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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

日本漫画・アニメの可能性と限界。いわゆる「アニメ絵」が受け入れられる文化圏の拡大について(一応完成)

地上波TVを見ておりましたら、ぎゃっと驚いてひっくりけえったCMがあった。

冬のソナタ」がアニメ化されると。そしてそれは、スカパーで有料放送されると。


こち亀ドラマ化より無謀じゃねーか!とか言いたくなるのだが、何しろ冬のソナタは私のあずかり知らぬところで大ヒットしたのだ。あっしが好きだった韓国映画JSA」よりヒットした。だから今回のだって十分ペイするかもしれない。
まあ幸運を祈る。スカパー自身が儲かれば、いろいろ格闘技ファン的にはありがたいし。

だが、それより思うたのは、そのCM数十秒で流れるペ・ヨンジュンの役どころをアニメ化した人、そのヒロインが、まあ何つうのかな、日本でもう完全に完成・成熟し、ひとつのスタイルとして固まった「日本アニメ・漫画的な美男美女」の描き方だということに関してでした。このアニメ、日本で作られてるのかもしれないけど(調べりゃ分かるが調べない)、それにしても外国のドラマのアニメ化ということで、あらためてその差異を思ったのですよ。


この前、こんな「痛いニュース」が話題になったでしょう。
どーも日本のゲームは、世界市場ではとんでもない大ホームランが出ない。そこそこというか頭打ちだそうな。それもキャラクターを操る系のゲームではことにそうだという。
んで、このニュースにそのヒントが。

外人「日本ゲームのアニメ絵キモすぎ、ハゲでもマッチョでもない華奢な奴が大剣振り回すセンス理解不能

http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1298358.html

・・・・・・Scott氏はアニメ表現をたとえに、日本と海外ではユーザーの求めているものがまったく違うことを強調した。「アニメブームは海外でも起きているが、それはあくまで一部のオタクだけ。アニメが嫌いな人は本当に嫌いなので、キャラクターデザインがアニメ調なだけで完全にダメ。海外ではムキムキだったり、ハゲでマッチョのおっさんが人気なんです(笑)」(Scott)。
James氏はこれに「海外の人は、華奢なアニメキャラが大きな剣を振ることに納得できない」と・・・・

まあ、好みはそれぞれだが、論理性においては彼の主張に一日の長があろう。
大きな剣は重い。
重い剣を振るには筋肉がいる。
ならば大男が、大きな剣を使うのが自然だ。


隙の無い論理だといえよう。技は力のうちにあり!とマス・オーヤマは言った。
アメリカ人は自分ですばらしいと思ったら、素直に納得して受け入れてくれる」(大山倍達・談)


わたしはゲームについては語れるほど詳しくない(やりたいとはいつも思うのよ)し、最近のアニメもあまり見ないのだが、漫画のクオリティについては世界のどこにも恥ずかしくないと自信を持ってはいえる。ことにストーリー展開、ジャンルの広さ、テーマ部分はね。

ただ、だから漫画は海外で人気かもしれないが、ここで整理しよう。
私が日本漫画の長所としてあげたのは、押しなべてストーリー・内容部分だ。
外国人に人気があるといっても、ひょっとしたらその読者は
「いやー、ジャパンの漫画は面白いなあ。とくにこのストーリー性やテーマがいいね。だから絵柄には違和感があるんだけど、我慢して読もうっと
という人も、相当数いるんじゃないか?
というのは、実は私もタカハシさんに数冊、映画化されたような最先端のアメコミ(これが高価なんだまた)借りて読ませていただき、大いに感心し認識をあらためたものだっただが、その時「うーん面白いね。ストーリーやテーマが非凡だから、絵柄には違和感があるけど読み進めよう」と、そういうふうにまさに感じていたのだから。

Cinefex No.13 日本版 ―ウォッチメン―

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リーグ・オブ・エクストラオーディナリー・ジェントルメン (Vol.1) (JIVE AMERICAN COMICSシリーズ)

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これらの作品でした。


今、偶然「れんげ草」の最新エントリを読み直したのだが、岡田斗司夫がこういうことを言ってたそうな。
http://d.hatena.ne.jp/eg_2/20090927#1254053280

貞本義行のこと


王立宇宙軍で、当時動画経験しかなかった貞本にキャラデザと作監をやったんですよね。その時に”これで大丈夫かな?”って思ったんですけど。

・ある人に”でも、本当に上手い人間には、絵描きは頭を下げるもんなんです。しっぽが下がるものなんです”って言われたんですよね。

・本当に絵が上手い人間には、貞本の上手さがより分かるんですよね。

大塚康生さんも、”今まで3人しかオレより上手いと思ったことはなかった”って言ってたぐらいで。それは宮さんとか貞本義行のことなんですよね。

・自分は、”そこまでは”って思ったけど、やっぱり絵描きにはそう見えるんですよね。


貞本義行って名前、小生ですら知ってますからね。
こういう裏方の名前を私レベルで知っているということは相当な知名度だし、抜きんでているんだろう。
今公開中(終わったかな?)の「サマーウォーズ」の絵も描いているらしい。これもたぶん、この後、世界的規模でそれなりにヒットするんじゃないかと思う。
ただし、やはりこの貞本という方の人気、絵のうまさへの評価というのは「日本アニメ絵文化」とでもいうべき文化圏の中で磨き上げられた評価でありましょう。その文化を受け入れる好奇心と先取性に富んだ諸国のハイセンスな人々もあろうし、上に描いたように「このJapanのSUMMER WARSおもしろいデスネ。だけどこのSTRANGEな絵が、ワタシたちの世界のような絵柄だったらもっと一般のファンもEnjoyするのにネー」とクヒオ大佐ばりのインチキな口調で批評するファンもおるのでしょう。

そもそも、日本の主要アニメーションの絵柄が、そして漫画がなぜかなりの部分、これで占められるようになったのか。

そんなに古い時代に決まったのではないはずだ。
手塚治虫には明らかにその芽はあったが、しかし手塚自身も劇画全盛時代に絵柄を変えたりしたし、直系の先祖ではあろうが祖父や曽祖父ほどに近いとも思えない。


とするなら、たぶんに「少女漫画」から来ているんじゃないかなぁ、という気がする。
こち亀」の十数巻目ぐらいか、「新雪之丞変化?」という回があって、新キャラの文法というか表現が少女漫画っぽい、ということをギャグにしていたのだよな。あのへんは逆に、差異があったからこそギャグにできたわけだが。では現在のこち亀は、というと、うむむいつ変わったのだろうか。


個人的なことでいうと、「ああ、こういう絵でもドラマは紡げるんだな」というのを意識として感じたのは新谷かおるの「エリア88」。あれこそ少女漫画的、なのだろうし、師匠の松本零士氏のメーテルとかも当然大きな意味を持つだろうし。
はてなキーワード」はすでにちゃんとアニメ絵を定義しているんだが、ここでは「高橋留美子」が典型だとしている。
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%a5%a2%a5%cb%a5%e1%b3%a8


いま、自分でも戦線を広げすぎて収拾がつかなくなっていることを自覚したので、ここから撤退して防衛線を引きなおそう。
実は、これぐらいブログを書いていると、自分が同じテーマで書いていたことを忘れる(笑)。
昨年、ちょっと語っていたのだよ。

■「かわいい」の科学−−あるいは日本漫画の不思議な進化について
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20080821#p5

まいったな、少女漫画やエリハチのことを持ち出すのも同じだ。1年経って考察が深まったとはいえないわな。
多少深まったのは「海外では違和感もあり、そっちが多数派なのかも」って事例を知ったということか。

http://sankei.jp.msn.com/entertainments/entertainers/090922/tnr0909221300009-n2.htm

――アトムのキャラクターの造形が、ATOMでは少し大人っぽくなっていますね。


 カオ代表 「米国など西洋人のイメージで言うと、日本のアトムは幼く見えすぎるのです。世界規模での公開を考えた場合、あまりに幼い主人公では映画のヒットが望めないと考えられています。だから、眞さんや手塚プロ、ハリウッドのスタッフが集まり何度も話し合いながら、ATOMの顔や体つきなど細かいところまで修正し、世界で通用するATOM像を練り上げていったのです」


 眞さん 「日本と米国との考え方の違いを痛感しましたね。例えば私はATOMの目にまつげを付けるように要望したのですが、彼らは男の子にまつげはおかしいと主張するのです。まつげを付けたら女の子の顔になるというのですよ。日本人が考える子供のかわいらしさを理解してくれないんですね。

さて強引に結論、というか何というか。

漫棚通信から2 絵画技術ってどうして世界で同時多発しなかったんだろうね
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20071229#p5

ってのも書いていたのだが、とにかく絵なんて目の前にモデルをおき、「さあ、お前の自由にかけ」となったら100人100人様になるかというとそうならず、何かの民俗的、時代的、文化的な「型」にはまってしまう・・・みたいですヨ?ということをまず仮説としよう、だとしたらアニメ絵というのも理由がどうこうとかを詮索するでもない、何でも良かった中でたまたま選ばれた「型」なのだ、と、こう考えてみたい。

で、ある以上、あとは中国文化が広まったりギリシャ・ローマ文化が広がったように、あとはこの文化、この技法で描いた絵を「あーハンサムの絵だ」「あー美少女の絵だ」と納得するような文化圏が広がるか広がらないか、そういう陣取りゲーム、デファクトスタンダード合戦なんじゃないかと。リングか金網かもしかり。賛否や欠点利点を議論するより、デファクトスタンダードの取り合いっこなんだ、ということなんじゃないだろうか。

そういう点で見れば、わが日本発祥??のアニメ絵文化というのも、国内の競争の激しさと天才手塚治虫、そしてそのトキワ荘十二使徒のおかげもあって、この極東小国からの発信としてはなかなか健闘していると思うんだな、これは自国びいきやナショナリズムとは無縁に、客観的に。
ではそれで得た文化圏をどう育て、再生産し、地固めをできるのか。
たとえば鳥山明ドラゴンボールや、ポケモンで大喜びしていた諸国のガキたちは、それが好きだったことをきっかけに、上に紹介したような違和感を無くしていくのか?それともそうでないのか? 国でいえば韓国は「漫画のスタンダードがアニメ絵」文化圏になるかならぬか?香港は?タイは?

などなど。
逆に日本がアメコミ的な考えを吸収したり、ディズニー長編版に出てくるような、ああいうのをスタンダードだと思うようになるかもしれない。
漫画的表現で、人間を描くときのスタイルのデファクト・スタンダードはどう変わっていくのか?
もとアカデミックな人が調べれば面白いかもしれないし、そういうのもあるかもしれない。


というか、「こち亀」が知らないうちに絵柄が変わっていくように(ずっと読んでいると気が付かないもんだよ、ほんとに)、国内でのデファクトスタンダード競争のほうが激しいのかも知れない。ゆきつくさきが携帯電話と同じガラパゴス化だとしたら・・・それもまたよし。

(完)