書こうと思って忘れていたので、この機会に紹介
ナイチンゲールの「薬を貰うために薬箱を斧で叩き割った」という逸話(※史実)に驚愕する人々 - Togetterまとめ https://togetter.com/li/1066306
が、「偉人の逸話の虚実にまつわえるあれこれ」なので、コメント欄にこう書いた。そしてそれに返信が。
gryphonjapan @gryphonjapan 26日前
Kagura_d34272 東大総長の名言に「太った豚より痩せたソクラテスたれ」という言葉があるが、ソクラテスは太ってた、と誰かが言ってたな…
初瀬 神楽 @Kagura_d34272 25日前
gryphonjapan その話も根本的に間違いやったりするから難しいん http://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/about/history/dean/2013-2015/h27.3.25ishii.html
gryphonjapan @gryphonjapan 25日前
Kagura_d34272 めちゃくちゃに面白いです!ありがとうございます
では、
http://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/about/history/dean/2013-2015/h27.3.25ishii.html
へ飛んでみよう。かなり長文をひかれてもらいますが。
東京大学の卒業式といえば、もう半世紀も前の話になりますが、東京オリンピックが開催された年である1964年の3月、当時の総長であった経済学者の大河内一男先生が語ったとされる有名な言葉が思い出されます。曰く、「肥った豚よりも痩せたソクラテスになれ」。
当時、私はちょうど中学校にあがる年頃でしたが、この言葉は新聞やテレビでかなり大きく報道されましたので、鮮明に記憶に残っております。また、子供心に、さすが東大の総長ともなると気の利いた名言を残すものだと、感心したこともなんとなく覚えております。皆さんの中にも、どこかでこの言葉を耳にしたことのある人は少なくないでしょう。
ところが、これはある機会に一度お話ししたことがあるのですけれども、じつはこの発言をめぐっては、いろいろな間違いや誤解が積み重なっているんですね。まず第一の間違いは、「大河内総長は」という主語にあります。というのも、これは大河内先生自身が考えついた言葉ではなく、19世紀イギリスの哲学者、ジョン・スチュアート・ミルの『功利主義論』という論文からの借用だからです。
東大の総長ともあろうものが、他人の文章を無断で剽窃したのか、と思われるかもしれませんが、もちろんそういうわけではありません。式辞の原稿を見てみますと、そこにはちゃんと、「昔J・S・ミルは『肥った豚になるよりは痩せたソクラテスになりたい』と言ったことがあります」と書かれています。「なれ」という命令ではなく「なりたい」という願望になっている点が少し違っていますが、それはともかく、ここでははっきりJ・S・ミルの名前が挙げられていますから、これは作法にのっとった正当な「引用」です。ところが、マスコミはまるでこれが大河内総長自身の言葉であるかのように報道してしまった。そして、世間もそれを信じ込んでそのまま語り継いできたというのが、実情です。
次に第二の間違いですが、これはもっと内容に関わることです。じつは、ジョン・スチュアート・ミル自身は「肥った豚よりも痩せたソクラテスになれ」とも「なりたい」とも、全然言っていないのですね。さきほど題名を挙げた『功利主義論』の日本語訳を見てみますと、こう書いてあります。満足した豚であるより、不満足な人間であるほうがよい。満足した馬鹿であるより、不満足なソクラテスであるほうがよい。
大河内総長の言葉とはだいぶ違いますね。ちなみに、英語の原文はこうなっています。
It is better to be a human being dissatisfied than a pig satisfied; better to be Socrates dissatisfied than a fool satisfied.
この原文を見ると、どうやらさきほど引用した日本語訳は正確なようですから、大河内総長のほうがこれをまったく別の文章に改変してしまったとしか考えられません。たぶん漠然と記憶に残っていた言葉を、自分の言いたいことに合わせて適当にアレンジしたのでしょう。その結果、「満足した豚」は食べたいものを食べたいだけ食べるということで「肥った豚」になり、「不満足なソクラテス」は食べたいものにも安易に手を出さないということで「痩せたソクラテス」になったものと推測されます。しかしこれでは原文とまったく違ったニュアンスになりますから、ミルが語った言葉として紹介するのはさすがに問題なのではないか。下手をすると、これは「資料の恣意的な改竄」と言われても仕方がないケースです。
ところが、間違いはこれだけではないんですね。じつは、大河内総長は卒業式ではこの部分を読み飛ばしてしまって、実際には言っていないのだそうです。原稿には確かに書き込まれていたのだけれども、あとで自分の記憶違いに気づいて意図的に落としたのか、あるいは単にうっかりしただけなのか、とにかく本番では省略してしまった。ところがもとの草稿のほうがマスコミに出回って報道されたため、本当は言っていないのに言ったことになってしまった、というのが真相のようです。これが第三の間違いです。
つまり、「大河内総長は『肥った豚よりも痩せたソクラテスになれ』と言った」という有名な語り伝えには、三つの間違いが含まれているわけです。まず「大河内総長は」という主語が違うし、目的語になっている「肥った豚よりも痩せたソクラテスになれ」というフレーズはミルの言葉のまったく不正確な引用だし、おまけに「言った」という動詞まで事実ではなかった。というわけで、早い話がこの命題は初めから終りまで全部間違いであって、ただの一箇所も真実を含んでいないのですね。にもかかわらず、この幻のエピソードはまことしやかに語り継がれ、今日では一種の伝説にさえなっているという次第です。
さて、そこで何が言いたいかと申しますと、(略)……情報が何重にも媒介されていくにつれて、最初の事実からは加速度的に遠ざかっていき、誰もがそれを鵜呑みにしてしまう。そしてその結果、本来作動しなければならないはずの批判精神が、知らず知らずのうちに機能不全に陥ってしまう。ネットの普及につれて、こうした事態が昨今ますます顕著になっているというのが、私の偽らざる実感です。
しかし、こうした悪弊は断ち切らなければなりません。あらゆることを疑い、あらゆる情報の真偽を自分の目で確認してみること、必ず一次情報に立ち返って自分の頭と足で検証してみること、この健全な批判精神こそが、文系・理系を問わず、「教養学部」という同じ一つの名前の学部を卒業する皆さんに共通して求められる「教養」というものの本質なのだと、私は思います。
という。
「こち亀」でロウソク、灯油缶、ダイナマイト、タンクローリー……がいかなる偶然か、つぎつぎ派出所に運び込まれ、「この派出所などあとかたもなくなる」と皆が戦慄する(実際に最後は爆破されてしまった)という回があるが、ここまで重なって、しかもその(事実とは違う)言葉が評判となって後世に残るというのも不思議な話であります。
さて、それはそれとしてソクラテスは太ってたのかなあ?
レスリングをやってたから頑健なはずだとか、彫像をみるとずんぐりっぽいとかはあるが、決定的な形で姿かたちや肉体の頑健さを示した記録はあるならどこかにあるはずで、今のところはまだ捜索中、としておく。
そんなの探してるうちにへんなのみつかった。
町山智浩氏→東浩紀氏に「思想家が自分の意志で食欲もコントロール出来ないとは笑止」 - Togetterまとめ https://togetter.com/li/604870
町山智浩 Rogue One @TomoMachi 2013-12-19 03:05:03
思想家が自分の意志で食欲もコントロールできないとは笑止。だから古来「太った豚より痩せたソクラテスになれ」という格言がある。 http://t.co/R3mLR3jCAV