90年代だったかな、漫画家の久保キリコが書いていたのだが、アート・リンゼイが来日したとき、日本を案内する機会があったんだそうだ。
— 秘密結社+M (@freakscafe) March 28, 2026
久保キリコがどこに行きたい?と訊くと、
「公園」
え?公園?と思って、近所の何でもない公園に連れて行ったところ、ベンチに座ってボーっとしている。…
90年代だったかな、漫画家の久保キリコが書いていたのだが、アート・リンゼイが来日したとき、日本を案内する機会があったんだそうだ。久保キリコがどこに行きたい?と訊くと、
「公園」
え?公園?と思って、近所の何でもない公園に連れて行ったところ、ベンチに座ってボーっとしている。
面白い?と訊くと、
「いや、ぜんぜん」
ん?面白くないなら、どこか別のところ案内しましょうか?と訊いたら、
「いや、ここでいい」
それで、何時間かボーっとして、帰って行ったのだそうだ。
ja.wikipedia.org
アート・リンゼイ(Arto Lindsay、1953年5月28日 - )は、アメリカ出身のギタリスト、歌手、プロデューサー、作曲家。経歴
アメリカで生まれるが、父の仕事の関係で3歳の頃にブラジルへ移住し、17歳まで過ごすことになる。ブラジルの生活の中で経験したブラジル音楽に非常に影響を受けたという。DNA
1977年にニューヨークでイクエ・モリ、ロビン・クラッチフィールドらとともにDNAを結成、やがてニューヨーク・パンクを代表するバンドの一つとなる。後にロビンが音楽性の違いから脱退し、ベーシストとしてティム・ライトが加入する。1978年にブライアン・イーノによるプロデュースのもとで制作された前衛的なパンク・バンドのコンピレーション・アルバム『ノー・ニューヨーク』に参加。これを契機として、アルバムに参加したDNAやジェームス・チャンス・アンド・ザ・コントーションズ (James Chance and the Contortions) 、ティーンエイジ・ジーザス・アンド・ザ・ジャークス (Teenage Jesus & the Jerks) 、マーズらによって代表されるニューヨークの前衛的なロック・シーンは、ノー・ウェイヴとして広く知られることになる。
いま、面白い挿話だから紹介したんだけど、アート・リンゼイの「あ」の字も知らねえの、おれ(笑)
ただ、なんというかね、禅味というかね。
真の風流というかね。






