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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

「ベルばら」宝塚での舞台化は「普通のファン」の提案だった(アナザーストーリーズ)

アナザーストーリーズ「“ベルサイユのばら”オスカルになりたかった私たち」

7/15(金) 午後10:00-午後10:44
配信期限 :7/22(金) 午後10:44 まで

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公式サイト
日本で花開き、いまや世界中で大人気の少女マンガ。その長い歴史の中で、少女たちの憧れを一身に集めたヒロインと言えば…「ベルサイユのばら」の男装の麗人、オスカル。連載が始まったのはちょうど50年前、「男は仕事、女は家庭」と言われた時代。男性たちを向こうに回し、信念を曲げずにフランス革命へと突き進むオスカルに、空前のブームが起きた。その熱は舞台に、アニメに。オスカルに自らの思いをのせた少女たちの物語。

https://plus.nhk.jp/watch/st/g1_2022071509923


番組内容からメモ

配信25分から

原作立ち上げの時から苦労

当時の少女漫画界は、本格的な歴史ものに偏見があり、担当編集者は
「過ぎてしまったことなんか描いて何になるんだ」と、池田理代子の企画を没にしようとしていた。


「歴史はあくまで男の世界、女こどもにはわからない」…(苦笑)


で、池田理代子はどうしたかというと、
「このひととは歴史観が合わないから」と、編集部に言ってそいつを担当から外した(笑)
彼女の方が権力あったんだね(笑)。


こういう、大成功企画に反対したり没にした人間、というのはあまり名誉じゃないから名前が出てこないけど「ベルサイユのばら」に反対して更迭された、当時の担当編集者…ってのは、調べればわかるだろう。


ちなみに初期から連載は大人気で、ファンレターは段ボール単位で届いたという。

宝塚舞台化の裏側

配信30分
当時の宝塚の脚本家は植田紳爾
宝塚は60周年を迎えようとしており、メモリアルの大企画が必要ということで悩んでいた。

その植田のもとに、一般の宝塚ファンがやってくる
「宝塚でやってほしいものがあるんです」。
それが、ベルサイユのばら

植田は、「全然知らなかった」

そしたら数日後、大きな荷物が届いた。それは連載雑誌のマーガレット。


読んだ植田は「これは本物だ」と企画提案。




しかし・・・・・当時、「宝塚がマンガを題材にやるなんて!!」という偏見、反対論が噴出。

当然ながらそれほどに、当時の漫画の地位は低かった。

植田「いまから思うと恥ずかしい話だけど、ぼくもそう思っていたから」


さらにいえば、そもそも宝塚では「男役」はやまほど演じられたが、原作のこの役柄は「男装の麗人」なわけである。
いろいろトライする必要があった。

先ほどの感想にもつながるが、「宝塚にベルばら舞台化を提案したXさん」って、無名のまま「ファンのひとりが」として、歴史に埋もれてもいい…ってことは無いんじゃないの?
きちんと「XXXの〇〇さん」として名前が残ってもいいんじゃないと思うんだけど。
まあ、植田氏と対面して会話できるんだから、本当に「普通のファン」かどうかわからないけど、でも宝塚の場合、熱心さが昂じてスタッフや俳優とふつうに”面識”のある一般ファンはたくさんいるとも聞くしね…
そのとき10代ならいま60代。植田さんはおそらく名前を知っている。
このひとのアイデアと、それを脚本家に本まで送ってプレゼンした行動力によって、サブカルチャーの歴史が大きく動いた。
どこかで、この

そして…いまもむかしも、だが「原作厨」が立ちはだかるのだ(笑)。


「あのオスカルを生身の人間がやれるはずがない」
「夜道に気をつけろ」
「オマエなんかができるわけがない死んじまえ」
「目から星とばせるのか」

昭和の遺風だが、封筒にカミソリを仕込んで開くときに手をケガさせる、が普通に行われてもおりました。



漫画的な演出を舞台で再現するのって、たしかに大変な難題だが…、実はこのとき、映画界興隆記を生きた大スター「長谷川一夫」が演出に加わったのだという。

映画演劇のノウハウを知り尽くし、歌舞伎の女形として「女性らしさ」もよく知っている長谷川は、上記の「目から星をとばす」まで実現したのだ、という。