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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

「学校の宿題より塾を優先する。それで怒られても、自分で決めたことだから」(毎日かあさん)・・・公教育と「自由」の相克

この前の西原理恵子毎日かあさん」がちょっと考えさせられる話題でした。
もともと、この作品はキャラクターとして「子供らしい単純さ、バカさいっぱいの元気なにーちゃん」「おませでしっかりもの、そして腹黒い(笑)妹」の対比をさせているから、全部がこの通りの事実とも思えないが。
にーちゃんが宿題を全然やってない、という予想通りのはなしを前振りにして、ではしっかりものの妹は・・・というと、これも全然やってない!ということが判明した、と。
その理由は・・・
2012年9月16日「毎日新聞」より

まあ、都会ではもう「学校より、塾のほうが勉強の質が高いからそっちを優先する。」なんていうことは日常の光景になっているんだろうね。ただちょっと印象に残ったのは、

「学校およびその教育は、受け手に『選択権』があり、「これはいらん」とか「もっと優先するものがある」と生徒本人(または保護者)が思ったら、拒否・無視するのも正しいこと」という考え方が堂々展開されていることだ。
もとからそうだった、といえばそう言えるのだが、昔はやっぱり学校に皆が感じていた「権威」が自動的に、「宿題とは(なんとかかんとか)やってくるもの」「学校は、授業より優先されるべきもの」という雰囲気・・・「空気」があり、それによって保たれていた。

もちろん授業や学校行事、宿題をサボる子はたくさんいたでしょう。
しかしそれは「怠惰」であり、或いは逆に「反抗」「この支配からの卒業」的な意味を込めていた、と思う。

ここにあるようにサイバラの娘さんが、にっこり笑って「自分は塾の宿題を学校の宿題より優先すべきと思ったのでやらなかった。怒られても、自分で決めたことだから仕方ない」と、自分の行為を「正義」だと・・・いや正義は極端だな、「自然」だと思っている、ことはちょっと注目すべきことだと思う。

この自分で決めて与えられる公教育を「これはいらん、あれは拒否する」と選択するというのは「勉強の質」のみならず「宗教」「思想」などがからむケースも考えられよう。

漫画や小説とかでは、文化祭や体育祭を、「こんなの無駄! 勉強が遅れてしまう」と仮病とかで休んでガリ勉する子、というのは定番の悪役、あるいはその後改心する役だけど・・・これも「自分で決めたことだから仕方ない」というとにわかにカッコよくなる・・・かな??

「学校クーポン制」「学校選択制」にも関連して・・・

学校選択制やクーポン制というのが、主に新自由主義の立場で語られたとき、逆に土着保守的な立場からの反発が強かった。加藤紘一氏とかね。

その主張は、要は「地域というくくりで秀才も鈍才も、金持ちも貧乏人も、真面目もガキ大将も一緒に学び、同じ授業を受ける。そこに一体感が生まれ、社会の紐帯が生まれる。」というものだった。実際に、そういう部分はすごくある。


・・・しかし、一方でこれは「おおやにき」の大屋氏が新書でかいていたことだが、こういう地域の一体感は、その背後に

薄情もんが田舎の町にあと足で砂ばかけるって言われてさ。
出てくならおまえの身内も住めんようにしちゃるっていわれてさ。

こういう相互拘束、相互牽制も間違いなくある。
実際、学校選択制があれば、A君は地域の学校にはないレスリング部のあるあの学校を選べたかもしれない。B君は以前から憧れていた、「伝説の野球部監督」の下で学べたかもしれない。勉強のできるC君も、もっと偏差値の高い学校で学べたかもしれない。


これが大きな形での「自由を制限しての一体化」であるなら「みんな全員、夏休みはこの宿題をやってきなさい。頭のいい子も悪い子も、塾がある子もない子も。」というのも「自由を制限し、みなの一体性を保つ」ひとつの手段だったという面があるだろう。
 
しかし「私は塾の宿題を選びました。だから学校の宿題はやりません」
というのは・・・厳密な違いはあるけど、大幅に四捨五入するね。「新自由主義」的な発想なのであります。いや、以前サイバラ思想を定義したときに書いたように「リバタリアン」的発想というべきか・・・

■文化人としての西原理恵子と、サイバラ的政治思想について(毎日新聞
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20090829/p2

サイバラの娘さんも、経済的な不自由がなく、質の高い塾教育を受けることが出来るから比較考量の結果「塾の教育」を選ぶことができた、ともいえましょう。

「私立学校」「公立学校」の話にも関係するのだけど、実際に自身が高校教育を受けたときに深い軋轢を経験し、複雑な思いをしたサイバラはしばしばこの公立、私立教育について言及し・・・また子供がその年齢に達したときの選択は・・・これはまた実際に私的な問題として直面したときと、「これがいいと思う」という思想の乖離、一致はいろいろあるのだが。

ただ以前、「公務員の子供は、全員公立学校に行かせる法律をつくれ」とも主張していた。たぶん放言ギャグ・逆説ギャグ的な意味合いだとは思うんだが

でも、仮にまじめな主張だとすると、この是非もちょっとビミョーだ。
タカ派の政治家は、まず子供を自衛隊にいれろ!」的な意見とも取れるが『金持ちなのに、親戚に生活保護を・・・』的な批判ともつながるような・・・。


てかこの後「公務員なのに、子供は私学に通う」を問題視するスタンスで橋下徹がやったんだよな。
ああ、あった。

大阪市、職員の子の私学割合調査 学校選択制で橋下市長
http://www.47news.jp/CN/201201/CN2012011101001621.html
 大阪市橋下徹市長は11日、市立小中学校で導入を目指す学校選択制に関連し、市職員や教員の子供のうち何割が私立小中学校に通っているか調査する考えを明らかにした。市議会の一般質問で答弁した。

 学校選択制は子供の通学先について保護者の希望を反映させる制度で、市教育委員会は地域コミュニティーの人的つながりが希薄になるとして導入に慎重姿勢。

 これに対し市長は職員、教員の一定割合が私立を進学先として選んでいる実態を明らかにし、導入への反論にくぎを刺す狙いがありそうだ。

この結果はたしか「あんまり比率は変わらない」だったはずだけど。