- 作者: 柳澤 健
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2011/09/13
- メディア: 単行本
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「1993年の女子プロレス」に比べると、自分の予備知識が少ないんですね。なんだかんだと言って90年代は全盛期の週プロに引きずられて自然とブル中野や北斗晶などスターについては名前や個性を知っていた。80年代だと、主要人物はやっぱり知っているけど、比較すると知識はそれほどでもない。
なので、かなり個別のテーマになりますが、自分が一番注目したのは長与千種のほうではなく「ライオネス飛鳥」のほうでした。これは初出の雑誌で読んだときに、長与のほうのことは一通り出ていたということもあるのですが。
まず、ライオネス飛鳥は、ひとりのアスリートとして長与千種とは比べ物にならないぐらい優れていたそうです。
入団テスト自体がトップの成績、そのまま「士官候補生」となり、柳澤氏が発掘して大反響を呼んだスクープ「全女には、『押さえ込みルール』という真剣勝負があった」に関して言えば、、負けたのは相手が反則のやり方をしてきたときの一回だけだったという。
だが、フロント側から、こういわれる。
「お前は確かに強い。技もすぐに覚える。でもお客さんに伝わるものが何も無く、見ていてまったく面白くない」
この言葉に衝撃を受ける飛鳥。
その後、クラッシュ・ギャルズとして日本のてっぺんに立った彼女だが、つねに「負け役、やられ役」の長与千種の影に隠れる。人気は常に後塵を拝する。
これはある意味、とんでもないパラダイム転換でありました。
なぜだろうか?
http://d.hatena.ne.jp/washburn1975/20110920
……印象的だったのが、やられ役の長与千種が試合をコントロールし、美味しいところをぜんぶ持っていったしまった、というところ。華奢で弱い千種が極悪同盟に血だるまにされ、苦痛に顔をゆがめ、耐えに耐えてライオネス飛鳥にタッチする。そこで飛鳥が出ていって敵を蹴散らす。……(略)ですが、飛鳥は最後に怪獣を倒すウルトラマンの役割であり、人間のドラマからは排除……感情移入するのはあくまで千種の表現する苦痛のパッションであり、そこに「自分たちは虐げられている」という思春期特有の鬱屈を抱えた少女たちが熱狂したのだ、と。
うなづける内容ですが、ならばその30年前には、木村政彦は観客から感情移入される存在になぜなれなかったのでしょうか。
(略)…長与千種は「試合に負けるのは快感だ」とまで言っていました。負けることで会場の注目と同情をすべて集めることができるから、というのですが、「負けたら腹を切る」と柔道の試合前夜には実際に短刀で切腹の練習をしていたという木村先生に、そんな発想ができるはずも……
おそらく、飛鳥は「自分がおいしいところを取られている」ということに気づいたとしても、じゃあその「おいしいところ」というのはどこなのか?ということを分からなかったのではないだろうか。
だから、不満やストレスが鬱積し、人気絶頂の時に「芸能活動の中止」を打ちだしたりした。
http://d.hatena.ne.jp/washburn1975/20110919
…誰とも話したくないため、常に音楽のかかっていないウォークマンのヘッドフォンを耳につけて…(略)…それまでに貯めた数千万円の私財を(※精神的に依存していた)彼女のアーティスト活動につぎ込みます。この時期、千種は飛鳥を「お前、死神に取り憑かれたね」と……
そして一度は引退。長与千種もそれに先だってリングをいったんは去っていた。
しかし、飛鳥は復帰し、そして「開眼」する!
プロレスに復帰しても、人気はかつてのようには戻らず、しばらくは迷走を続けた飛鳥だったが、1997年の1月、大きく事態は転換する。
ベビーフェイスの工藤めぐみをシャーク土屋が反則三昧で攻撃していた時に乱入した飛鳥。
「飛鳥が助けに来てくれた!そのまま土屋をやっちゃえ!!」
と期待する観客を裏切るように、有刺鉄線を巻いた竹刀で飛鳥が殴りつけたのは工藤だった!!
この「裏切りの竹刀」に観客は怒号の渦となる!!
ライオネス飛鳥がリング上で罵倒されたのは初めてだった。だがこの観客の怒りは確かに自分が作り出したものなのだ。飛鳥は嬉しかった。
キラー・カーンの「裏切りのアルバトロス」などが有名ですが、リング上でのヒール転向劇だ。
ここをきっかけに同書はしばらく「プロレスの試合はヒールが作る。ベビーはそれに乗っかる受動的な存在なのだ」という話をページを割いて論じている。
これ、一度自分は、映画監督の森達也がホストを務める番組を見ながら書いていた。
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20080714/p4
ツッコミとボケとヒールとベビーと主導権について
森達也氏のしゃべりで気になったことが。「漫才で言えば
ツッコミがヒール
ボケがベビーフェイス」そうかなあ?
米国ではよく別の言い方で「ヒールがハンドルを握っている。ベビーフェイスは助手席に乗っている」というふうに表現する。
逆に言うと漫才で「ボケ」と「ツッコミ」。どっちがハンドルを握りどっちが助手席なのか?というお笑い論だな。
僕は個人的に、ハンドルはボケが握ってると思うので
ボケ=ヒール=ハンドル
ツッコミ=ベビーフェイス=助手席
という図式だと思っている。ひょっとして単純に、逆に言い間違えたんじゃないかな?とも思うのだが。
森氏の、言い間違いだということでOKのようですね。
わたしは「助手席・ハンドル」のたとえを、蛇使いことをジェイク・ロバーツが言っていたと記憶している。
ここらへんは一家言ある人が多いので、さらに各自論じて頂きたい。
そしてライオネス飛鳥は運動神経とフィジカルで「天才」であり、その才能に乗っかるだけだった若手時代や、長与千種に一から十まで演出されていたクラッシュ時代とは違い、深くヒールを通してプロレスを考えるようになる。クラッシュの抗争相手だったダンプ松本や、長与の「やられ方」は最高の教科書だった。
そしてひところの上田馬之助ではないがあちこちの団体をわたりあるき、そこのベビーを血の海に沈めて、そして・・・再びのクラッシュ対決では、タッグ時代のコスチュームをわざわざ記者会見に持参し、ハサミでズタズタにする。舞台となったのは長与千種率いるガイアジャパンのリングだったが、勝負にそこの「団体の全権」を賭けさせ、勝利すると長与を第一試合に格下げさせる。
この団体の経営権をからめたアングルもひところ流行したなあ。
そしてそこで…ヒールのライオネス飛鳥として、ベビーの長与千種と闘うことで。
「長与千種は、
やっぱり
天才だったんだ!!」
と飛鳥は理解した、と柳澤健は記している。
そして「クラッシュ2000」が再結成される……。
「A・ミーツ・B」や「すれちがいと再会」がメロドラマの基本なら、この「1985年のクラッシュ・ギャルズ」は、ひとつのメロドラマでもあるのではないでしょうか。
こういうノンフィクションが出た。ではフィクションはどう答える?
未踏だったプロレスの裏側が、探検家の調査や亡命者の証言(笑)によって調査されてずいぶんとたつが、「プロレスは結末まで決まっていて、その中でいかに観客を手のひらに乗せていくかの勝負がある。また、その結末がある中で、それでも技術や実力のせめぎあいがある」ということをフィクションに昇華された成功例はまだ少ない(おれ認定)。
けっきょくグーッとさかのぼって、1〜4巻ぐらいデスカ?
「餓狼伝」の、プロレスラー梶原vs丹波文七とか、梶原と長田がプロレスの中で勝手に行ったシュート試合ぐらいしか、うまく回してないんじゃないでしょうか。この部分は、圧倒的に谷口ジロー版のほうが、板垣恵介版よりいい!!というか原作に忠実。(原作の1巻分しか描かれて無いけどね)
- 作者: 夢枕獏,谷口ジロー
- 出版社/メーカー: メディアファクトリー
- 発売日: 2005/11
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一応、それに挑戦した作品はあったんですよ。
- 作者: コウノコウジ
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2009/05/01
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太陽のドロップキックと月のスープレックス 1 (モーニングKC)
- 作者: 落合裕介,ミスター高橋
- 出版社/メーカー: 講談社
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女子プロレス漫画というと、それ自体すくない。
「ゲッサン」に一作載っているけど、創刊後とかにちょっとだけ読んだ限りでは「ここだけタイムスリップしてますね」というような平和な作品で、というかプロレス漫画と言っていいんですかつうもので、そもそもこの荷を負わせるようなものじゃない。
http://gekkansunday.net/rensai/elpalacio/110112.html
ここが噂のエル・パラシオ 1 (ゲッサン少年サンデーコミックス)
- 作者: あおやぎ孝夫
- 出版社/メーカー: 小学館
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ああ、そこでメインイベンターやってる島本和彦が「燃える!女子プロレス」を描いた時、ちょっとぎりぎりまでこの問題に踏み込んだが、あの人特有の「矛盾をそれ自体、大ゴマでバーンと提示すると、なんか逆にそれで収まってしまう」というのをやったんだよな(笑)
- 作者: 島本和彦
- 出版社/メーカー: 小学館
- 発売日: 1993/04
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「プロレスラーが敢えて真剣勝負に挑み、その中でプロレス流の凄みを見せる」という、派生的なコンセプトなら「空手小公子小日向海流」「修羅の門・ヴァーリトゥード篇」「グラップラー刃牙」で、かなりの成功を収めているかもしれない。
ただ。
この前、「1993年の女子プロレス」を紹介したときもこういう流れになりましたが、プロレスを今後描くときには、一種の「演劇論」を織り込んで描くしかないと思いますです。
演技の中にだって、役者同士の、あるいは役者と観客の「真剣勝負」はあるわけでね。
だからこそ…あ、この前その「1993年の…」紹介エントリ
http://d.hatena.ne.jp/gryphon/20110402/p1
で触れた「デラシネマ」は新刊が。
- 作者: 星野泰視
- 出版社/メーカー: 講談社
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日映の大部屋俳優・宮藤武晴は、ようやく現場復帰して目立つチャンスを狙うものの、回ってくる仕事はセリフも立ち回りもない役ばかり。一方、フォース助監督・風間俊一郎は、第5のスターとして迎えられた市岡光春と御大・市岡歌蔵が共演する大娯楽時代劇で、俊英・高羽監督の下につくことになった。──スターと大部屋俳優、俊英監督とフォース助監督、そこには大きな壁が立ちふさがっていた!
- 作者: 星野泰視
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まだ3巻までだから、読めばすぐ追いつけますヨ?
「ガラスの仮面」はあんまりにも有名だから飛ばして、もう一方の古典をば。
- 作者: かわぐちかいじ
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例えば、四谷怪談の映画で、主役の浪人に斬り殺される按摩役が、その場を「食い」に来て、「てめえ(主役)は、かっこ悪く俺を斬るんだよ」としかけるシーンがある。
逆に、聖書物語の映画化で、そんな演技合戦を仕掛けにきたユダに、キリスト役は敢えて目をつぶり、その「仕掛け」を無効化させるなんて切り替えしもある。
こういう、本当の芝居や映画と共通する演技合戦と、またプロレスならではの危険性や、実際の格闘技と隣接する技術や肉体の攻防。
そういうものを織り込んだフィクションは……たぶん、これから出てくるだろう。