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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

堀江ガンツ「闘魂と王道」~1年1事件を選び、刻んでいく「昭和プロレス」の年代記。

「闘魂と王道」、この前はアントニオ猪木の名言を一つ紹介するだけに終わってしまったが、今回少し全体像を語ってみよう。

※冒頭掲載の、猪木インタビューの話題はこちら

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権威を破壊したアントニオ猪木と、権威を追求したジャイアント馬場
新日本プロレス全日本プロレスの存亡をかけた1792~1988年の“リアルファイト”を再検証!

「俺のライバルは馬場さんじゃない。プロレスに対する世間の偏見だった」(アントニオ猪木/本書独占インタビューより)

「2022年、アントニオ猪木が設立した新日本プロレスと、ジャイアント馬場が設立した全日本プロレスが50周年を迎えた。
今も多くのファンの心を熱くする70~80年代の“昭和のプロレス”とは、すなわち猪木・新日本と馬場・全日本の存亡をかけた闘い絵巻だった。
本書は両団体が旗揚げした1972年から、昭和の終わりであり、プロレスのゴールデンタイム放送の終わりでもある1988年までに起きた出来事や名勝負を592ページにわたって網羅。
その魅力を追求する叙事詩となっている」(著者より)


いや全体像っていってもこの本この前お伝えしたとおり、計590ページだ!前回は「いくら昭和の回顧録だからって、コロコロコミックを再現してどうする」と書いたが別の表現をするなら「ディック・ザ・ブルーザーでも二つ折りにして破くのに苦労する厚さ」である。

ディック・ザ・ブルーザーの電話帳やぶり プロレススーパースター列伝

またプロレススーパースター列伝的なたとえやめろ。

あっそうだ、「列伝」で思い出したが、最初に読み始めて思った印象が「あっこの本は『編年体』なんだな」という。
適当な歴史知識で言うと「列伝」ちゅうのは「紀伝体」の史書の一分野であり…ざっくりいえば「多くの人物の生涯をいろいろ紹介して、それをひとまとめにして歴史を叙述するスタイルが紀伝体

そして編年体はシンプルと言えばシンプルだが年代順にこの年に何が起こった、誰が生まれたみたいなことを叙述していくスタイル。



プロレスというのはやっぱりなんだかんだ言ってプロレスラーという強烈な個性の持つ人々の集まりであるからどうしても無意識的に紀伝体っぽくなってしまう。
1年事にエピソードを選んで叙述していく編年体スタイルは、意外なほど新鮮だった。
とはいえその1年からよりすぐりのエピソードを「一本」選んで書いているから、これはやはりチョイスの妙が必要になる。昭和の「闘魂vs王道」、すなわち新日本プロレス全日本プロレスという縛りをかけ、両団体か旗揚げした1972年から始めて昭和が終わった1988年で締めくくる。これである程度、枠を絞り込むことに成功し、読みやすくなっていると思う。(それで、なんで590ページになるんだ、とはいうな(笑))

チョイスの妙といえば、そもそもこういう本はどうしたって「わかりやすさ」と「マニアックさ」のトレードオフの部分がある。そこをどうさじ加減を取るかというところだが、もともとプロレス専門誌ではなくて、一種の総合誌「昭和40年男」の記事をベースにした部分が 大きいらしい 。だからやや一般向けの「分かりやすさ」重心の部分もあるように見受けられるが、 それはこの大著の短所でなく長所だと思う。その辺の配分も、癖の強いレスラーとマニアたちを集めた座談会や対談の司会を長くやっていた作者の手腕が発揮されたところだ。



またすでに当事者が故人であったり、性格や状況的に(笑)、ちょっと今直接の証言は取れそうもない、という人や事件に関して「じゃあこの人なら話せるだろう」という感じで周辺にいたフロント、近かった記者、後から詳しく調査したノンフィクション作家など、極めて適切な人材を選んでその人の証言や解説に委ねている。 もちろん雑誌や専門書からの引用も膨大だ。この辺は逆に「編集者」であり「研究家」気質もある作者が、立ち技と寝技を使い分けるように…いやプロレス的には”相手がジルバならジルバを、ワルツならワルツを踊る”と言うべきか(笑)




個人的に非常に興味深かったところをあげると、「80年代、新日本プロレス全日本プロレスに下手に引き抜き合戦などでちょっかいを出さず、そのままやっていけば大差をつけて全日本を追い落とすことができたろう」という視点が提示されている。

言われてみればあーそうか、と納得する。
余計な引き抜き合戦があり最終的に、ジャイアント馬場のプロモーターとしての格を生かした「スタン・ハンセン全日へ」という形で終わったから全日本が活性化し、その後も2団体の攻防が続いた、というのは盲点だった。

新日本プロレスファンにとっては悔しいところだろうが、でも逆に言えば「プロレス団体はどこかで”シャッフル”しないと、必ず行き詰まるものだ」ということではなかったか。

引き抜き合戦とシャッフルがなかった新日本は、 全日本プロレスを見事に打ち倒せたかもしれないが、そのまま内部で煮詰まって、ジャンル自体を衰退させたのではなかったろうか…。
そんなIFから、プロレスというジャンルの本質みたいなものをちょっと考えさせられた。


もうひとつこれは以前から 興味があったエピソードなんだが1975年の全日本プロレス「オープン選手権」についての話がわかりやすくまとめられ、興奮を誘った。

なぜ猪木はオープン選手権に乗り込まなかったのか…猪木はオープン選手権に仕掛けられた”罠”に気付いていたのだ。

「オープン選手権は猪木を黙らせるために行ったんだよ。最初から猪木が出てくるとは思わなかったけど、万が一、出てきた時のために、外国人のガチンコの強い連中をズラリと揃えた。そして馬場さんにたどり着く前に潰してしまえとね。こうすれば、猪木は出て来れないし、もう『馬場が逃げている』とも言えなくなる」


そうらしいんだよな… 多少並べてみると

ハーリー・レイス
ホースト・ホフマン
ダスティ・ローデス
バロン・フォン・ラシク
ザ・デストロイヤー
ディック・マードック
ヒロ・マツダ
ドン・レオ・ジョナサン
パット・オコーナー
ミスター・レスリング


・・・・・・いや、馬場さん、今わかってる視点から見るとね、あからさますぎるよ!というか、えげつなさすぎるよ!!
しかしちょっと、ドレッシングルームの会話も見てみたかった気がするな

「実は今回、うちとトラブルのあるニュージャパンのイノキが、ここでファイトするかもしれない」
「ホーッ、あのリキドーゼンにしょっちゅう殴られたヤングボーイか?その時からガッツはあったが…」

「その後、あのガンコジジイ…カールゴッチのお気に入りになって色々フッカーの技を学んだんだって?」

「ホーッ、面白い!! …しかし ボス、 そいつを俺が仕留めたとしたら…ボーナスはいかほどになるのかな」

「フフフッ…。まぁ、実際に手にしたら、お前たちの想像のスケールはこのババ・ザ・ジャイアンからしてみたらまだまだスモールだと思い知らされるだろうよ」

「オーッ さすがババサン! じゃあ、まず俺があのシャベル・フェイス(猪木)を仕留めるトップバッターになるゼ!!」

全て梶原一騎口調なのはさておき(笑)、こんな会話をミスターレスリングやパットオコーナーがしてたとしたら恐怖過ぎるだろ………



しかし、ここに「おお、出てやろうじゃねえか。ダーッ!」と参加する猪木も観たかった。
一説には、カールゴッチが代理出場すると言う、なんとも大人げないプランもあったという。



あと、わらっちゃったのは、みんな大好き「ミスターX」。

…背中に大きく「X」と書かれた空手着は、 黒帯を胸元近くやたら高い位置で結んでおり、帯の結び方すら知らない様子。これではまるで天才バカボンの着物だ。


梶原一騎さんは当日、会場に来てリングサイドでこの試合を観戦していたんですけど、穴があったら入りたいような気分だったでしょうね。なんとか代役が奇跡的に良い試合をしてくれることを期待したけれど、 ミスター X があの格好で出てきた瞬間「これはダメだ」と思ったらしいです」

…センセイ・カジワラ、奇跡に期待しすぎ。


ただ自分は、ただ自分は……そこで投げ出さずに「あのミスター X は替え玉。本物は極真空手を散々挑発したXに激怒した、あの男が…これ以上は言えない、ウフフッ」みたいな形でとりあえず辻褄合わせをした、梶原一騎の手腕を高く評価するものである。

親にも言えぬことがあります、押忍ッ(梶原一騎「四角いジャングル」より)

※この件、重要情報あり!!
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この後日談。小佐野景浩はいう。

「ミスター X の正体については、 いろんな人に聞いたんですけど、結局わからなかったんですよ。それは正体を隠し通したというより、名前を言ったところで誰も知らないくらい無名だったということでしょう」


いや本気で調べればこの時代、多少なりともヒントは見つかるような気がするが、そこまでして見つける必要は確かにない(笑)。

だが、年齢的にもまだ存命だと思うミスター X(替え玉のほう)…。 自分が日本の中で絶大な知名度とカリスマを持つスーパースターとリングで戦ったことを誇りに思い、密かに巨大パネルを部屋に飾っていた、なあんてこともあるかもしれないねえ。






その後も昭和プロレス史は猪木と馬場という二大巨頭の心理戦によって動いていくのだが、そこに絡まる人間模様も当然ながら普通の社会以上に濃密な嫉妬、裏切り、友情、プライド、葛藤……などが原動力になってめまぐるしく動いていく。

読んでいるだけでバタフライエフェクトのように、最初の意図とは全く違った形で 、結果か生まれていくのだ。アントニオ猪木という、どこまでもストロングスタイルをアピールしてきたそのプロレスから、 WWEのエンターテイメント路線によって全世界を制覇し、 プロレスの形を完全に変えたハルク・ホーガンが生まれる…なんていう現象が、どうして予想がつくだろうか?


そしてこの昭和のプロレスに限定された歴史書は最後の年を「アントニオ猪木藤波辰巳8・8横浜対決」で締めくくり、最後に特別収録としてテリーファンクと天龍源一郎の対談をのせている。

四人とも平成後にも大活躍したが、それでも「昭和」を締めくくるにやはりふさわしい人選だったであろう。
そして590ページを費やして、なおこの本は、「次に書かれるべき平成プロレス史のための序章である」と認定していいのであろう。
その時のタイトルが「闘魂と王道」に代わり、どのようなものであるかは…、期待と共に想像を巡らせるのがよいのかもしれない。   (了)