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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

昨秋刊行の沢木耕太郎「ポーカー・フェース」は「バーボン・ストリート」「チェーン・スモーキング」の”続編”エッセイ。

なんで今更書くかというと、半年前の新聞切抜きが出てきたからだ。
毎日新聞の書評欄、著者インタビューより(2011年11月20日

ポーカー・フェース

ポーカー・フェース

高峰秀子の潔さ、尾崎豊への後悔、そしてサリンジャーが死んだ―虚と実が綾なす人生の不思議。独り在ることの惑いと誇り。生きる者と死にゆく者へ贈る励ましと別れの言葉。圧倒的な清潔感と独自の美意識に溢れた、13編を収録。

エピソードが次のエピソードを順に呼び起こし、全体で一つのテーマが浮かび上がる。
(略)
「起承転結がはっきりしているのではなく、総和が連鎖してなるほど、と分かるところで着地する。30代の頃、普通のエッセーではつまらないと思って考え出したんです」

それは
「バーボン・ストリート」「チェーン・スモーキング」に次ぐエッセイとなる。

バーボン・ストリート (新潮文庫)

バーボン・ストリート (新潮文庫)

チェーン・スモーキング (新潮文庫)

チェーン・スモーキング (新潮文庫)

格闘技ファン、スポーツファンには・・・、どっちがどっちに掲載だったか忘れたが
「奇妙なワシ」
「老いすぎて」
の2本が、いまだに語り継がれ、そして今なお重要な問題提起となっていることを知っている人も多いだろう。
この2本とも、凡な文章書き(プロ、アマ問わず)なら「一生に一度、この水準のエッセイを書ければ本望だけど、・・・たぶん無理だろうな」と思わせる作品。だが、それが同書の中で最高傑作とは必ずしもいえない、そんな珠玉の文章だったのだ。


その「続編」というなら・・・それは読まずんばなるまいて。
今回の作品は

高峰秀子さん、井上ひさしさん、吉村昭さんら亡くなった人々との逸話が目立った。

そうだ。