毎日新聞「余録」より。
http://mainichi.jp/select/opinion/yoroku/news/20110702ddm001070008000c.html
タコが陸で昼寝をしていると猫が来て8本の足のうち7本を食べてしまった。目を覚まして怒ったタコは、猫を海に引きずり込んでやろうと「おいで、おいで」をする。だが猫、
「その手は食わん」
格闘技的にも、自分の得意な分野に引き込もうとする両者のやり方は正しいが、こういう膠着状態のときにどっちにジャッジポイントを付けるべきなのかは微妙であろう。
ただ、レフェリーストップが掛かったりセコンドがタオルを投げてもおかしくないダメージを負って、なおも闘いをあきらめないこのファイティングスピリットは、人類の敵とはいえひとしく敬意を払うにやぶさかではない。
−−ばかばかしいのが楽しい江戸小咄(こばなし)だ▲この話、8本あるのはタコの足か手かという疑問も呼び起こす。ちなみに日本国語大辞典を見ると、タコの語源については「タは手、コは語助。手が多いところからの名」という説などなど、「タ=手」との説が有力だ▲きょうは雑節の半夏生(はんげしょう)、関西ではこの日にタコを食べる地方がある。稲が根づくよう、吸いつくタコにあやかるというのだが、こちらも土をしっかりつかむ「手」の連想か。その「手」でアワビなど三陸の海の恵みをつかみ取り、おいしさを蓄えた名産ダコもある▲津波で大被害を受けた宮城県南三陸町では、特産のタコ漁が解禁となった。船や漁具が流され、魚市場も壊滅して今季の出漁が危ぶまれたが、何といっても名産「志津川ダコ」の地元である。準備を間に合わせた約15隻ががれきを避けて沖に出漁、網かごを投入した▲今はミズダコのシーズンで、秋はマダコも取れるようになるというこの地域である。過去の津波では水揚げが激減したこともあり、海底のがれきの影響なども心配される今後だ。だが町のシンボルだったタコ漁の例年通りの出漁は、地域全体を勇気づけたに違いない▲震災がばらばらに壊した人々の暮らしと生業の暦だ。それを一つ一つつなぎ合わせ、季節のサイクルを再起動させていく被災地である。そのためなら猫の手、いやタコの手もどんどん借りればいい。