを起こしてはいけない!」と、緊張のしっぱなしで張り詰めまくっている。
だが、なぜか大問題は彼の周辺で起きるのだ(笑)。・・・そしてそういう問題で、最終的に解決に導くのは藩主。藩主が家老をフォローし、「マジメ一方」だけでは解決できない、人間社会の深みを教えていく・・・ようなところがある。まあ幾つかのトラブルのタネをまいてるのも藩主本人だったりするのだが(笑)。
これは身分の差を抜きにすれば「ベテラン老刑事と若手刑事のタッグ」を思い起こさせるものがある。はい、「男」ボーナスポイントさらに入りました(笑)!!

こんなシーンもある。道中、切り花が好きだ嫌いだ、という話から、藩主は供家老に自分の好き、嫌いを列挙する。
「全部、初めて聞いた・・・自分は主君の好みすらしらなかった・・・」と大いにへこむ家老に、ベテランの近習が語りかける。
「いや、我々が30年かけて知った殿のお好きとお嫌いを、ぜんぶ今のひと時でご家老にお伝えになるとは!」


そんな道中も進み、江戸に徐々に近づいていく。
現在、4巻まで出ているが、ちょっと3巻のラストから4巻にかけてを紹介しよう。

つらつらわらじ(3) (モーニング KC)

つらつらわらじ(3) (モーニング KC)

 

これだけの大人数の旅行であり、ある意味行軍の軍事演習というタテマエでもあるから、宿泊計画などは綿密に立てられている。(この漫画でも「XXXをしていては、事前の計画が大幅に狂ってしまいます!」がしばしば盛り上がりどころになっている)。

だが、岡崎において、備前から江戸に向かう熊田藩の行列と、幕府が江戸から伊勢に向かわせる「御公儀伊勢代参使」がちょうどぶつかり、なんと大名行列より格が高い伊勢代参使は、ずっと前から熊田藩が予約していた旅籠に強引に泊まってしまう。

これは単純な傲慢でもあろうし、松平定信の目の上のたんこぶである熊田藩主に恥をかかせてやろうという幕府の悪意だったのかもしれない。
 

しかしそこで・・・、藩主熊田治隆はその本陣前でこう宣言する。
「ふむ、それでは仕方ない。・・・我々は、野営いたす!!」


なにしろ元来、大名行列は軍事演習も兼ねたもの、むしろ野営は本旨に沿ったものだ。「野営で鍛えるとは武士のたしなみ。立派なものよ」となるから、それを咎めるわけにもいかない。
また小さな宿場町で、数百人が幕を張って野営となれば地元の人々も、旅人も滅多に見られないビッグイベント。
しかも幕府側に乗っ取られた旅館や、野営でキャンセルする別の旅館にも、正規宿泊分と同じ料金を払うという。


当然庶民はやんやの大喝采、すっかり伊勢代参使は悪役扱いで株を下げ・・・旗本様は「ぐぬぬ」。松平定信も「ぐぬぬ」状態・・・とおもいきや、「悪いのは代参使側」と公正だ(笑)。しかし「わしは正しい。備前公にも自分の正義があるのだろう。だが・・・」と、相手を認めているからこそ許せない、ことを示唆する。


これも本宮チックじゃないかい(笑)?
「おんどりゃー見とけっ!!おめえらが権威をかさに旅館を乗っ取るっていうんならよお! ここでワシらは大野宿じゃーーーい!!さあおめえら、野宿前の景気づけじゃー!盛大に騒ごうぜ!!!」

つらつらわらじ(4) (モーニング KC)

つらつらわらじ(4) (モーニング KC)

将軍の名代をかさに威張り散らす高家旗本との対決。ライト兄弟のはるか前に空を飛んだと言われる鳥人・幸吉との秘めた約束。東海道の有名人、岡山藩主・熊田治隆の旅は、劇場型エンターテインメント!

ふむ、「劇場型エンターテインメント! 」とはうまいことをいう。

そんな、「平和な江戸時代後期の参勤交替風景」でありながら、実は血沸き肉躍るロードコミックたる「つらつらわらじ」を推薦したいと思います。