INVISIBLE D. ーQUIET & COLORFUL PLACE-

John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

「外国から来た軍事教官」を描く変わった軍事漫画…「軍靴のバルツァー」(中島三千恒)

■「へいたん!」…いや兵站を描く、変わった軍事漫画「大砲とスタンプ」(速水螺旋人
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20120921/p4

の書評の姉妹編でございます。
今回紹介するのは、月刊コミックバンチで連載されてるという「軍靴のバルツァー

軍靴のバルツァー 1 (BUNCH COMICS)

軍靴のバルツァー 1 (BUNCH COMICS)

十九世紀帝国主義時代。軍事大国から派遣され、同盟小国バーゼルラントの士官学校へ教官として赴任したバルツァー少佐。彼への指令は同盟国の軍政改革を押し進めるというものだったが、バーゼルラントの前時代的な戦略戦術論と旧式の兵器の前に悪戦苦闘を続ける毎日。挙げ句の果てに同僚教官と衝突することに!! 近世士官学校の日常と兵器や戦術を緻密に描写した新ジャンル歴史漫画スタート!!

自分もこの時期、この地域にそう詳しいわけではないのだが、まあモデルとしては普仏戦争で強国にのし上がり、ばらばらの小領主国家を統合して「ドイツ帝国」を誕生させたプロイセンとその周辺、がモデルとみていいでしょう。


この時期は、作中でも描かれているように「戦闘技術の流行は残酷」であって、日進月歩、また特に画期的な発明が次々登場、その発明が「戦術」「戦略」自体を大きく変える・・・という時代でした。


その時代を俯瞰しつつ、啓蒙的な解説も描ける「士官学校」、それも教官を狂言回しにした、というところが面白いところだ。


あと、これは自分の個人的な話だが・・・いや、普遍性もある話かな?
この時期はちょうど日本が開国〜幕末〜明治初期を体験し、またそこにやってきたガメツイ死の商人たちが旧型・新型の兵器を売りつけていたため「幕末史」を描いた歴史小説にはは結構この時期の兵器の進歩(進歩なのか…)、戦術思想の変遷について触れられている。
 
「元込め銃」「椎の実弾」などと称される・・・要は「ライフル」なのだが(ライフルの元の意味は中の線条がどうこう、なんだよね。ああややこしい)、それが通常の「マスケット銃」とどう性質が違い、どれほど性能に差があり、それが戦術自体をどう変えていったか・・・
 
軍靴のバルツァー」にも当然語られているが、「あ、その話司馬遼太郎の『花神』にあったなー」「『龍馬がゆく』にあったなー」「騎兵の性質と長所、短所か。ああ『坂の上の雲』の秋山好古だ・・・」と・・・そのへんの予備知識がほかと比べると比較的ある。
だからすんなり入っていきやすかった。
こういう人は結構多いんじゃないかな?

それに、戦術の大きな転換点となる「一列横隊での突撃」から「散兵戦」への転換の話も1巻に載っている。







GIANT KILLING? スクールウォーズ? ルーキーズ? 狡猾、勇敢、そして不完全な「バルツァー教官」。

さて、そういう兵器の進歩、戦術の転換は日本も、遅くとも体験したことだが・・・もうひとつの背景である、ドイツやイタリアの史実のような「地域大国が関税同盟や連合王国によって文化的に均一な地域の小国を自国と一体化させ、ゆくゆくは併合しようとしている。地域小国はそれに乗ろうという派や、独立をあくまで保とうする派の確執があり、複雑な陰謀が渦巻く」という状況、・・・こっちはやや実感しにくい。日本の廃藩置県琉球処分韓国併合・・・とはやはり異質だ。

軍靴のバルツァー」はそういう舞台設定がされており、その分珍しく、興味深い。そしてその設定が、主人公の造形、背景に反映されている。


1863年の「第一次ノルデントラーデ戦役」で武功を立て、「通常より3年早く少佐になった、順風満帆の出世コース」を自認するヴァイセン王国の青年佐官が命じられたのが、最近関税同盟を結んだばかりのバーゼルラントに赴任しての軍事顧問・士官学校教官。
ただし、閉鎖的でヴァイセンとの関係も必ずしも磐石でない同国の情報をさぐり、人脈を築いて祖国の影響力を拡大するという使命も帯びた任務。「うまくいかないときは祖国に帰れない」とまで言われた片道切符は、ややサラリーマンの悲哀も感じさせる(笑)


そこで、今小見出しにとったように・・・バルツァー教官は進化を重ねた革新的な戦争技術をこの国に伝えるために虚虚実実の駆け引きを展開していく。恫喝もあればハッタリもあり、お涙頂戴で市民をコントロールもするなどあざといあざとい(笑)

その教育者としてのタイプが、時としてジャイアント・キリングのタッツミー監督のようでもあり、ルーキーズの川藤監督のようでもあり、スクールウォーズの泣き虫先生のようでもあり・・・。

以前、ジャイアントキリングの達海監督の人物造形については、かつての長文書評で

GIANT KILLING」はサッカーを知らない者が読んでも、こんな風に面白い。
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20090212/p3

「老師もの」というジャンル分類を提案した。
常に余裕で、説明しないでヒントを出し、或いは一見すると意味不明な命令を出して周囲を困惑させるが、結果としてそれが後から「ああ!こういう意味だったのか!」と弟子を驚嘆、納得させる・・・というタイプ。
実は一巻を読んだときに、基本こういう感じなのかな?と思ったのだが、読み進めていくとそうでもない。
ときどき、ルーキーズばりに自ら悩んだり突っ走ったりする。
てか、このバルツァー殿、ここでの成果が本国での出世コースを左右するということが常に念頭にあって、ちょっとその野心が生臭い(笑)。だから「教官と士官学校」がテーマといっても、「厳しい鬼教官が、実は生徒を鍛えて、無駄な戦死をさせないための親心で・・・」みたいないい話には今のところ収斂していかないのだ(笑)。

ただ、バルツァーも発展途上の若い将校であり、これから人格的な変化も十分にあり得る、と感じさせるところがなかなか興味深いところだ。たとえばこの士官学校では成績優秀な騎兵科の生徒が「男装の麗人」だったりする。(いまどきのマンガでそれかよ・・・と思うところだが、そこはリアル志向のこの漫画、ちょっとした理由をつけてそれなりに説得力のある説明をしている)この麗人を実際の戦場に送るか?といったところのバルツァーの判断は、冷徹に学校の生徒を観察、対応する「鈴木先生」のようでもあり、飄々と部下を操るタッツミー監督のようでもあり、憎まれ口を叩きながら人情に厚い行動をとるブラック・ジャックのようでもあり・・・なかなか多彩に評価できる、そこが面白い。
平民、貧民として士官学校で閉塞感を感じている歩兵科の学生に対する態度もしかり。


表で、裏で、巡る陰謀。小国の運命も絡んで・・・

そんな彼は、着任早々、「ライフル銃のマスケット銃に対する優位」を完膚なきまである実験で証明し、その「実験」をやらせたバーゼルラント第二王子から反発と興味、敬意を共に受けるようになる。
(この「実験」の展開は冒頭の山場であり、漫画的にも啓蒙的にも面白い)


その第二王子は軍備充実の必要性を痛感している親ヴァイセン派だが、現在摂政として国の実権を握るその兄・第一王子は中世的精神を愛し、その分19世紀の軍国思想には反発を覚えている反ヴァイセン派・・・という複雑な事情がある。
 
そして、その第一王子の知恵袋である宮廷音楽家はかつてのヴァルツァーの同期生で、ヴァイセンでクーデター未遂の末に亡命した男・リープクネヒト。バルツァーはそのクーデター計画に賛成できず、結果的に仲間を密告して最初の出世コースに乗ってしまった、という心の負い目も持つが、実はその失敗すらリープクネヒトの謀略の一環であった、というほどの底知れぬ悪魔的才能をもつ男だ。さらには南に位置する、女帝率いる帝国「エルツライヒ」の影も・・・
小国が軍事大国にのみ込まれまい、と警戒心をあらわにし、第一王子の勢力のように複数の大国とのバランスや相互牽制を求めるのも理の当然である。しかし、そのどれが正義かは歴史のみが証明する。



彼らとの暗闘、そして経済関係強化や世論へのアピール(彼らの時代が、戦争に「プロパガンダ」が必須項目として加わっていく時期だった―)などの「明闘」も含め大車輪で活動するバルツァーに、第二王子は徐々に信頼を寄せていく。しかし、兄たる第一王子との本格的な権力闘争を決意した彼からは「ヴァイセン軍人としてでなく、きみ個人として私に協力して欲しい。軍籍を変えてくれれば、領土や爵位も君に与える」と予想外の要請をされ・・・




というのが現在発売中の1〜3巻まで。4巻は今冬に発売されるそうだ。

軍靴のバルツァー 2 (BUNCH COMICS)

軍靴のバルツァー 2 (BUNCH COMICS)

軍靴のバルツァー 3 (BUNCH COMICS)

軍靴のバルツァー 3 (BUNCH COMICS)

紹介したコマを見ればわかるように「大砲とスタンプ」とは打って変わった、リアルで細部まで書き込んだ絵柄とあいまって、軍事史に詳しい人も初心者の人も楽しめる作品だと思います。

ただし、全編を通した時に傑作となるかは、やはりバルツァーという才能豊かながら、まだ未完成の人格がどう完成されていくのか・・・にかかっていると思います。

そういえば作者の「いさぎよさ」も感じる。

にわか編集者の気分になっていうなら、バルツァーを、赴任前の「ノルデントラーデ戦役」や「ある意味裏切り者になってしまったクーデター計画」で心の傷を負い・・・で、上にもちょこっと書いたように「戦争はいやなものだと思いながら士官学校では親身に生徒を指導。それはお前らが死なないようにしたい、という親心だった」・・・みたいなキャラクターとして描いたほうが、よっぽど一般ウケはしたと思う(笑)。
しかし、今のところはやっぱりバルツァーは「野心満々の戦争屋」である。
今後の展開で、さっきも書いたようにこの人物像が変わっていくのかもしれないけど、まず最初にこういう人物として紹介したところに、作者の潔さを感じた次第。

( http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20090625/p3 の記事より )