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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

イランでは今も「ズルハネ」で鍛える男たちがいる・…そしてアイアン・シーク

朝日新聞1月31日「特派員メモ」神田大介記者

「男たちの闘い」
http://digital.asahi.com/articles/ASG1Z5JMGG1ZUHBI019.html
テヘランの街角にはズールハーネという施設がある。直訳すれば「力の家」。ペルシャ帝国時代の戦士の訓練法を今に伝えていると聞き、見学に行った。

 ・・・(略)男たちは、ひざ下まであるペイズリー柄のズボンをはいている。準備運動を終えると、太鼓の音にあわせて歌が始まった。

 巨大なこん棒のような器具を両手に1本ずつ持ち、構える。太さは野球のバットの3〜4倍、重さは物によって10キロから50キロまであるとか。

 と言っても、殴り合うわけではない。リズムにあわせてその場で上げたり下ろしたりの、いわば集団筋力トレーニング…(後略)

おお!もうプロレスファンにはお分かりだろう。
日本ではいろんな経緯で「コシティ」と呼ばれるようになったあのトレーニング(の道具)。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%82%B7%E3%83%86%E3%82%A3
コシティーという単語は日本のプロレス関係者の間では棍棒状のトレーニング器具の名称として知られている。この器具は本来ミール(meel=杵)という農具で、クシュティーでトレーニングに使用する道具である。主に木製で、先が太く握りが細い形状で、振り回して握力や腕力を鍛える。格闘技名と道具名が混同されて伝わった。この道具は、プロレスの神様といわれるカール・ゴッチからアントニオ猪木に伝えられ、新日本プロレスの道場での伝統的なトレーニングの一つとなっている。
このミールと名称も使用法も同じ道具がイランの伝統的ボディビル・ズルハネに存在する。

どこがどーいうふうに混同されたか、比較的分かりやすい「誤解」である。
ともあれ、2014年の今も、このズルハネに精を出しているイラン人たちがいる、という貴重なレポート。


そしてイラン・・・を含めた中東、中央アジアこそが「レスリングの源流、本家」なのだという。

■五輪にあわせた必読書「日本レスリングの物語」(柳澤健)〜後編は断片風に
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20120806/p1
 柳澤氏はレスリングを「騎馬遊牧民の、重い家畜を自在に動かす、生き物をコントロールスする技術」「中央アジアの騎士の技術」が根底にあるとしている。
ゆえに「西のボスポラス海峡から東のインダス河流域まで」実は無数の最強レスラーが近代以前にひしめいていて・・・これがその後のトルコ刈りに通じたり(後述)
しかしレスリングがギリシャ・ローマに起源を持つようなイメージがあるのはなぜか、というと・・・これも「植民地主義批判のあまり非科学的議論が多い」とも批判される「黒いアテネ」問題がある。。つまり・・・端的にこの本から引用していうと

永い間、ペルシャやモンゴルやアラビアやトルコから抑圧を受け続けたヨーロッパ人は、世界中の植民地化を図ると共に、メソポタミアではなくギリシャを文明の起源とする”世界史”を捏造した。

 
柳澤健2万字インタビュー…レスリングの歴史、そして裏面史
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20130330/p1

ギリシャ・ローマ・・・に仮託して近代に広まったヨーロッパレスリングとは別の系譜として、中央アジアに勃興した遊牧民族の帝国(ペルシャ、トルコ、モンゴル…)は、ガチで数千年の歴史を持つレスリングがあった(ロシアもタタールのくびきをはじめとする、その帝国の影響が強い)。だから世界のレスリングはIOC,オリンピック以上に古いけど、、決定権を持つIOC=ヨーロッパの影響力は小さい。それじゃIOCは面白くない

日本レスリングの物語

日本レスリングの物語

そして、そこから出てきたイランのアマレス強豪、のちにプロレスラーとなったアイアン・シーク。プロレスでは国籍を適当に名乗ることも多いが、ガチでイラン人。イラン革命を嫌って亡命したのに、マット上ではその革命イランのキャラクターを全面に出して悪役人気を高め、世界王者になったことも。
映画「レスラー」に登場する「ジ・アヤットラー」のモデル。

そしてガチでイラン人であり、ガチで強かった……。

木村政彦の一番弟子・岩釣兼生を極めた男?WWFの隠れシューター、アイアン・シーク伝説 - Togetterまとめ
http://togetter.com/li/505571

ウィキペディアの「アイアン・シーク」

イランではクシュティレスリングの選手として活躍し、モハンマド・レザー・パフラヴィーのボディーガードも務めていたという……1970年にイランからアメリカ合衆国に亡命後、翌年のAAU選手権に優勝し、1972年のミュンヘンオリンピック、1976年のモントリオールオリンピックに米国代表チームのアシスタント・コーチとして参加した。
1972年にAWAの世界チャンピオン兼オーナーであったバーン・ガニアに見出されてプロレスラーとしてデビュー。…1978年、アイアン・シークと改名してヒールに転向…テヘランアメリカ大使館人質事件が発生、皮肉にもこれが彼をトップ・ヒールの地位に押し上げることとなった…

実は、神田記者のレポートの最後に「男たちのおなかが大きく突き出ている」とある。「ダイエットのためにここに通っているからだ」という証言を得ているが、実は自分は「コシティを使うと、実は腹の筋肉が前に出るように鍛えられるのではないか?」という仮説を抱き、アイアン・シークの画像を検索した。
「やっぱりアイアンシークも腹が出ている!コシティはそうなんじゃないか?」と思った・・・のだが、これはだいぶ歳をとった現役晩年のときで、全盛期はふつうにおなかの引っ込んだマッチョだったと分かった(笑)。


      仮説はなりたたず。
               以上。

ちなみに写真は、ソ連人(当時)を名乗る反共亡命ユーゴ人、怪力無双のニコリ・ボルコフと組んだタッグチーム、その名も「アンチ・アメリカンズ」。
 

さらにちなみに、コシティ(不正確な呼び名だが)を導入したカール・ゴッチから藤原嘉明らに受け継がれたこのこん棒は「どうせ、俺らが出てけば残った新日本のやつらは使わないんだし」という手前勝手な理屈で、UWFの関係者がこっそり持っていった…とかいないとか。