獏 で、武蔵は風呂に入らないの。しょっちゅう、蝿がこのへんを飛び回っているんですよ。すごいですよ。
Y男 その蝿を箸で捕まえる。
獏 いや、箸で捕まえない。このエピソードはね、もっとすごいエピソードですよ。箸で捕まえるんじゃないんだよ、これはね。羽だけをむしるの、箸で。ピッ、ピッって。
Y男 吉川英治のよりまだ過激になっているんだ。
獏 「宮本武蔵は箸で飛ぶ蝿をつまみ取ったと講釈師は語る。講釈俗説のたぐいは針小棒大。が、しかしこの逸話に関してのみは逆である」って書いてあるね。「武蔵は虚空で飛ぶ蝿の羽をむしり、その体に触れずして落とした」と書いてある。すごいでしょう。だからホラ、蝿がたかっているシーンがあるんですよ。もう蝿が滅茶苦茶たかっているのね。で、女が寄り付かないようにわざと魚のはらわたを着ているものに擦り込んだとかね。すごい話ですよ。(ガキのころから漫画まんがマンガ)
- 作者: 夢枕獏
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 1987/03
- メディア: 単行本
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1987年に出版されたトーク形式で夢枕獏が愛読・お勧めマンガを紹介する本だから、「BSマンガ夜話」よりもずいぶんと早い。だが、まだ冒険的な企画だったのか、聞き手・対談相手として著名人を呼ぶことは無く、なんと無名人(編集者かな?)を2人読んでの鼎談集だ。だけどその分「メインイベンター」の夢枕氏は遠慮なく、縦横無尽に紹介しまくっているので、彼のこの本おかげで知った作品、読めた作品も多い(柳沢みきお「男の自画像」、バロン吉元「柔侠伝」など)。獏さんは当然1970年代の漫画に詳しいから、先輩から古典を教えてもらうような感じだったね。
梶原一騎作品もたっぷり語っているけど、その中で一番といっていいぐらい獏さんが評価していたのが、上の「斬殺者」。
吉川英治が創作した「求道者・宮本武蔵」というフィクションに対しては・・・やりがいのある壁として「むしろ小ずるく生き抜く、したたかな男だった」「極めて合理的に勝利を追及した男だった」といった別のフィクションを司馬遼太郎や坂口安吾が書いているが、梶原一騎はなんと「凡百の外道を上回る大外道、外道の王者!!」という梶原流のフィクションをぶつけている。なにしろ「二刀流」の解釈にしてからが・・・「刀をはさみ状にして首をねじ切る」というカランバなものだ(笑)。
ストーリー自体の主人公はかつて若き日の武蔵に滅ぼされた京都の吉岡一門にゆかりがあり、その武蔵の姿を見て「武蔵の大外道を上回る大大外道になって、奴を斬ってやる!」という不思議な執念に燃える無門鬼千代という若者。
そこに、武蔵を慕うキリシタンの聖なる美女や柳生、フェンシングを使う南蛮の悪漢などが絡んできて、日本剣術vs西洋フェンシングなんていう厨2的な燃える展開もある。ただし、性表現的には中学生が読むは好ましくない(笑)。いわゆる「黒梶原流」なアレです。
(武蔵は女性を遠ざけることで大外道たろうとし、鬼千代は逆に女性を性的に踏みにじることで外道の魂を得ようとしている、という対比がある。)
伝説とその実像・・・・神話崩しというモチーフはこの作品を流れるテーマで、有名な「塚原ト伝と鍋のふた」「能役者と柳生」についても、あっとおどろくような大胆な新釈があり・・・そのト伝エピソードの新釈については、ともに無名だった時代、大山倍達から梶原が聞いた話がもとだったとか。
同時に、その国中にとどろく「武蔵」という巨大な像・・・それがうそか誠かは関係なく・・・をめぐる駆け引き、陰謀、嫉妬、憧憬などが描かれていて、ミステリ的な味わいもある。
梶原一騎円熟の境地の作品か、と思ってたら巨人の星、あしたのジョーと同時代の平行作品で、原作の一騎も作画の小島剛夕も「神経的、体力的にくたくたになって」人気もあったのに1年で終わったそうだが・・・1年の連載でも、その密度はすごい。
この作品は約10年ほど前だろうか、ソフトカバーの新装版が出ていた。これをだれかに貸したはずだが戻ってこない。心当たりの人は返せ・・・と言いたい所だが、最近2000年代に講談社漫画文庫として復刻されていることを知り、それを購入した(初版2002年、いまも売られているかは分かりません)。

- 作者: 梶原一騎
- 出版社/メーカー: コミックス
- 発売日: 2002/11
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なぜこの作品を突然紹介したかというと、自分がそういうわけで最近再読したから、というだけの話です。
夢枕獏氏の「ガキのころから・・・」も良質な漫画ブックガイド。電子書籍でも復刊ドットコムでもいいから再刊されないかなー。
来月「陰陽師」の新刊が出る。

- 作者: 夢枕獏
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
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