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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

「聲の形」連載へ。それに合わせ、同作品の「If」展開を考えた(サイバラ漫画を参考に)。

■話題作「聲の形週刊少年マガジンで“連載”決定!
http://alfalfalfa.com/archives/6344442.html
 
聲の形】読み切りで掲載した「聲の形」の連載化が決まりました。読んでいただいた皆様、ありがとうございますm(__)m。大今先生の構想を実現できるよう微力を尽くします。
別冊少年マガジン班長さん (@betsumaga) 2013年3月5日


聲の形週刊少年マガジンでの連載です。ありがとうございますm(__)m。 RT @yoaki_777 週マガ側での連載なのか別マガ側での連載なのか・・・とりあえず、おめでとうございます

なんだそうです。
あの作品を再度リメイクしてある程度の長さにするのか、それともあそこから続く後日談も含めた話になるのか・・・が知りたいところだけど、まずはめでたい。
この作品、
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20130221/p4
で詳しく書いたけど、あまりにストレートに関係者が「これは傑作です」「読んでください」とかかれたんで、そのストレートぶりに注目した・・・というのが個人的な経緯だった。

【衝撃作】 週刊少年マガジン(12号)の特別読切「聲の形」(こえのかたち)は必読です。とにかく凄い作品です
http://togetter.com/li/459336

とかね。
読んだ感想としては確かによくできた良作だった。だがかすかな違和感(批判には至らない)を、ある別の作品と比較して感じたのでそれも書いたっけ。

http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20130222/p9


さて今回、連載決定を受けて・・・こういうことを書いてみたい。
これは基本的に既読者じゃないとないと分からないと思いますが・・・「二次創作」っていっていいのかな?ストーリーのある部分で、ある登場人物に別の主張をさせたIf小説を書いてようと思う。
このスレッドが、要所のコマ画像を掲載していて、ありがたいことに大まかなストーリーは想像がつくと思うが・・・
http://blog.livedoor.jp/insidears/archives/52594392.html

この女の子がいじめにあう決定的な契機が「合唱コンクール」なのである

http://getnews.jp/archives/291724
・・・本作では、物理的な暴力も言葉の暴力もためらわずにむき出しの形で描かれています。難聴を抱えるヒロインの硝子をクラスの一員として合唱コンクールに参加させたいと言うきこえの学級(特別支援学級)の先生の善意が、結果的に凄惨ないじめの引き金となり・・・

ここで自分が、この先生の性格を変えるか、もしくは音楽の先生Bを出したほうがいいか。
そして、こう展開する。

「私は反対ですね。彼女は合唱には参加させません。」
「それはひどい。」
「ひどい? いいですか、合唱コンクールとはより美しい歌声を競うものです。彼女は肉体的な障害・・個性とかいうのはやめましょう、障害があって、残念ながら歌を健常者と同じようにうたうことはできない。無理に発声させると合唱に異音がまじるし、他者のリズムを崩す。」
「・・・・・」
「クラスが目指すのは、より良い音を聞かせることです。能力に応じて、それをやってもらおうというだけです。別に健常者の生徒だって、私は相当オンチならはずしていいと思いますが・・・100歩譲って、全生徒が参加するのがルールだというなら、単に音楽が上手くない、生徒は認めましょう。しかし肉体的な障害があるなら、離れてもらいます。車椅子の生徒を組体操に参加させますか?」
「彼女はどうするんですか」
「歌えないなら、一緒に立っているだけでいい。人間は能力に応じてできることもできないこともある、それぞれにできることで頑張ればいいんだ・・・ということを知るいい機会でしょう」

さて。
丁寧に考えるのが面倒なので、いま一方的に、実際の漫画に出てくる「参加させるべきだ」教諭を聞き役にしてしまったが、決して「参加させよ論」が違っているわけではない。このIfストーリーを進めていっても、よく言って互角だろう。
漫画の中では 参加→彼女のために合唱の完成度が下がり入賞できず→露骨ないじめ発生
という結果がわかっているから、上の不参加論が通ったらそこからは枝分かれしていくけど。

この作品の「合唱コンクール」に関する違和感にはこんな指摘があった。
http://blog.goo.ne.jp/kazuhiko-nakamura/e/e4a8cb73159732effc738312c8699c00

その女の子は合唱コンクールに参加するわけですが、かなり無理な設定です。
聞こえの教室の先生が「合唱コンクールに参加させないってひどくないですか?」というようなことを言いますが、まずそんなことをいうような人はいないでしょう。まあストーリーの都合上、しゃべっているわけですね。
合唱には口パクで参加するという方法がもっとも現実的で、多くの人が音楽の時間は口パクでしのいでいたと聞きました。
また、口話が流暢な人でも音程をとるのはとてもとても難しいです。まして口話が不得意であれば合唱コンクールに参加してある程度のレベルで歌うのは100%無理だと思います。漫画では友人が手で音程を教えてくれますが、うまく歌えるわけもなく合唱コンクールでは入賞を逃します。


実は、上のIf話を考えたのは元ネタがある。西原理恵子の漫画が。
一度書いたことがあるのでそれをコピペする。

まだサイバラ鴨ちゃん夫婦が離婚してないころ「アジアパー伝」かな?、鴨ちゃんの草野球をサイバラがぽけっと見ているという話がある。
鴨ちゃん
「レフトが穴だ!!レフトを狙え!!」と徹底的に相手のレフトを集中攻撃、実際に相手のそこの守備は穴でどんどこ大量得点・・・・なぜなら、そのレフトを守るのが障害者だからだ。
で、なんのフォローもなく鴨ちゃんチームは大勝利、何の屈託もなく鴨ちゃん大いばりで勝利の美酒。
サイバラは相手チームの別の選手に尋ねる。
「どうしてあの人に、レフトを守らせてるんすか?」
相手チームの答えは単純。
「彼、レフトが好きなんですよ」。
立ち読みだったが、涙をこらえるのにあれほど苦労したことはない。

これが元ネタだからこそ・・・両論の元になるのだ
野球という競技形式(2チームが対戦)するから、相手側の視点から見て「レフトを狙え」になる。野球という枠の中で勝ちに行く。そのとき、相手に障碍者がいることが競技上の弱さになるならそれにつけこめ!」は「合唱コンクールの完成度を高めるために声が出ない障害のある子は外れてもらう」と表裏一体だ。

しかし、この野球はそもそも相手チームがおそらく勝敗に関係なく、障碍者を「彼はレフトが好きだから」で守らせているからそうなったのだ。
だから上で書いた、「聲の形」のIfの議論は、両者を反映したものになっている。

自分が上のサイバラエピソードを最初に紹介したのは
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20060901/p3
で、「義足ボクサー」について当時のゴン格を引用している。

土山直純とは。・・・・(略)代表的なものとしてこれを紹介しておきます。
http://blog.livedoor.jp/tatuya_nakamura/archives/50565421.html
「義足ボクサー」ですね。

しかし、こういう話なわけですから、ボクシングとは別の部分で注目を浴びることに対して、内心はどう思っているのか?
ゴン格では、ここに対してあえて聞きます。

ここであえて意地の悪い言い方をすると、ある種の物めずらしさから注目があつまるこtについて、本人はどう考えているのだろうか。

これへの答えがすさまじい。

結局、最後は実力の世界なんで、そうやって注目してもらうことはおいしいですね

・・・実を言うと最初、わたしは「注目されるのはおかしい」と読んで、「やっぱり、本人にとっててはそうだろうなあ・・・ん??・・・『おかしい』じゃなくて『おいしい』??」と、三流喜劇のようにいったんスルーしてからひとりツッコミしちゃいました(笑)。
そして、ううむ!とぐうの音も出ずに打ち負かされました。
なんというのかね。ボクシングという居場所の、「残酷さ」を彼は「信頼」している。だからこそ、ある種のエゴイストでいられる。


しかし、本当はこのサイバラの漫画(というよりコラムのカット的なもの)は何に乗っていたかなあ?たぶん「サイバラ茸(だけ)」の何巻目かに掲載されていると思うんだが・・・知っている人は教えてください。