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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

余り話題にならんが「オバQ誕生50年」の節目です/オバQをうまく描く、たったひとつのこつ(藤子先生直伝)。

http://news.ameba.jp/20140130-113/
2014年1月で誕生からちょうど50年を迎えたキャラクターがいる。それは藤子不二雄の同名マンガの主人公・オバケのQ太郎だ。オバQ」「Qちゃん」とも呼ばれ、いまでも親しまれているこのキャラクターの誕生日について、ネット上では「1964年2月28日」としているサイトもあるが、これはおそらく間違いだろう。

オバケのQ太郎』の連載は「週刊少年サンデー」1964年6号から始まっている。同号の発売が同年1月22日で、誌面にクレジットされた発行日は2月2日だった。


オバQ半世紀」があまりトピックにならないのは、ひとつにはその前年というか一月前の2013年12月が、作者藤子・F・不二雄先生の生誕80年であり、さまざまな回想や企画はこの中に包摂されてしまうことがあるだろう。
それにまだお正月気分の1月に「今月がオバQ誕生50周年だ!」と盛り上げるのもむずかしい(笑)
また、いまだにあまりよく分からない理由で、オバQは再刊・再放送などがままならなかった「空白の20年(だっけ?)」があったことで、キャラクターの懐かしさの継承が他作品とくらべてままならなかったこともあるのだろう。
 
さらに推測すると…… 
全集での奇跡的な再刊は賞賛してあまりあるが、厚さや大きさ、値段的にもそんなに爆発的に売れるものではなかったのだろう。「50周年」でたとえば企画本などを出したり、藤子ムックの中でページを割いても、商業的な成果に結びつかないというマーケティングの予想がされているのではないでしょうかね。

オバケのQ太郎 1 (藤子・F・不二雄大全集)

オバケのQ太郎 1 (藤子・F・不二雄大全集)

あるいは、「全集」の文化的な意義上、ここでの再刊だけはOKが出たが、それ以外の展開には、権利上の制約がいまだに未解決のまま――だったりするのかもしれない。


そうであるなら、それは仕方ない。
そうであるなら、商業的なプロの仕事としてではなく、非商業的なファンの側だけでも、せめて盛り上げたいではないか。

藤子チルドレンを自認するような漫画ファンなら2014年中に、一回はオバQにまつわる思い出や回想などの記事、あるいはイラストを描いてUPしていただきたい、と何の権限もないがお願いする。

オバQをうまく描くためのF秘伝。「オバQは…口からかくべし!」

実はオバQ、けっこう描くのがむつかしいんだよね。おそらく数千のレベルでかいてきた(よくラクガキには彼の絵を描く)わたしがいうのだから間違いない。
ただ!!最近わかったんだよ、このこつがさ。F先生の教えを発見したのだ。
大全集の「オバQ」8巻に収録された企画ページに、それはあった。


オバQは、口からかくのだ。それも外側じゃなく、内側のりんかく線。

比較してみよう。左側が、藤子・F・不二雄先生のアドバイスに従ってかいたもの。
右は以前からの自分流で、体(外側)から描いたものだ。

違いは明白だろう。
あと、今まで自分は目を塗りつぶしていたのだけど、中に白抜きのひとみ部分を残しておくだけで違うんだね。夏目房之介氏は、『手塚治虫は、このひとみの描写によってキャラクターに自意識を吹き込んだ』と以前評していたっけ。


はてなの人々もやはり生活者であるので、「ライフハック」系の記事にはブクマがつきやすい。しかし、部屋の整理だ、揚げ物を美味しく揚げるだ、びっくりするほど簡単に英語を学べる、とかいうことより「オバQがうまく描ける」ことのほうがよっぽど重要なライフハックではないか。
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オバケのQ太郎」論序説―メモ代わりの、覚え書きとして。

・まずオバQは登場時「ハードでナウな、新感覚ギャグ漫画」であったのだそうだ。本人もそれを自負している…いま手元には無いが、1980年代に書かれた連名の自伝「二人で少年漫画ばかり描いてきた」(実質的にはA先生の執筆パートは8割。「ふだんのおしゃべりの割合」と称していた(笑))でも、そのことははっきり述べられている。
 
いまオバQを読む人は、穏やかでのんびりとした春風のような作風を期待しているだろうし、実際にそうなのだが、それは時代の変遷であり、「オバQ」や「おそ松」チルドレンがその方向性をさらに進めて、いまの地平に到達したからだ。

まさにオバQ誕生の同年のことなどを描く「1964年のジャイアント馬場」には、日本のファンの前で披露された「ジャイアント馬場のプロレス」が極めて斬新、刺激的なニュープロレスであり、観客を熱狂させるものであったことが記されている。
そんな変動期にあったのだろう。



・その一方で、オバQには、藤子・F・不二雄先生が大好きだった落語のエッセンスがぎゅっと濃縮され…というか換骨奪胎されて使われている。落語を後年聞いた当方は、よく「あ、この元ネタはこれだったか」と思うぐらいです。
しかし、落語のネタもくすぐりも、当時から著作権フリーだったのに、ここまでその「当時のハードでナウな『ギャグ』」に変換できたのは、おそらく藤子さんらごく少数だったのだろう。
これについては以前かきましたです。

藤子・F・不二雄漫画の落語の影響、「オバQ」編 - http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20121012/p4

・実はオバQのパートナー「正ちゃん」はワトソンでものび太でもなく、えらくアグレッシブにアイデアや企画を発案し、それを皆にプレゼンテーションし、賛同を得て人員を組織化、資材も用意してその夢想を実行に移すという、とんでもないリーダーシップの持ち主。その卓越したリーダーシップを、オバQがサポート…それも消えるとか空が飛べるとか、ドラえもん的万能の才能ではない。正ちゃんが、うまくその限定した能力を、それが生きる場所を与えて活用するのだ。孔明か、劉備か。
これも以前、一本を紹介した。

オバQ愛蔵版「貝殻でお金ごっこ」の話が、経済学の初級寓話として素晴らしい件 - http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20100207/p3

 
彼が子ども時代に実行したプロジェクトはこの「独自の地域通貨とマーケットの建設」だけでなく
 
※宇宙ロケット開発
※電話ネットワーク構築(糸電話)
※模擬裁判
※民間の「子ども図書館」
※幻灯機による自作の物語上映(スライドや指人形など)
※探偵活動
※独立国の建設(オバQ島)
無人島的自給自足の生活
※要塞の建築
※ラジコンを利用した模擬戦争ゲーム
※8ミリのサスペンス映画撮影
 
……アイデアと智謀、わくが如し。というか、以前かいたがこの男、むしろ革命家の素質すらある。
後年にかかれた異色作「劇画オバQ」では、発明の才能は極めて豊かだが、人が良くてだまされて失敗ばかりしている、大人の「ハカセ」君が、「あとは資金と、信頼できるパートナーだけなんだ」といって「ネクタイを締めての革命もある」と大企業の社員になった正ちゃんを口説くという展開になる。
あれはご都合主義でもなんでもなく、正ちゃんはそういう才能がある人間であることは疑いないのだ(笑)。
その誘いに、一度は脱サラも決意した正ちゃんだが、子どもができたことでその夢は終わった。だが、大企業の中でも間違いなく出世する人材であろう。小学館講談社に対抗して「社長 正ちゃん」でも出せばよかったのに。



・ま、それは冗談としても、たとえば「ラジオを有線でつないでご近所間でのコミュニティ放送を立ち上げ、みんなが自分の発表したいコンテンツを流す」「幻灯機を自作しただけでは飽き足らず、物語を創作して、それをみんなに見てもらう」なんてのは、ニコニコ生放送youtubeの先取りではないか。まだ電話が貴重品で、個人用の電話も夢物語だった時代。糸電話ネットワーク(オバQがその特殊能力を利用する)で、友達同士で自由に雑談をできるなんて、いかにも時代を先取りしているではないか。
 これからドローンという「空を飛ぶ」能力が個人化していく時代。「未来を想像した、SF予言書としてのオバQ」にも注目してほしい。