【トンガ噴火お見舞】INVISIBLE D. ーQUIET & COLORFUL PLACE-

John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

東京五輪に当たり前回同様、崇徳上皇にちゃんと仁義を切ったか?疫病の流行は…

いや、やったんだよ前回

明治時代になった時、明治天皇は即位に当たって勅使を讃岐に遣わして崇徳天皇の御霊を京都に帰還させ白峰神宮を創建致しました。これは父君の孝明天皇が幕末の混乱を崇徳天皇に鎮めてほしいと願っていたことによります。そして先の東京五輪が開催された時はちょうど800年祭の年でありましたので、昭和天皇崇徳天皇に慰霊しまた五輪の成功を願われたといいます。崇徳天皇の祭日は9月21日ですから、まさに開催直前のことです。(開会式は10月10日)

ameblo.jp

前回は八百年祭ということにかこつけて勅使を出せたが、今回はだせないと申すか。
そんな前例体裁にこだわっている場合ではないだろう。

「彼の科(とが)を救はんと思ふ莫太の行業を、併三悪道に投こみ、其力を以て、日本国の大魔縁となり、皇を取て民となし、民を皇となさん」とて、御舌のさきをくい切って、流る血を以て、大乗経の奥に御誓状を書き付けらる。

takatokihojo.hatenablog.com

f:id:gryphon:20210520113222j:plain
崇徳上皇、日本国の大魔縁となる。昭和東京五輪では、勅使を派遣し宥めた

保元物語』によると、崇徳院讃岐国での軟禁生活の中で仏教に深く傾倒して極楽往生を願い、五部大乗経(『法華経』『華厳経』『涅槃経』『大集経』『大品般若経』)の写本作りに専念して(血で書いたか墨で書いたかは諸本で違いがある)、戦死者の供養と反省の証にと、完成した五つの写本を京の寺に収めてほしいと朝廷に差し出したところ、後白河院は「呪詛が込められているのではないか」と疑ってこれを拒否し、写本を送り返してきた。これに激しく怒った崇徳院は、舌を噛み切って写本に「日本国の大魔縁となり、皇を取って民とし民を皇となさん」「この経を魔道に回向(えこう)す」と血で書き込んだ。そして崩御するまで爪や髪を伸ばし続けて夜叉のような姿になり、後に天狗になったとされている。また崩御後、崇徳の棺から蓋を閉めているのにも関わらず血が溢れてきたと言う。


ja.wikipedia.org

幕末、風雲急を告げる中、121代孝明天皇は、保元の乱(1156)によって悲運の運命を辿られた第75代崇徳天皇の御霊を慰め、かつ未曾有の国難にご加護を祈らうとされ、幕府に御下命になり四国・坂出の「白峰山陵」から京都にお迎えして、これを祀らうとされましたが叶わぬままに崩御されました。

明治天皇は父帝の御遺志を継承・心願成就され、宮地を和歌・蹴鞠の公卿宗家「飛鳥井家」の邸宅地跡に求められ、慶応4年(明治元年)9月6日、社殿を現在地に新造。奉迎鎮座されました。続いて明治6年に第47代淳仁天皇の御神霊を淡路島南端の御陵からお移して、御併祀になりました。

当初は神祇官員が日々ご奉仕しましたが、明治の新制度により官幣中社としての待遇をうけ、昭和十五年には官幣大社に御昇格・「 白峯神宮 」となりました。


shiraminejingu.or.jp

勅使を派遣し、丁寧におまつりすれば、われてもすえにあわんぞとおもふ。

www.youtube.com