INVISIBLE DOJO

移転しています。  この機に複数ブログを移管し、複数者で管理します 同日に数本UPすることも多いので、未読の記事ないか確認いただければ。

五輪にあわせた必読書「日本レスリングの物語」(柳澤健)〜後編は断片風に

これが前編です

■日本レスリング陣出陣!…の前に読んでおこう、「日本レスリングの物語」(柳澤健)〜前編
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20120805/p1

そのつづき。おお驚いた、ちゃんと後編を書く気だよ俺。
前編で、大きな流れは紹介できたと思うので、今回は断片集な感じで。

日本レスリングの物語

日本レスリングの物語

女子の活躍にみるように、近年躍進めざましい日本レスリング。その歴史は柔道やプロレスとの交流、確執に始まった。豊富な取材をもとに、日本レスリングの父・八田一朗から、黄金期を支えたスーパースターや天才たち、指導者たち、そして現在最前線で戦う選手たちまで、無数のドラマと多様な人物を描ききる力作。

レスリング、その世界的起源は。中央アジアレスリングとは?

ここはプロレス寄りというか、プロレスファンのほうが詳しかったり、逆にあやしげな伝説を信じたりするのでおさらい。

柳澤氏はレスリングを「騎馬遊牧民の、重い家畜を自在に動かす、生き物をコントロールスする技術」「中央アジアの騎士の技術」が根底にあるとしている。
ゆえに「西のボスポラス海峡から東のインダス河流域まで」実は無数の最強レスラーが近代以前にひしめいていて・・・これがその後のトルコ刈りに通じたり(後述)

しかしレスリングがギリシャ・ローマに起源を持つようなイメージがあるのはなぜか、というと・・・これも「植民地主義批判のあまり非科学的議論が多い」とも批判される「黒いアテネ」問題がある。。つまり・・・端的にこの本から引用していうと

永い間、ペルシャやモンゴルやアラビアやトルコから抑圧を受け続けたヨーロッパ人は、世界中の植民地化を図ると共に、メソポタミアではなくギリシャを文明の起源とする”世界史”を捏造した。

さて上に提示しただけでも、在野在朝のプロレス研究者らがかつて唱えた「農耕文明にこそ五穀豊穣を祈る相撲が生まれたのである」「儀礼として神に奉納する戦いが・・・」「パンクラチオンは独自の・・・」などの諸説との百家争鳴が楽しそうだが、今回の書評は「個別テーマだけえんえん書かない」のが自らに課した戒めである。先進むか。

黎明期近代レスリング(グレコ)とは”プロレス”である

19世紀末から20世紀初頭にかけて、フランスでは元軍人のジャン・エクスプロイヤが始めたプロフェッショナル・レスリングが爆発的な人気を呼んでいた。グレコローマンとは”ギリシャ・ローマ”という意味だ。エクスプロイヤは「・・・(略)自分たちのスタイルこそが、ギリシャやローマのレスラーが戦ったレスリングなのだ」と主張した。
実際はギリシャ時代のレスリングは下半身の攻撃もみとめられていたのだが、。それよりも重要なことは(略)試合の多くが、いわゆるプロレスであったことだ。試合結果はあらかじめ決められており、選手たちは一致協力して試合を盛り上げた・・・

あとから生まれたものが権威付けのために、「より古いものだ」と主張することを、江戸日本のワンアンドオンリーな思想家・富永仲基は「加上」と呼び、思想史の中でそれを法則化している。
http://kousyoublog.jp/?eid=2653
自分はウルトラマンよりゾフィーゾフィーよりウルトラの父、父よりキングがつおいのも「加上」だと思っている(笑)
はいはい、余談でした。

でまあ、このブームは19世紀末から20世紀初頭、明治の文明開化と有志の海外雄飛、そしてガス灯に浮かぶシャーロック・ホームズアバンチュリエな(初代)アルセーヌ・ルパンの時代でもある。イギリスで無敵無敗のスモール・タニこと谷幸雄や、夏目漱石正岡子規に「ロンドンで西洋の相撲(レスリング)を見たけど、すこぶる間抜けなものだ」と記した手紙など、いろいろあるのだが各自調査。このブログの過去ログにもしょっちゅう出てきます。

あ、上の余談ですが

柳澤健氏は近年柔道のルールで、下半身へのタックルじみた双手狩りなどが禁止され、「しっかり組み手を取り合ってきれいに一本投げるのが柔道だ」というふうな”美学”が喧伝されているのを「講道館イデオロギーのようでいて、実はグレコの伝統を受けたフランスの思想。いまや柔道は実際の競技人口からしてもフレンチ・ジュードーであり、フランスの手の平で講道館は踊っているだけ」と。
おまけに安全対策では10歩ほど先をフランスは進んでいたりとね(笑)。
詳しくは今年の文芸春秋

http://gekkan.bunshun.jp/articles/-/330
フランスに日本柔道は奪われた   柳澤健

日本レスラー列伝1 合気道を実戦化した”宮本武蔵笹原正三

この本の第4章は「ササハラの衝撃」である。(笹原の業績は5章にも続く)
笹原正三は、漫画みたいなパターンというとへんだが、根性論に対し、理論や技術を重んじたレスラーだったと言う。その合理性は戦時中「いまは鬼畜米英とか言ってるが、国際語だから滅びるはずは無い」と英語を学び続けたという逸話でも分かるだろう。その英語はレスリングでも彼を伸ばすことになる。
全米選手権、初の日本王者。東京五輪に先立つ東京世界選手権でも優勝。
意外なことか、今でもそうかはよく分からないけど、柔道からの転向組が多いせい?で当時の日本は「投げは強いが寝技は弱い」とされていた。しかし笹原は、東京選手権で対戦したトルコ選手の技を再生し、その上でさらに改良を加える。
この技〜「股裂き」は、英語名を「ササハラレッグシザース」というのである!!
当時の寝技の習得というのは今と違い・・・貴重な八ミリフィルムでも使わない限り(ソ連では使った)試合の映像なんて残せない。複雑な寝技の、ちょっとしたこつを、映像抜きで相手から盗むというのが今より何百倍も難しかったのだ。
笹原も、トルコの技の再現のために「3カ月」を要した、とある。
これは、いわゆる「視覚記憶」「映像記憶」というものにも通じるかもしれない。未完の柔道漫画「からん」では、キーとなる少女選手が、まさにこの映像記憶を持っているという面白い設定があったが・・・笹原も。

笹原の優秀な頭脳には、自身が見た世界のレスリングが映像として組み込まれており、笹原はその映像のすべてを自分の身体で再現することが出来た。

あれだな、実戦経験がなくても一流選手の試合を見ていたんで身体が勝手にうごき、ミキサー大帝に勝てたミート君もこの映像記憶の持ち主かもしれん(笑)


次、次。
やっと合気道の話。
実は上の、「中央アジアレスリングのすごさ」を柳澤が紹介した章は、流れとしては「笹原はなんと、その中央アジアに乗り込んで圧倒的に強かったのだ」というふうに続く。
その秘密が合気道にある、と。
実は、前の記事でメインに据えた八田一朗がこの功績にかかわる。

八田は合気道に注目し・・・自ら入門。効果を確かめた上で半ば強引に笹原に合気道をやらせた

日本柔道界の上層部の皆さん、金メダルゼロを嘆く前に、これだけのことをしてましたかい?いや余談。

そして笹原は、瞬間的に関節を極めつつ攻めるようになった。・・・(技術的な部分は(略))こうしてガラ空きとなった相手の左脇に、笹原は悠々とタックル・・・

合気道といえば幻想と神秘=うさんくさい、というイメージもあるでしょうが、実は一番近代化された格闘スポーツの中でその”証明”がされていたと。


そして1960年、ローマ五輪のアメリカ代表監督から「英語で技術書を書いてくれ」と笹原は依頼を受け、「サイエンティフィック・アプローチ・トゥ・レスリング」を執筆する。根性論ではなく科学と合理を追求した笹原らしい書名のこの本は、神秘の合気道応用技術なども、日本にとどめずに全世界に公開することとなった。
なにしろFIFAが「連続写真だけ抜き出したバージョンを世界中に配って技術向上に当てる」という決定をしたので、非英語圏へも広まったのだ(笑)
余談だが大山倍達の英語技術解説書「What is karate?」は1958年初版だという。
http://blogs.masoyama.net/?eid=16

この笹原の本が世界に与えた影響は、2006年の中国で・・・このあとは同書を参照のこと。

レスリング、三船十段「空気投げ」の”冤罪”晴らす

ローマ五輪の話。

次の対戦相手はソ連のカラバエフ。この試合に勝てば市口のメダルが確定する。しかし3分20秒、市口はカラバエフの見事な投げをカウンターで食らい、フォール負けを喫した。
呆然とする市口に、八田一朗は言った。
「市口、技を覚えろよ。今のは隅落としだ」
隅落とし!
別名は”空気投げ”である。柔道の神様と歌われた三船久蔵十段が考案し、柔道着を持った手以外、相手に一切触れることなく投げるためにこう呼ばれた。
(略)
しかし、乱捕りの相手が三船の弟子ばかりであったため「あんな技がかかるはずがない。弟子たちはわざと投げられているに違いない」と周囲から疑惑を持たれたことも事実だった。
ところが、空気投げは持ち手のないレスリングでも実在した。三船久蔵の弟子である八田一朗はこともなげに「今のは隅落としだ」と言ったのである。

このくだりを、著者の柳澤健氏は
「格闘技の奥行きは私たちの想像を超えて深い」としめくくっている。
隅落としは同書でしばらくすると再び登場するが・・・そのへんは各自参照。



日本レスラー列伝2 後の先!八田一朗も理解できなかった異才・金子正明

すまん笹原紹介に時間を割きすぎたのであとは駆け足、または引用のみ

「金子さんはおそろしく強かった。その日の練習パートナーにされるのが怖くて、目を合わせないようにずっと下を向いていた」
 
「今の選手がみたらみんな笑うよ。タックルを取られて持ち上げられちゃう・・・でも・・・下に落ちたときにはなぜか金子さんが上に・・・」

と同時代の選手が証言する不思議な強さを持つ金子だったが、なんとそれに対して・・・。前時代の功労者も、いつかは時代の障害となる日が来る。

八田一朗の目に、タックルを受けることから始まる金子のレスリングは消極的に写った。金子のレスリングがどうしても理解できない八田は・・・

何をしたか?は同書を参照のこと。

日本レスラー列伝3 アメリカで伝説になった男〜上武洋次郎(※現在、姓は小幡)

日本ではほとんど知られていないが、上武洋次郎のカレッジ・レスリングにおける活躍は伝説の領域に属している・・・レスリング関係者の投票で選ばれた60年代最高の選手でもある。ちなみに50年代最高の選手は、プロレスラーとしても知られるダニー・ホッジ、70年代は・・・ダン・ゲーブルである。
 
アメリカでの上武さんは正に神様。NCAAで全勝なんてあり得ない。超人としかいいようがない」

日本レスラー列伝4 ”天才の中の天才” 高田裕司

天才という言葉をこの書評では乱発気味だが、その中でもぬきんでた天才性を見せたのはこの高田だったという

「つかみどころがない。水の上に浮かんだボールを取るような感じ、・・・瞬間にふわっといなくなる」
「手がレーダーみたいになっていて・・・」
イチローみたいなもの」
「僕と同世代のアメリカのレスラーたちは皆『ユージ・タカダこそが世界のベストレスラー』」
「ただ、高田の最初のころは負けている。下になったことがないからブリッジが出来ない・・・逃げ方を知らなくてフォール負け・・・練習でもブリッジはやらない、そもそも下にならないから(笑)」

ところが、長嶋監督と同じ、というべきだろうか・・・指導者になったときはこの天才すぎる才能がわざわいとなる。1990年代後半、日本のレスリングを改造するためにコーチとなっていたセルゲイ・ベログラゾフと、そのレスリング観は相容れず、セルゲイが去ることになるが・・・この後は同書参照

ある時期の「日本の迷走」、ちびっこレスリング、女子レスリング・・・

について紹介できれば、自分の感想・紹介としてはひととおり完成するのだが、何しろ上にある文章を書いてきたので疲労コンパイした。
そもそもそのへんの話は、安全性や競技拡大という点でも独立して論じることもできそうなので、またの機会に。
とりあえずの一区切りで。

(暫定的な完)


過去の同書関連記事再紹介

■韓国レスリングも活躍するはず。その背景には・・・
『今年は、朝鮮半島出身者の「レスリング全日本制覇75周年」/「明大レスリング部強制退部70周年」』
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20120630/p1
 
ダニー・ホッジについて
『今年80歳…”鳥人”でなく「伝説のアマレスラー」たるダニー・ホッジにインタビューを』
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20120619/p3


参考リンク紹介

専門翻訳家で、昨年シャーロック・ホームズの研究書を出した著者の「翻訳blog」
http://sanjuro.cocolog-nifty.com/blog/
の中の、特に「格闘技」カテゴリ。
http://sanjuro.cocolog-nifty.com/blog/cat1911706/index.html
この中に
レスリングは庶民の娯楽という位置づけがされかかったが、一人の名士が『これこそ紳士のスポーツ』とプッシュしたので”格”があがった。その人こそ誰あろう、コナン・ドイルである」という記事があったはずなのだが、ちょっと今見つからなかった。

【補足】これ、リンク先に聞いて分かりました。コナン・ドイルによって格が上がり、紳士のスポーツ扱いされたのは「ボクシング」のほう。レスリングはそういう人がいなかった・・・という記事の、当方の記憶違いでした。


最新記事だと、最初のロンドン五輪のとき、コナン・ドイルは英国五輪委の役員を勤めていたんだって。
http://sanjuro.cocolog-nifty.com/blog/2012/08/1908-75e8.html