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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

「橋下徹市政は、すべての会議をフルオープン化してくれた」と朝日記者。しかし・・・

例の話題になった、橋下徹を特集した朝日新聞のメディア問題専門雑誌「Journalism」を購入しました。ネット上に無料掲載され、大反響を呼んだデスクのコラム以外にも、実際の橋下番記者がやっている座談会もおもしろかったが、こういうくだりがあった。
・もともと大阪は、在阪放送局が独自の番組をつくり、紙面も独自。
・しかし政治部はないし、国会も取材できない。大阪府知事大阪市長もニュースにならない。
・そこに橋下徹が登場してきた。各社とも取材体制を強化、記者を増やした。
・だが・・・


「ただ、あまりにも発信量が多い。ぶら下がりや会見だけでなく、あらゆる会議をフルオープンでやるんです。一日中、橋下さんを追っかけているだけできゅうきゅうとしてしまう。しかも土曜日も日曜日も動き回っている。その膨大な発信の中で何がニュースかをチョイスしていくことが、非常に苦労するところです。

およそ民主主義社会で、公共の、行政の会議がフルオープンであることが悪いはずはない。原理原則からいえばだ。
実際にオンブズマンなどは、そういう制度・形式によって自治体を格付けしたりしているが、当然オープンが多ければ評価が高く、オープンが少なければ評価は低くなる。

「膨大すぎて追いきれない」というのも結果論で、あまりにあちらが作戦としてやっているとしたらハイリスクすぎる話。批判的なメディアが、不都合な事実や失言などを狙い続ければ、それを拾われるリスクが多くなるはず。
やはり橋下氏のパーソナリティのどこかには、古いタイプとちがった「公開」というものを恐れない何かがあるのだろう。
あるいは、それは「少々の傷があっても勢いで押し切れる!」といった乱暴な読みかもしれない。だが、それが政治家としての正統性を強化するアイテムになっていることは間違いない(「自分は会議をフルオープンにしている。僕を批判する平松前市長さんは、じゃあなんでそれをしなかったんですか?」みたいな)。


一筋縄ではいかないナショナル・ポピュリズム運動の新星・橋下徹
ただし、「あらゆる会議をフルオープン」するような公開性(勢いか信念か計算かはおいて)と、そのナショナル・ポピュリズム性はどこかで齟齬を来たすはず。そのときまで、その”公開性”はありがたく利用させてもらって、追うしかないのではないか。

Journalism 2012年7月号

Journalism 2012年7月号

特集は「〈橋下現象〉をどう報ずるか」――朝日・読売・朝日放送「橋下番記者」座談会「プロレス型政治家の『実像』と大阪のメディア事情」、「橋下の宣伝か! 」「足を引っ張るな! 」…書けば書くほど怒られる大阪社会部デスクの四面楚歌、朝日新聞政治部長が描く「橋下幻想」打破から始まる脱記者クラブへの道筋、「負の世論調査政治」で増幅される橋下・大阪維新の会バブル