「事件後の95年6月、オウムに惹かれる若者を論じた『終わりなき日常を生きろ』を出版した。主題は成熟社会の『つまらなさ』にある。しかし当時の僕は、問題の深刻さを見通せていなかった」
「90年代前半から広がる『ブルセラ・援交』の子たちに僕は『軽々と生きる』新世代の可能性を論じた。社会の流動性が高まっても、『やりようで』若者たちが感情的安全を得られると思ったのだ。
見込み違いだった。彼女らの多くは疲れ、メンタラー(精神科に通う人)になった。付き合いが苦手というより、つまらないから退却するというタイプの引きこもりも増えた」
初期宮台は「統計的検証もない発言はするな」といっていたがブルセラ・援助交際→メンタラーってのはどれだけの数字なのだろうか。