INVISIBLE Dojo. ーQUIET & COLORFUL PLACE-

John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

コラムの切り抜き・森繁久弥追悼

 「いいよ、もうくたびれたよ」。森繁久弥さんが勝新太郎監督・主演の「座頭市」に出た時だ。勝さんが空いた時間に「何かやろうよ」とアドリブ撮影を持ちかけたのに森繁さんは答えた。が、カメラは回り始める
▲「おい、父(と)っつあん」とかまわず勝さんが切り出す。「もういいよ、疲れたよ」「あれやってくれ、あれ」「あれって何だい」「あれだよ。父っつあんのあれ」。森繁さんは昔教わった都々逸を思い出した。
「ボウフラが 人を刺すよな蚊になるまでは 泥水飲み飲み浮き沈み」
▲森繁さんの語りを久世光彦さんがつづった「大遺言書」(新潮文庫)の伝えるエピソードである。この場面は後に名シーンとたたえられた。

11月11日付 編集手帳

 芝居が始まったのに、その少女は客席の最前列で頭を垂れ、居眠りをしている。「屋根の上のヴァイオリン弾き」九州公演でのことである◆森繁久弥さんをはじめ俳優たちは面白くない。起こせ、起こせ…。そばで演技をするとき、一同は床を音高く踏み鳴らしたが、ついに目を覚まさなかった◆アンコールの幕があがり、少女は初めて顔を上げた。両目が閉じられていた。居眠りと見えたのは、盲目の人が全神経を耳に集め、芝居を心眼に映そうとする姿であったと知る。心ない仕打ちを恥じ、森繁さんは舞台の上で泣いたという
(略)
◆映画、舞台、テレビと、巨大な山脈をなす芸歴のなかで、盲目の少女との挿話は山すそに咲いた一輪の露草にすぎまい。山脈の威容は、語るべき人たちが語ってくれよう。いまは小さな青い花の記憶を胸に映し、亡き人への献花とする。