【トンガ噴火お見舞】INVISIBLE D. ーQUIET & COLORFUL PLACE-

John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

AKB48…というか秋元康氏について質問。彼はいわゆる”怪物”なのか?〜或いは虚業家列伝。

AKB48の総選挙があったことは知ってますよ。テレビで数日前やってたからね。徳光和夫アナが司会だったでしょ?あれには驚いた。
総選挙の感想としては
「1位は知ってる。新しい名前を覚えずに済んだので助かった」
以上の感想はまったくないのだが、以降がこのブログの読者への質問だ。AKBの流れに詳しく、それでいてAKBにやや批判的な人だと好ましい。

あらためて回想してみたんだよ。
自分は「夕焼けニャンニャン」にしても、そこから生まれたおにゃんこクラブにしても、とんねるずの一連の夜の番組にしても、そして今回のAKBにしても、時代的には接する機会があったのに、察知できる範囲では秋元康プロデュースのエンターテインメントに驚くほど接していない。それも嫌って敢えて見ないとかじゃなく、ほんとうにのほほんとしてたらそういう番組を見なかった。あ、「仮面ノリダー」は仮面ライダーのパロディだと評判になったので数回みたけど、たしか見てから数回でそのコーナーが終わったのかな?かなり長い間「ライダーを『乗りダー』とウソ翻訳したから仮面ノリダーだ」と思ってたし(笑)。

唯一、秋元康関連のエンターテインメントで「それなりに知っている」と言えるのは彼が作詞した「河の流れのように」ぐらいかもしれない(笑)。


さて。
以上のことは悪口に聞こえるかもしれない。
正直、秋元康が関わるエンターテインメントはそのほとんどが、自分にとっては面白いと思えるものではなかったし、質が高いとも思えなかった。


だが。
今回のAKB48をはじめ「ヒット商品」を連発し、いくつはかただのヒットを超えた「社会現象」となっていることは・・・作品自体に愛着、興味がないからこそ、客観的にそう感じることができる。

では、そういう社会現象を一度ならず、二度三度仕掛けた秋元康という男は・・・
「怪物」ではないかね?

っていっても、「怪物」、というのに定義として共通性がなきゃ、尋ねてもしょうがないよね。要は
康芳夫 みたいな人。
角川春樹 みたいな人。
川内康範みたいな人。
苫米地英人みたいな人。

篦棒な人々ー戦後サブカルチャー偉人伝 (河出文庫 た 24-1)

篦棒な人々ー戦後サブカルチャー偉人伝 (河出文庫 た 24-1)

ここにアントニオ猪木…を入れたいところだけど、ジャンル限定だし自分もプレイヤーだからちがうな(笑)。
比較するとめちゃくちゃスケール小さいけど、高須基仁さんなんかは逆にその「ミニ版」さが分かりやすいかも。

 
もう少し違う角度から言うと「水道橋博士吉田豪が好んで会いたがる人」と言ってもいい(笑)。
新・人間コク宝

新・人間コク宝

濃厚民族

濃厚民族

異論、反論も多いと思う。
というか・・・そもそもこのエントリの読者も二手に分かれていくと思う。
「怪物」を批判の用語と受け止めるか、この上無い賞賛の称号と取るか。
「怪物なんて失礼な、名誉毀損だ!」という人と「秋元は怪物なんて賞賛に値しない!」という人と、両方いるでしょう。
しかし・・・自分はぶっちゃけ、筋金入りの後者だ。尊敬・敬愛されて偉人とか重鎮とか呼ばれるより、畏怖や恐れをこめて何かをしでかすのか分からない、あやしげな「怪物」と認定されたほうがいい。

 
或いは、康芳夫氏への異名を援用して巨人ならぬ「虚人」、巨魁ならぬ「虚魁」との称号を授けようか。

商売の世界…ことにエンターテインメント・ビジネスにおいては、「100の価値のものを100で売る」人より「10の価値のものを1000で売る」ほうが尊敬される・・・かどうか、末路はどうなるか分からないけど(笑)、「抜け目ねぇなあ」「うまいことやったなぁ」という目では少なくとも言われる。
康芳夫が仕掛けた「オリバー君」や「空手家vs虎」「アントニオ猪木vsアミン大統領」は、はっきり言って羊頭狗肉だったが、実際に中身もある「羊頭羊肉」だったら康は今、「虚業家」「虚人」と呼ばれていないわけで・・・。
これは彼の評伝漫画の一節だから実際に言ってるか分からないけど「オリバー君は人とサルの混血ではなくチンパンジーだ!」という新聞の批判記事が出たとき、康氏は大哄笑する。
 
「日本一の大新聞のトップ記事が なんと『チンパンジイィィィ』!!見せものってのは、こいつらの方だァァァ!!」

変人偏屈列伝 (集英社文庫(コミック版))

変人偏屈列伝 (集英社文庫(コミック版))

ん?今年4月に文庫本出版?
そりゃ嬉しいニュースだ。


本題に戻って。
AKB48に対しては玄人筋から「歌も踊りも未熟」「ほとんど素人」「韓流アイドルはレベルが高いのに・・・」とか言われる。
そうかもしれない。基本見てないのでしらない。
だが、もしそうなら、そんな未熟な商品を大ヒット作にしたプロデューサーは「虚人」「虚魁」と呼ばれるに値するんじゃない?
そのお弟子さんの「もし高校野球の・・・(むにゃむにゃ)・・読んだら」もそう。
それが作品として完成度がよろしくないという批判が正しかったとしたら…それをミリオンセラーとし、映画やらアニメやらになった時点で「虚業成れり」ですよ。


要点をまとめてみます。

秋元康は、(個人的な評価としては)良質の作品、エンターテインメントを生み出しているとは思えない。
・だが、客観的に社会現象と呼べるブームを二度も三度も仕掛けて、成功している。
・そういう点で、康芳夫角川春樹川内康範的な「怪物」「虚人」「虚魁」ではないか?
・自分は正直、こういう『怪物』には通常のセレブや権力者以上に敬意を払っており、できれば秋元をその「怪物」「虚魁」と認定したくは無い。
・しかし先日発生した「AKB総選挙」のような社会現象を見ると、秋元康はそのような存在である、と認定せざるを得ないのではないか・・・

ということです。
「秋元さんの作るものには実がある。怪物とか虚人とか失礼な!」
「秋元のやってることはスケール感もロマンもない。康芳夫角川春樹と比べるな!」
どっちの批判も受けると思います。
ご教示ください。

あ、こんなのあった(町山智浩ブログ)

http://d.hatena.ne.jp/TomoMachi/20040217

村上隆を)ぶぶぶぶぶっ殺したくなる!

秋元康も同じ種類の「そうですよ、サギですよ」と言ってしまうズルい奴だったが、この手の奴は80年代に全部滅ぶべきだった。あの3DOとか作らせた汚ねえヒゲ面のチビとかな。

「琴となり 下駄となるのも 桐の運」〜起業家も虚業家も紙一重。敗者もまた、男の憧れ。

夢枕獏が「男は世界の頂点に立つ覇業も夢見る。その一方で行雲流水、たった一人であてどない旅を続け、どこかでのたれ死ぬのにもあこがれる」とどこかで書いていて、実際に世界最強を目指す「餓狼伝」や「獅子の門」、その一方で家も無い一介の将棋真剣師の物語「風果つる街」も執筆した。


企業家も同じで、株式上場まで行ったり、或いは一社員から大企業のトップに上り詰めて「モーニング」や「イブニング」の表紙を何度も飾るのも憧れでしょうが・・・とくにエンターテイメント業界では、大型負債を抱えてついに倒産して・・・債権者集会で債権者が「あいつには迷惑かけられっぱなしだよ・・・でもなんか、にくめない奴なんだよなあ」なんて言われるのも、男のひとつの本懐、ロマンなんじゃないだろうか。まあ得がたい経験、ドラマチックな人生であり、つつがなく生きるよりはよほど刺激的なことかもしれない。
KAMINOGE」で山口日昇氏は、負債やハッスルの失敗を今はうまく?芸にしているものなあ。
ということで冒頭ふたつのエントリとうまくつながるのである(笑)。
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20120611/p1
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20120611/p2
「敗者には、何もやるな!」というのはこういう人々を冷酷に叩け、という意味ではなく、「一歩違えば成功者になり得たものに、同情はもとより不要。本人たちもそれを求めていない」という意味なのだろう。




ついでに言うとこれは、外国で電気も水道も無い未開の村を訪れ「ここに人間の本当の暮らしがある、文明人が失ったものをいつまでも持っていてほしい・・・」というようなものです。リアルに自分がそういう体験をしたいかというと、できれば避けて通りたいと思います(笑)。まあ来るときは、避けても否応なくあっちから来ますからね。


それに興行師ってなぜか、いつかどこかで復活するもんです。

http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20040412#p1

康芳夫の話が出てきたが、彼の言葉が面白い。
「興行師は、逃げ時、戻り時を見極めねばいけない」のだそうだ。
要は、興行が失敗したら、何の迷いもなく行方をくらまさねばいけない。絶対に躊躇してはいけない。
しかし、そのまま消え続けていては忘れさられる。だから、相手が許してくれそうな時期をうまく計って戻ってくる、その見極めが重要・・・・なんだそうだ(笑)。

虚業成れり―「呼び屋」神彰の生涯

虚業成れり―「呼び屋」神彰の生涯

ドン・コザック合唱団、ボリショイバレエ、レニングラード・フィルなどを次々に日本に呼び、全国にセンセーションを巻き起こした「赤い呼び屋」、神彰。彼は、日本が敗戦から立ち上がり、復興、そして高度経済成長時代へと突き進んでいた元気な時代をさっそうと駆け抜けた。短い栄光のあとの転落。そして再起。まったく何もないところから「幻」を追い求め、アイディアと度胸とバイタリティーで次々に実現していく神の生涯のたどり着く先は…興行の世界に身を置く著者が、共感を込めて追跡する

そんなで許されるのか!!とカタギの考えではなるが、逆にそういうのが許されて初めて、ショウビジネスというのは回っていくのかもしれんね。

以前そういう「虚業家」へのロマンを書いたエントリ

■デ・ニーロが映画プロデューサー役の「トラブル・イン・ハリウッド」が公開中。「g2」では自己破産の映画屋(くらたま夫)手記も

http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20100914/p5
「娯楽・情報供給者」ということで興行師・・・が必然だかなんだか持つ「いーかげんさ」や「非常識さ」を戯画化した作品は大好きだ。映画「キングコング」(リメイク版)は長すぎるとよく言われるけど、最初の「スーダラ興行師列伝」的なところも自分は楽しめた。

■明るい話題 其の2「本当はかっこいい笹原圭一」。

http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20091231/p2
『運命がカードを配り、我々が勝負する』

■いま思うと鈴木みその「銭」は「グラゼニ」に先んじていたな(※「限界集落温泉」のこと)

http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20120327/p2
えらく調子のいい、ウソや手のひら返しが生活の一部で、だけど憎めない「業界人」(≒興行師)・・・というのは「浮世離れした理系の研究者」みたいな一種のファンタジーで、実際にそこまで典型的な人もいないだろうけど、世の中のどこかには、いてほしくもある(笑)。

限界集落温泉 1巻 (BEAM COMIX)

限界集落温泉 1巻 (BEAM COMIX)

代理人、プロデューサー、エージェント、プランナー…現代の「縦横家」よ闇にうごめけ

http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20080613/p5
実際に書く作者でも、その出版社に勤める編集者でもなく、「こんな本をXXさんに書いてもらったら面白いんじゃないか?」という企画を、あっちからこっちに持ち込み、作者にそっちからこっちの依頼を持ってきて口説いて、自分に資金も、たぶん批評力やアイデアはあっても実際に書く文才も無くても、自分が望む本を作ってしまう、そんな才能。そんな職業。
そんな人、どこに存在しているのかよく分からんが、たしかに実在するようなのだよな。

■映画、TV、出版…「最後の冒険商人」が生きているのは、こういう権利仲介ビジネス?

http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20110619/p2
丁半バクチみたいなビジネスこそやってみたい!そこにこそ、生きてる実感がある!!みたいな夢を持った若い人もいるんじゃなかろうか。