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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

司馬遼太郎が、浄土真宗のアメリカ軍人への説明に苦労した話(25日から法然・親鸞展)

http://www.honen-shinran.com/outline.html
法然上人八百回忌・親鸞聖人七百五十回忌
特別展「法然親鸞 ゆかりの名宝」
平成23年10月25日(火)〜12月4日(日) 【36日間】
休館日 毎週月曜日
会場 東京国立博物館 平成館(台東区上野公園13-9)

が、はじまるざますよ。

http://www.asahi.com/event/honen-shinran/

……混迷の平安末期に登場し、鎌倉仏教の先駆者となった浄土宗の宗祖・法然と、その弟子で後に浄土真宗の宗祖になった親鸞の全体像を、合わせて一挙に紹介する史上初の大合同展が実現します。それぞれの没後800回忌と750回忌にあたる節目の年に、絵伝、書画、仏像など、国宝・重要文化財94件を含む計約190件のゆかりの名宝が一堂に会します。 法然は、念仏をとなえれば往生できると説きました。40歳年下の親鸞はその念仏の教えをより一層深めました。いずれも重要文化財である「選択本願念仏集(せんちゃくほんがんねんぶつしゅう)」(京都・廬山寺蔵)や「歎異抄(たんにしょう)」(京都・西本願寺蔵)などの書物を通じて2人の思想をひもとくと同時に、国宝「法然上人絵伝(ほうねんしょうにんえでん)」(京都・知恩院蔵)などで…


さて、この機会に長らく温めておいたエピソードを紹介したい。
この話がわたし、好きで好きでねえ。

司馬遼太郎街道をゆく」より。

昭和二十三、四年といえば、戦後ほどもなく、日本じゅうが、焼跡だらけのころである。その上、いわゆる進駐軍がいて、日本は厳密な意味では独立国ではなく、”オキュバイドジャパン(占領された日本)”だった。
 京都にも、四条烏丸をすこしさがった西側のビル(当時”大建ビル”とよばれていた)に司令部があった。
私は、新聞社にいて、京都で大学と宗教を担当していた。あるとき司令部によびだされて、「本願寺は悪人こそ天国にゆけると鼓吹しているようだが、ほんとうか」
 と、質問をうけた。私は、キリスト教の原理をもちだして悪人の説明をしようとしたが、そんな語学力がなく、自分の手持ちの単語だけで喋ろうとして、つい、
 「すると、あなたは善人か
 と、反問した。これなら私の中学生英語で足りたのである。
 「いかにも私は善人のつもりである
係官が、非哲学的な顔つきで言った。要するに、善悪を小学校で教える道徳用語としてかれは理解しているのである。
 このため、当方はあらためて親鸞の“善人”の定義を説明せざるをえなくなったが、単語の在庫品がしばしば尽き、四苦八苦した。通訳らしい二世の下士官がいたのだが、この人の日本知識がたよりなかった。
 「悪人とは、オーディナリー・マン(凡人)のことをいうのである」
 と、私は初等英語でいったために、単純なアメリカ軍人を跳びあがらせた。平凡な人こそ尊い、というのが近代の共通の約束ごとなのである。
 「くりかえしてきくが、平凡な人間は悪人か」
 と、相手がいった。
 「ちょっと待ってくれ。古い仏教では、平凡な人間は解脱する能力がないとした。解脱とは、仏教の最高の価値であり、理想とされる境地である」
 といってみたが、じつは解脱という単語が私にも二世下士官にもわからず、結局“自分をサルベーション(救助)”するといった。その解脱は、天才のみにおいて可能だともいった。たとえば、私は自分の力で自分を救助できない
 「君が、か」
 米軍佐官が、バカにしたような顔をした。かれは、私のことばを、小学生になってもオムツをしている、つまり排泄した自分のモノも自分で始末できない、というふうにうけたのかもしれない。マックァーサー元帥が、日本人は十二歳のこどもだ、といった時期なのである。
 「これは形而上的な問題である」
 と、私はいった。
 「自分で自分を救うには、戒律を守り、仏教学をおさめ、苦行をし、しかもうまれついての智恵がなけれならない。そういう人を善人というのだ。そうでない者を悪人という。つまり、われわれのことであり、平凡な人のことをさすのである
 「ふつう日本語での善人・悪人はそういう意味につかわれるのか」
 と、佐官がいった。
 「いや、親鸞だけである。かれは『歎異抄』のなかでつかっている」
歎異抄』のなかでの善人・悪人は倫理上のことばではなかろう。道具や機械にたとえると、品質のよしあしのことらしく、お釈迦様にくらべれば天才的宗教者以外のたれもが でき(品質)がわるく、肉食をしたり、 女犯を犯したりする。むしろできがわるいからこそ人間であるともいえる。
 十三世紀の親鸞は、師の法然のみちびきで、『阿弥陀経』のなかにおいて、阿弥陀如来の”機能“を知るのである。
 阿弥陀如来は、ひたすらに人間を救済し、人間の出来・不出来を問わない。いっそ、阿弥陀如来の機能(本願)にすがればよいではないか、自力で解脱しようとして生はんかな生悟りをするより、自力をすて、ひたすら他力(他とは阿弥陀如来のこと)にすがりつづけるべきではないか、と親鸞はおもった。かれは『歎異抄』においてそれを強調するあまり、「天才でさえお浄土に往けるのだ。ましてふつうの人間は往けるよ」(善人なおもて往生をとぐ、いはんや悪人をや)という修辞をつかったのである。
 結局、右のことは、コンニャク問答におわった。(後略)

ふ−−−−−ーーーつかれたーーー。だが充実感(写しただけのくせに)。

日本を占領した米軍の、ばかばかしいぐらいの、異文化を自国の基準に当てはめて理解しようとする姿勢(それでも、理解しようという善意も無くはない)、それを当代一流の知識人が説明しようと思っても、そもそもコードが違うので伝わりずらい滑稽さ、さらに翻訳の問題まで加わってしっちゃかめっちゃかなスラップスティック喜劇に。




山本七平が捕虜収容所で、一生懸命進化論をどや顔で講義する米軍士官に対してつい「そんなの自分は『こどもの科学』で読んだ。日本はモンキートライアル(進化論裁判)のあるアメリカほど野蛮ではない」と言い返したところ…
http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2005/10/post_bcc0.html
から孫引く。

山本 (略)…つまり天皇ファンダメンタリストがあれば、進化論を否定しなくちゃおかしいですよね。天皇がサルの子孫であるというのは容認できないでしょう。あれは神の子孫のはずでしょう。
小室 ところが誰も問題にしない。
山本 そればかりか不思議なことに、戦争中、平気で進化論を教えているわけですよ。だから私、フィリピンの収容所でアメリカ兵に進化論の説明をされて、こっちははなはだしゃくにさわるわけなんです。このアホ、なにいってんだと。中学校程度の知識をもって、おれに進化論を説明するとはなにごとだ。だから逆にそのときビーグル号かなにかの話をしてやったんです。そうすると相手は驚いちゃうわけです。ところが、先方は「それじゃ、おまえたちは現人神がサルの子孫だと思っていたのか」と
小室 日本人、誰もこの矛盾に気がつかない。
山本 気がつかない。アメリカ兵にそこを指摘されたとき、こっちはあっと驚くわけです。つまり天皇が現人神だといっていた国には、進化論はあるはずがない、彼らから見ればそれが論理的帰結ですから一所懸命、進化論の説明をして…(略)

という、有名な話があるが、上記の司馬、山本の2つのエピソードを、「占領期・三大日米対話」のふたつとしたい
あとひとつは何かって言われると、決めてないんだけどさ(笑)


ちなみに上の文章は同書の「念仏と禅」という章から。このあと読んでいくと、一休さんの生涯や思想を司馬が考察した文章もあり、長期シリーズ「街道をゆく」の中でもかなりお勧めの一冊だ。入門書としても、究極の一冊としても。

追記

あとひとつはこれにしとこう

ちょえ1990 ‏@choe1990 2分
3大日米対話残りはマッカーサー草案を白洲次郎に示したときの「われわれは原子力の光でひなたぼっこをしていたんだ」…ブラックすぎますか?
https://twitter.com/choe1990/status/420194054228283392