- 作者: カルロス矢吹
- 出版社/メーカー: サイゾー
- 発売日: 2019/01/07
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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もちろん、私が紹介を担当するのは格闘技でいいだろう。
ただ、ここで話を聞くのはやや珍しい顔ぶれで、同大会での「銅メダリスト」(中量級)である、韓国代表選手だった金義泰氏だ。
高校時代から頭角を現した金は、柔道部創設間もない天理大学だった。その指導者、松本安市という人が傑物だったらしい。現役時代は木村政彦のライバルだったが、実は非常に論理的で合理的だったのだそうだ。なにしろ根性論の当時であったのに、けいこは2時間で終わる。だが、そもそも天理の道場は、普通が50畳のところを、その10倍を超える560畳!!!つまり、スペースが無いので練習できないという”休み時間”なく、全部員!が練習できる、ということだ…そんなところでめきめき力をつけた金は、東京五輪は「韓国代表」として臨む。
金の最初の祖国訪問は、朴正煕のクーデター直後だったという。当時は、柔道の韓国代表はみな日本で練習している在日であった。
下馬評では、同じ階級のライバル岡野功の優勝を拒む可能性がある、筆頭だったという。
しかし、準決勝で金は岡野と対戦、15分を戦い時間切れで判定負け。
本人はこう回想する。
「岡野とは生涯全敗。彼は右よし左よし、立ってよし寝てよし(略)彼と試合が出来ただけで幸せに思っとります。五輪っていうのはなんぜ孤独ですよ。次に重圧。そして安堵。岡野に負けて流した涙は、悔し涙じゃない。終わってホッとして流れたんです」
……実は、金という選手は並みの男ではない、と感じるのは、まさにこの岡野に敗れたことを回想する率直ぶりである。この姿勢こそ、令和の東京五輪に挑む選手すべてが、学んでしかるべきなのではないか。
ただ、さらにこの人を紹介したいのは、東京五輪…まだ4階級、十五分戦うかつての古き良き柔道を知っている人間が、今の柔道に苦言を呈する言葉を発しているからだ。
「手数を出せばいい、というふうに柔道が変わってしまいました。指導者もそういう風に教えるようになってしまった。私が柔道を始めたころの、機を伺うにらみ合いはこれで完全になくなってしまいました」
そして…
「以前、高校生の練習に3カ月ほど柔術を取りいれたことがあるんですよ。関節技を使えということではなく、昔の柔道の要素を学んで、使えるところは取り入れてほしかった。そしたらあれよあれよという間に大会を勝ち進むようになった。そういうことを若い選手に伝えることが、指導者としての務めだと思うんです」
「柔術を高校生に学ばせたら、あれよあれよと勝ち進むようになった!」
この本、微妙にデータが不備で、金氏がいまどこでだれに教えているのかも書いていない(やんなっちゃう)。日本の選手か韓国の選手かも、「柔術」とは、古流柔術なのかブラジリアン柔術なのか、もわからん。
ただし、どこであっても、このような発想が受け継がれれば、柔道というスポーツは安泰であろう。