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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

編集手帳落穂ひろい

毎日やればいいだけなのについつい忘れてしまう編集手帳の紹介。一時、保存するだけはしているので、その遺漏をまとめて補う

武者小路実篤の色紙に教わった言葉がある。〈桃栗三年 柿八年 だるまは九年 おれは一生〉。ことわざに付け加えた後段部分は彼の自作であるらしい◆桃と栗は3年、柿は8年かかってやっと実がなる。達(だる)磨(ま)大師の場合は「面壁九年(めんぺきくねん)」、壁に向かって座禅を組むこと9年にして悟りを開いた。自分はこつこつと一生をかけて実るのだ、と◆

近所のみすぼらしい下宿屋が「群鶴館」という美しい名前と知り、猫がつぶやく。〈名前に税はかからんから御互(おたがい)にえらそうな奴(やつ)を勝手次第に付ける…〉。夏目漱石『吾輩(わがはい)は猫である』の一節である◆世の中には実態とかけ離れた皮肉な名前があるもので、新聞紙面で最近よく見かける「SPEEDI」(スピーディ)も、その一例だろう。

◆〈風流の初(はじめ)やおくの田植(たうえ)うた〉。白河の関を越えた所で一句したため、芭蕉の旅程は福島から宮城、岩手県へと進む。塩釜、松島、石巻、平泉――どこも、この大震災の被災地だ。今、同じ道を歩けば、俳聖はどんな句を残すだろう◆田植えもままならない状況で風流に旅するわけには…と考えるのは、よろしくない。松島では湾内を巡る観光船が再開した。(略)ブログなどで、現代版の「おくのほそ道」がたくさん発信されるといい。

◆「ONE DAY IN EUROPE」という映画がある。同じ日の欧州4都市の出来事を綴(つづ)ったオムニバス作品で、一口に欧州と言っても、人々の言葉や気質、社会通念がいかに異なるかを教えてくれる◆

宮城県気仙沼市の「十八鳴(くぐなり)浜」と「九九(くく)鳴き浜」が天然記念物に指定されるという◆震災で津波に襲われながら、鳴き砂の海岸は奇跡のようにほぼ無傷で残った。地元の中学校では校歌にも歌われる郷土の誇りである。歩けば復興の槌音(つちおと)ならぬ“砂音(すなおと)”が聞こえるだろう

名前をもじった愛称がある。メロドラマの巨匠、映画監督の成瀬巳喜男(みきお)はやるせない抒情(じょじょう)の薫る作風で〈ヤルセナキオ〉、作家の安藤鶴夫は涙もろい感激屋で〈カンドウスルオ〉…といった具合である◆これも一例だろう。内閣府原子力安全委員会の委員長、班目(まだらめ)春樹氏が連立与党の一角、国民新党亀井静香代表から「デタラメ委員長」の異名を奉られた(略)◆ちょうど今、ラジオから流れるプロ野球のナイター中継で、実況アナの告げる〈ワンナウト〉が「カンナオト」と聞こえた。いやな“もじり”である。政権のスリーアウト、ゲームセットがいつかは知らない。

作家の嵐山光三郎さんがある随筆に書いていた。〈人間の一生というのはだいたい八勝七敗か七勝八敗である。年をとるにしたがって、勝率五割に近づいていく〉と(略)◆負け越しの美酒は異例だろう。先の技量審査場所で3勝4敗に終わった幕下の荒鷲垣添両力士がそれぞれ新十両、再十両に昇進した。八百長問題で幕内、十両の計17人が土俵を去り、空席を埋めるための非常措置だが、「運も実力のうち」という。怖(お)めず臆せず堂々と、胸を張って土俵を務めればいい◆「勝率五割」で思い出す都々逸がある。〈渡る世間は丁目と半目、善いと悪いは一つ置き〉(作・長谷川伸)。「

いつもならば「梅雨入り」と聞いて、ため息まじりのボヤキが口をついて出るところである。今年は、季節の用意した喪に服するような、しんとした気分でいる。

 俳人長谷川櫂さんに、すしネタでおなじみのシャコを詠んだ句がある。〈蝦蛄(しゃこ)といふ禍々(まがまが)しくて旨(うま)きもの〉。ぞろっとした脚をして、なるほど醜い

〈梅雨続く小錦十人いるような〉(坪内稔典

米国の第20代大統領ガーフィールドが暗殺されたとき、全米200紙を超す新聞に広告が載った。〈私は、合衆国政府が作成した故大統領の肖像版画を入手した。熟練の彫版工が彫った原版からカラー印刷したものを、1枚1ドルでお分けしよう〉◆1ドルを支払った数千人が受け取ったものは、大統領の肖像が描かれた5セント切手であった――と、青土社刊『詐欺とペテンの大百科』にある。

この短い文章を毎日書いていると、取り上げた出来事や書き留めた言葉をすべて記憶していては身がもたない。忘れ去るのが仕事のようなところがある。それでも胸に刻まれて、そらで言える言葉が幾つかある◆たとえば、3年前の北京パラリンピック車いすで2種目を制した伊藤智也選手が、金メダルの喜びを語った言葉。「生きてきた人生のなかで5番目にうれしい。子供が4人いるので」

二つのセリフを知っていれば、時代劇の敵役はこなせる。生涯に300本ほどの映画に出演した俳優の故・阿部九州男(くすお)さんは生前、そう語ったという。映画監督の瀬川昌治さんが本紙東京版のコラム「とうきょう異聞」で回想していた◆二つのセリフとは〈退(ひ)けぇ! 退けぇ!〉と〈かねての手配通り、よいな〉であったそうで(略)

 深い憂愁の作風で知られた明治生まれの詩人、高橋元吉はうたっている。〈みづのたたへのふかければ/おもてにさわぐなみもなし/ひともなげきのふかければ/いよよおもてぞしづかなる〉