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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

FMWの”伝説”に要修整?「大仁田はたった5万円で電話を一本引き、FMWを始めたそうですが」「いや、5万円もないし電話はウチのだ」(ウォーリー山口)

ゴングではお馴染みだったウォーリー山口
ファンにはみちのくプロレスの悪徳マネージャー「ミスタートヨタ」、あるいはWWEのKAIENTAIの影にいた悪徳マネージャー「ヤマグチ=サン」の印象のほうが強いかもしれない。

Dropkickのブロマガ・インタビューに登場した。

http://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar805598
――大仁田さんもFMW旗揚げ当初は(※ウォーリー山口のプロレスショップ)『マニアックス』を間借りして事務所にしてたんですよね。

山口 俺は家主だったんだよ。

――大仁田さんいわくの「借りた5万円で電話線を引いてFMWを立ち上げた」瞬間を目撃してたんですね。

山口 5万円もないよ。そもそも電話線もウチのを引っ張っただけだし(笑)。

――ハハハハハハ!

梶原一騎がイケイケの時代、「伝説」よりもさらに過激なシーンを描き、そして「実は実情は、伝説を越えていたのだ!」と解説する…という演出をしたことがある。

夢枕獏が脱帽していう。

獏 「宮本武蔵は箸で飛ぶ蝿をつまみ取ったと講釈師は語る。講釈俗説のたぐいは針小棒大。が、しかしこの逸話に関してのみは逆である」って書いてあるね。「武蔵は虚空で飛ぶ蝿の羽をむしり、その体に触れずして落とした」と書いてある。すごいでしょう。

宮本武蔵を”大外道”に描く梶原一騎「斬殺者」。夢枕獏が感激したこのシーン - 見えない道場本舗 http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20120926/p4

大仁田の伝説は、伝説よりまだ過激だった、という話。

余談。ウォーリー山口は80年代に1000万円、90年代には3000万円の年収があった

――ウォーリーさんもかなり稼いだんじゃないですかか。

山口 稼いだよ(あっけらかんと)。

――ハハハハハハ!

山口 俺は俺で稼いだよ。俺はね、80年代と90年代を分けて考えてるのよ。80年代までは編集しかやってなかったけど年収は1000万程度だった。90年代過ぎてからバブルじゃないけども、それこそリングを置いていろいろとやりだして、99年には3000万くらいは稼いでたよ。

――儲ってたんですねぇ。

山口 それは『ゴング』というベースもあったし、プロレスに関わる仕事であれば全部やったということもあるから。

――WWEでは演者としても活躍されてたじゃないですか。KAIENTAIのマネージャー、ヤマグチ・サンとして。

山口 ニューヨークというプロレスの超一流企業のタレントにもなったから(笑)
〜(後略)

うらやましい話であります。
もともと、当時のプロレス界は、周辺にいれば「ご祝儀」とか「お車代」がもらえるアヤシゲな業界であり、さらには氏はライター兼プロレスショップ経営兼選手のマネージャー兼…だったから例外だったかもしれないけど、やはり、インターネット以前に「伝える」「メディア」というごく限られたパワーを持っていたところには、それなりの収入が入る術があったのでしょう。


今は、その功罪を論じる以前に、まず事実としてそのパイが小さくなっていることは認めざるをえない。