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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

大谷吉継をテレビ東京で特集(決着歴史ミステリー) 【敗将列伝】(3)

http://www.tv-tokyo.co.jp/rekishi/
テレビ東京で午後7時57分からやっている「決着歴史ミステリー」で、今回大谷吉継の特集をするらしい。
この主の番組は珍設・奇説と、「すでに学会では有力になっている(定説化している)が、知られていない説」がごっちゃになっていて、その楽しさも厄介さもある。逆説の日本史だな。

実は連絡があり、とある人から「大谷の特集があるこの番組を紹介してください。実は私、この武将の子孫なんです」と。
「えっ?だって関が原の後、一家断絶一族郎党皆殺しとかにならなかったの?」
「娘が上杉家に嫁いでましたから」(※本人の勘違いだった由。コメント欄参照)
「ああそうか。上杉家は西軍とはいえ残ったからな。そういう形で血統が続いたのか」
「祖母の実家には秀吉から大谷に届いた書状がありました。国学院の教授が調べに来てました」
「はあ、左様なお生まれでいらっしゃってござりまするか恐惶謹言」
と、なんか敬語がおかしくなっちゃったよ。


大谷は当時は難病だったハンセン氏病にかかった関係で、頭巾をかぶった異形のキャラクターとなっていることもあり、活躍と相まって関が原では非常に重要な役どころだ。
領地が小国のため兵力も足りず、大奮戦の後に大谷は自害する。
その後の描写が、司馬遼太郎関ケ原」では非常に秀逸なので紹介したい。

関ヶ原〈下〉 (新潮文庫)

関ヶ原〈下〉 (新潮文庫)


「わが首を、敵に渡すな」
癩(※らい。ママ)を病んだ首を、敵将の首実検に供することは吉継としては堪えられない。
「五助、心得たか」


(※中略。大谷は自害し、家臣の湯浅五助は「大谷の首を敵には渡さない」という最後の使命を果たすため、ある場所に首を埋めたが・・・)


「五助ならずや」
という声が頭上できこえた。ふりかえると、藤堂高虎の甥で藤堂家の侍大将をつとめる藤堂仁右衛門である。
「やあ、仁右衛門、久しや」
五助は、槍を取って立ち上がった。仁右衛門とは、旧知なのである。
「年来の友垣とはいえ、戦場のならい、やむを得ぬ」


(※中略。ふたりは闘うが、剛勇をうたわれた五助は激闘続きの疲労のため、力尽きる)


「勝負はすでにあった。申すことがある」
と言い、吉継の首の一件を打ち明けた。人に洩らしてくれるな、というのである。
「頼む」
というと、仁右衛門は兜の目庇を下げてうなずき
「摩利支天にかけて違背なし。もらさぬ」といった、五助はよろこび、槍を杖に立ちあがり、一応は構え、やがて形ばかり槍を一合させ、わざと仁右衛門に突き伏せられた。
(略)
戦後、家康が大谷吉継の死体をさがさせたとき、
「いやいや、手がかりはある」
と、家康は左右にいった。
湯浅五助ほどの者が、主人刑部少輔(※大谷のこと)の先途も見とどけずに死ぬはずがない。藤堂仁右衛門に五助の様子を語らせればめどがつくはずである」といい、仁右衛門にきかせた。


仁右衛門は、
「存じておりまする」
と正直に言い、ただいかような刑罰をうけましょうとも申せませぬ、
「右の次第、五助がいまわのきわのとき拙者に頼み申したるところ。約束でござれば、たとえ死を賜ろうとも、申せませぬ」
と答えた。
家康は大いに笑い、さてさて律儀なる若者かな、と言い、それ以上は追及せず、かえって仁右衛門に備前忠好の刀をあたえ、その功を賞した。

余談。テレビドラマ

さてさてこの作品、まだTBSがすごかったころ(笑)、伝説の名ディレクター鴨下信一の演出によって、6時間近いスペシャルドラマになったが、大谷役はだれだったかしら。顔隠しているから覚えてねえよ(笑)
豊臣秀吉宇野重吉本多正信三國連太郎徳川家康森繁久弥・・・などは覚えているが。すごい豪華な俳優たちだった。

関ヶ原 [DVD]

関ヶ原 [DVD]

古典的な名作なので、視聴覚コーナーがそれなりに充実している図書館には結構おいてあるような気もする。
ただ、この場面が映像化されているかどうかは忘れた。

元ネタ

このエピソード、ディテールも細かいから元文書があるだろうとこの機に検索してみたら
『平尾氏剳記』などにあるそうです。
http://www5e.biglobe.ne.jp/~nikke/toudouninuemonn.html

お墓

湯浅五助は、今も関ケ原の主君吉継の墓所の脇でいっしょに眠っている。」とのくだりがある。
http://www.asahi-net.or.jp/~jt7t-imfk/taiandir/x060.htm
じゃあ大谷の墓はどこにあるのだろう。
そのまんま、関ヶ原に作られていました。
http://blogs.yahoo.co.jp/makutoboku/36094424.html

ご子孫は、ここにお墓参りしたことはあるのでしょうか。

「敗将 列伝」

まだ3回目ですが、このブログで【敗将列伝】を、【】も含めて検索してみてください。
第1回目、第2回目は彼と彼。