「この神経組織を培養して…ここから取り出せば…目には見えずとも、狂犬病のウイルスがあるはずだ!!」
アナウンサー「医学界の巨星ルイ・パスツール!!目に見えないウイルスを相手取り、そのスケール豊かな研究が世界をわかせています!」
コッホ 「北里、そこだっいけっ!」北里「先生っやりました!!」
アナウンサー「コッホの愛弟子北里がついに破傷風菌を発見!!研究者としてだけでなく、教育者としても一流、ロベルト・コッホ!!」ルイ・パスツールとロベルト・コッホ!!
コッホが医学界の真紅に燃える太陽なら、パスツールは静かに輝く巨星か?
それぞれまったくタイプの違う魅力と発見で天下を二つにわけたPC砲は、ON砲とおなじく最大の戦友であり、宿命のライバルでもあった!!◇ ◇ ◇ ◇
「なっ、ナンダ!!おなじ酒石酸に、2種類あるんだって!!」
「何でも右手と左手のように、鏡で合わせたように形が違うということだが…ハテ!??」
アナ「パスツール、なんとも不思議な技を見せたっ、原子と原子が複雑に絡みついている!!」
これぞ、のちにファン投票で「光学異性体」と名づけられた物質の正体であった!!鏡に映った姿のようなので鏡像異性体とも呼ばれる!1843年、弱冠20歳のパスツールの、最初の大発見であった!!!
そして彼は、栄光への道を歩み始める!
しかし−−−−−−−。
この年、ライン川を隔てた隣国ドイツ!!鉱山採掘で栄え、荒くれ者だがきっぷのいい鉱夫たちが集うクラウシュタールで、ひとりの男子が産声を上げ、ロベルトと命名された!!
ああ、その男がパスツールの生涯において立ちはだかるライバル、コッホであることは神のみぞ知ることであった!!!
◇ ◇ ◇ ◇
しかし、その最強の挑戦者をのんびり待つ余裕はなく−−−パスツールは当時、不動の科学真理として君臨していた「生物自然発生説」とのタイトル戦に挑んだ!!
「きさまかっ!?このごろ密閉した容器の食物は腐らねえとか言って、おれにケチをつける若僧はっ?しゃらくせえ、生物は自然に生まれるが、それには空気が必要だってだけのこった!!」
「・・・た、たしかに密閉するだけの正攻法では『空気がないから自然発生しないだけだ』という主張に反論できん!ケンカだっ!ケンカ実験殺法しかない!!」
「あーっ、パスツール何を思ったか!!なんとフラスコの首を火であぶって溶かし始めた!」
「なっ、なんてムチャをしくさる!それで密閉したら空気がこないだけだゼ!」
「フフフ・・・だれが密閉すると言った?こうするんだッツ!!」
観客「ああーー、フラスコの首が細く!!長く!! 」
「ま、まるで白鳥のようだっ!!」
これが「白鳥の首実験」が生まれた瞬間であった!!
「へへへ、自然発生説よ、これで空気にフラスコの中のスープは触れているからお説の通りなら腐るはずだぜ。しかし、細菌説なら、この白鳥の曲がった首の部分に細菌は溜まるだけで、腐らない…これでジ・エンドだ!!」
「ホゲ〜〜〜!!」
「パスツール、ついに難敵・自然発生説を撃破!!細菌学の地平に新しい光をもたらしました!!」◇ ◇ ◇ ◇
この激闘のあと、パスツールは英国エジンバラ大で石炭酸による消毒手術を主張したジョゼフ・リスターと最強タッグを組み−−−細菌の発見を「消毒法」につなげ、実社会に画期的な貢献をしていく!!まさにその栄光は絶頂期にあった!!
それをリングサイドで見つめる一人のドイツの若者。
「こ…これほどの男と競争しようなんて、たしかに十年早いのか? い、いや俺はゴーイング・マイウェイ!!現在の細菌培養方法を改良した、実戦用培地法を身につけ、パスツールさんを追う!!!」この男、コッホがパスツールの研究をみつめる目つきはギラギラ燃えていた、という。
そして−−−−
1876年、ブレスラウ大の公開実験!!
「ほざくないなかっぺ!」
「いなかの村医者め、ブレスラウ大じゃお呼びじゃないぞ!!」
最初はコッホに、ブーイングがとびかったが…
「ああっ、ネズミが炭疽病にかかる!」「あんなに早く、あんなに重く!!」
ブラスラウ大にも一夜にしてコッホブーム!!!!
ある微生物と、ある病気の因果関係の確定は、このときをもって第1号とす!!「炭疽菌の、胞子から桿菌への変化も発見した上で、コッホの三原則まで打ちたてれば…おれはパスツールさんともはや対等!!」
だが、まだ対等ではなかった!!
パスツールは1881年、フランスはムーランで……どえらい仕事をやってのけたのだ!!(続く)
◇ ◇ ◇ ◇
パスツールは細菌の研究を一歩進めて、コッホの見つけた炭疽病の「ワクチン」製造に乗り出した!ジェンナーから続く「人為的に軽い病気にかかれば、免疫ができて重病にはならない」という考えからワクチンを作ったのだが、しかし……
「パスツールなんてへなちょこ野郎がワクチンをつくるなんて、10年どころか100年早いぜ!どうしてもって言うなら、この羊たちにみごと免疫を与えてみやがれっ!」
本家の炭疽病菌が怒り出したからさあ大変!!
「パスツール、悪いことはいわん、炭疽病ワクチンの公開実験だけはやめておいたほうがいい…」
「コッホ、君はだれよりも知ってるだろ?敵が強いときけばきくほど、おれはカッカ燃えるのさ!」
そして−−−
パスツールは48頭の羊の半数にワクチンを打ち、半分にワクチンは打たないまま、すべての羊に炭疽菌を注入した!!
「イチか…バチか!!この実験が失敗したら、たちまちのうちに俺の名声も地獄へまっさかさまよ…」
しかし!!実験はみごと大成功!!48時間を経過した後、ワクチン無しはすべて死亡!ワクチンありはすべて生存していた!!!「コッホ君よ…君が発見した炭疽菌を、このパスツールがワクチンで予防法を確立したぞ!? さあ君はこのまま黙ってはいまい。どう出てくる?」
このパスツールの予感は正しかった!!
コッホは自分の研究がパスツールの踏み台に使われたことに抗議し、名声の分け前をパートナーとして得る選択もあったが…。
この公開実験の衝撃を越える、世界を動かす大発見でこれに対処しようとしていたのだ!!!!その敵は「結核」といった!!
◇ ◇ ◇ ◇
結核!!!
またの異名を「国民病」「亡国病」とまで呼ばれた死の病!!空気感染を行う恐ろしい伝染病!!
いまなお人類は、この病気に完勝したとはいえない永遠のライバルだが…勝てぬまでも、完敗続きだった人類が猛反撃を開始し、優勢に試合を進めているのは−−−実にコッホの先陣一騎駆けから始まった!!コッホ「おれはパスツールさんに対抗するため、液体の培養液での細菌増殖を改良した!寒天で固めた培地シャーレに菌を塗り、コロニーから菌を採取して育てる方法を編み出したが−−−そこまでは考えたが…だ、だが結核菌は透明な菌らしく、いくら顕微鏡を覗いても発見できねえ…クッ!!ひょっとして…おれはもうだめかもしれん」
しかし…かりに医学の神、科学の神というものがあるなら、
その神は…コッホを見捨てなかった!
奇跡がおこりつつあった!!!
「実験台にしてやる!!あれから考えに考え抜いた新必殺技の成果を、宿命の敵、結核菌相手に!!」
◇ ◇ ◇ ◇結核菌「染色に来てみろ、もろに失敗させてやるっ」フフフ・・・
しかし!!
結核菌「ワ…ワッ!!」
アナ「出…出たあ!!!チール・ネールゼン染色法!!宇宙時代の必殺技!!一旦染色後、塩酸アルコールで脱色されては、他の細菌は見えなくなっても結核菌だけは赤く残る!!!」それも2種類の染料を使うコッホ・オリジナルだった!!
のちに、細胞壁の脂質含量と関係していると分かるが……
http://vetweb.agri.kagoshima-u.ac.jp/vetpub/dr_okamoto/Forum/FtoT/Yoton10.html
「この一発で、結核菌はもはや心の旅路……自分の名前、生年月日もわからんはず!!もはや牙を抜かれた老いぼれライオン!!」
「じゃっかましい!」
されど、結核菌は他に例のない増殖の遅さが有った!!古代からの「伝染病の王」の誇りをかけて、ねばりに粘る結核菌だが…ああ、ついに!!
シャーレに純粋培養の結核コロニーが出現!!!
その菌は、実験用ねずみに確実に結核の症状をもたらした!!
人類の反撃ののろしが、ここにあがったのだ!!◇ ◇ ◇ ◇
PC砲のわかれ……パスツールとコッホの、医学者としての生き方、いく道はハッキリ分かれた!!1883年、エジプトで発生したコレラ…これを舞台に、現地に直接乗り込んだコッホと、パスツールの弟子が対決!!しかしコッホはみごとにコレラ菌を発見、弟子は逆にこれらに感染して死亡……。翌年コッホはベルリン大の教授となり、ベーリング、エールリッヒ、北里柴三郎らを育てた!!
「北里、わがベルリン大へこい!現在おれが教授だが、もし万が一おれ以上の発見をしたら、おまえを教授にしてやるよッ ハハハハ!!」
「そ、そんなこと言って大丈夫ですかコッホさん?ぼくにも帝大を出て福沢諭吉の知遇を受けたプライドがあり、研究者としては自信がありますよ」
「だろうな おれに3分で勝つほど強い研究者だもの!(ニヤニヤ)男の約束だっ、勝って教授になれ!」
男心は男が知る!!コッホの自信と人間的魅力にすっかりほれ込んだ北里はのちに日本に「コッホ神社」を建立、その後北里もそこに祭られ、現在もコッホ北里神社として残る……。一方で齢60を越えた老境のパスツールだが…!弟子の敵討ちとばかりに、最初に紹介したように恐怖の新鋭……当時のヨーロッパで大猛威を振るった狂犬病の研究に邁進!!
「せ…先生、なんたる無茶を!!狂犬病は細菌よりずっと小さいウイルスです、顕微鏡では発見できません!(※と、分かるのは後年です)」
「ふふふ、弟子のきみはりこうだ!!成功するだろう!!しかしこのパスツール、のぞんでバカになったのだ!そのバカが、狂犬病に挑むのだ!」
しかし…かりに医学の神、科学の神というものがあるなら、
その神は…パスツールを見捨てなかった!(またかよ)パスツールは、病原体を発見できないままでワクチンの製造に成功!!
それを接種され、一命を取り留めた「患者第一号(異説もある)」の少年は、その恩に報いるためにパスツール研究所の守衛として長年勤務!!第二次世界大戦でパリを占領したナチスドイツの軍隊に抵抗し、パスツールに救われた命を終えたという…。当時の独仏関係も影響し、学会で対面してもしたしく話し合うこともなかった二人…。パスツールは論文冒頭に「プロシア人に嫌悪をこめて」とわざわざ記せば、コッホはパスツールのワクチン販売を「科学が拒絶すべき商売広告」だと論文で批判…
ふたりの場外対決がマスコミでささやかれているが…
パスツールがいたからコッホがある!!
コッホがいたからパスツールがある!!
そして何よりも、今の医学がある!!
この事実さえ忘れなければ、まだまだ科学は進歩していくはず!!
(おわり)
「科学者スーパースター列伝」とは? & 諸注意
科学者スーパースター列伝は、筆者がノーベル賞の報道に接したり、なにか悪いものを食べたりすると突発的に誕生します。今回が第三回です。
■科学者スーパースター列伝・元素の魔術師!メンデレーエフ
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20080919#p1
■科学者スーパースター列伝 電気の神様!マイケル・ファラデー
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20101007/p4
(関連)
■もし高校野球の女子マネージャーが梶原一騎作・原田久仁信画の『プロレススーパースター列伝』を読んだら
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20110515/p1
・複数の資料が矛盾しているときは「どれがウケるか」で判断しました。
・一般の方が「なんかわかんない」と思った表現は、たぶん主に「プロレススーパースター列伝」のパロディです。わかんない人は置いていきます。
・科学に疎い方(あるいは詳しい方)が「なんかわかんない」と思った科学的説明は、どうせ適当に書いた部分です。まぁこの間違いで人が死ぬわけじゃないし。
今回の元ネタ
前回までは複数の資料を組み合わせましたが、今回は思ったほど(地元図書館に)資料が少なく、ウィキペディアや検索によるネット上の資料を除いては、ほぼ単一の資料に依拠しました。
- 作者: 茨木保
- 出版社/メーカー: 医学書院
- 発売日: 2008/02/01
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年代や年齢の資料はともかく、二人のライバル関係の位置づけやトピックの「選択」や「意義付け」はほとんどこれに沿ったものです(そこに「プロレススーパースター列伝」のパロディに強引にねじこんだずれがあるのです)。
これ以外にもパスツールのアルコール研究の話や愛国話、晩年に糟糠の妻を捨てて若い後妻に走ったコッホの話など、めちゃ面白いエピソードがあります。
また、これとは別に
「麻酔」や「消毒」の発見をめぐるドラマも驚くほど面白いです。とくに麻酔は、金銭や名誉も絡み、ほぼ関わった人すべてが不幸になるようなギリシャ悲劇ばりの物語。
ぜひとも今回の列伝の「原作」(勝手に…)の一読をお勧めします。
この前、この本を紹介したエントリ(後半部分)
■村上もとか「仁−JIN」から〜 さて私たちはタイムスリップしたとき何の技術を見せられるか?
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20110421/p2