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John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています 

キャッチレスリングと柔術を考える・延長戦(Gスピ+「翻訳blog」)

Dynamite!の話題も「戦極の乱」の話題も出てこないこの日、隙をついてキャッチレスリングの話をする。キャッチ・アズ・キャッチ・キャンとは俗に「機会を逃すな!」という意味もあるのだ(笑)

12月は流智美那嵯涼介氏らが監修したカール・ゴッチの評伝DVDが発売される予定とも聞くが、どうなっているだろうか。
それはおいおい情報を確認するとして、Gスピリッツに2回に渡って連載されたカールゴッチの”決定版”評伝と、そこから当然のように派生してくる英国・米国のキャッチレスリングに関しての話だ。
実はあれに関して数度ここで書かせてもらったが(「カール・ゴッチ」または「キャッチレスリング」でここを検索、過去3ケ月ほどの該当エントリーを見て下さい)。そこで得た情報に、こういうブログの存在がある。


翻訳Blog
http://sanjuro.cocolog-nifty.com/blog/
いや、ものすごくすごい。どれぐらいすごいかというと、超すごい。
と、言語中枢に異常をきたすぐらい凄いブログであります。
著者は植村昌夫氏。 http://sanjuro.cocolog-nifty.com/about.html


だいたい、カテゴリーを見てみなよ

# ガンジー # コナン・ドイル # シャーロック・ホームズ # ニュース # ヴェド・メータ # 偽メール事件 # 夏目漱石 # 本 # 村上春樹 # 格闘技 # 煙草 # 翻訳 # 英語 # 軍事 # 雑談 # 高島俊男  


もう、なんかね「俺のために作られたブログ」のような気がしてきた(笑)。
まあ、ホームズ学だ高島俊男だといった他の部分も語りたいのは山々だが、この際、最初に見ていただくのは「格闘技」のカテゴリーだ。
http://sanjuro.cocolog-nifty.com/blog/cat1911706/index.html

「柔道か柔術か」で23回連載って、ふつうに格闘技サイトの仲間入りだ(笑)。
というかこの記事、ふつうに「ゴング格闘技」とかに載ってもまったく違和感がない。日本にプロ・アマチュア含め、キャッチレスリングの研究を行っている人が何人いるかは分からないが、もしかりにキャッチ学会が開かれれば、登壇する資格は十分にあるだろう。
すでに格闘メディア界の皆さんが彼をご承知だったらすいませんが、もしその方面で「彼のことはあまり知らなかった」ということなら、今後の執筆候補者リストに加えていただければ幸いだ。書く場所が増えれば、もっといろいろと読めるかもしれない。
「野に遺賢あり」という言葉をこういうときに使うことがあるが、実はこれは褒め言葉ではなく悪い状況を意味する。というかもともとは「野に遺賢無し」からの派生語で、こちらのほうが褒め言葉だった。つまり「賢者を野にとどめず、しかるべき地位や舞台が与えられている世の中=いい世の中」ということで、野に遺賢を置いているのは恥ずかしい状態なのです。
いや余談でした。

那嵯氏と植村氏の相違点

さて、翻訳ブログで書かれている柔術と柔道の話は、明治期に海を渡り、英国などで活躍した人々の軌跡を追うという点で興味の範囲が非常に広く「Gスピリッツ」掲載の那嵯氏の文章と重なっている。
私がGスピでへー、そんな人がいたのか!と知って、はてなダイアリーキーワードに登録した「谷幸雄」氏についても書かれているし、夏目漱石正岡子規に送った、英国レスリング見聞記録なども紹介されている。
正直一瞬、同一人物説も頭をよぎった(笑)
のだが、大きい点で違いがある。

那嵯氏の論は、Gスピ09号の特集における「日本柔術とキャッチ・アズ・キャッチ・キャン」「危険で野蛮なレスリング」でも分かるように、

・もともとキャッチにはサブミッション(関節・絞めをひっくるめ降参を奪う技)の技術体系があった。
・しかし、それがイギリスで20世紀初頭にメジャー化する際、危険な行為がルールから除外され、本来のスタイルとは別になった
・そこに日本からの柔術が入ってきた。
・その後のキャッチには関節技が使われるが、それは「柔術の技術を取り入れた」のでは無く「柔術登場を契機に、”禁じ手”だった、かつてのサブミッションの封印を解いた」ものである。

というものだ。
ところが翻訳blogの植村氏はこういう仮説を提唱する(※本人も下段引用のとおり「仮説であり、調べれば立証されるかもしれないし、反証が出てくるかもしれない」としています)。
http://sanjuro.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/23_94a1.html

百年前の文献を丁寧に調べれば、分かってくるはずだ。

(1)20世紀はじめには、キャッチ・アズ・キャッチ・キャン=フリースタイルのレスリングがプロレスとして行われていた。
(2)力づくでフォールを狙うレスリングで、なかなか勝負がつかなかった(漱石が見て「西洋の相撲なんて頗る間の抜けたものだよ」とあきれた)。
(3)タニ・ユキオをはじめとする柔術家が異種格闘技戦を挑んで、絞め技、関節技でギブアップを狙うという戦い方を始めた。
(4)それまではプロレスにサブミッション・レスリングという考え方がなかった
(5)プロレスは第一次大戦(1914-19)でいったん廃れたが、戦後復活するときに、対柔術戦からサブミッションを取り入れた
(6)ビリー・ライリーのスネークピットというジムで、グレコローマン、フリースタイル、柔術の三要素を取り入れたレスリングを教えた――というのはだいたい正しいだろう。
(7)しかし「キャッチ・アズ・キャッチ・キャン」とは、スネークピットのレスリングではなく、フリースタイルのことである。


 以上はあくまで仮説である。しかし前に言ったように、手間さえ厭わなければ検証できるはずだと思う。あるいは反対の証拠が見つかる(反証される)かも知れない。


那嵯氏は仮想の論争相手として、サブミッションの柔術からの導入説を「真っ向から否定させていただく」と述べて、1880年代のアメリカの試合(ウィガンからの移民選手)でサブミッションが既に使われていると語っているが、惜しいかなページのほぼ最後で、たぶん書くスペースが無かったのだろうか(笑)、具体例などは書かれていない。
だから、この両論が、十分なスペースをさらにどこかの格闘メディアに与えられ、そこで進化させていくなら、さらに実りは多そうなのだが、そんな場が今後あることを夢想するしだいである。

あとひとつ、この関係で那嵯氏の文章をウィキペディアに反映させるときにハタと気づいたのだが、マーク・ヒューイット氏も書いている「キャッチと柔術は互いの技術を取り入れた」という点で、これもスペースの都合があったのだろうが、「柔術レスリング技術を学んだ」具体例の記録が何かないだろうか?
ウィキペディアの「キャッチ・アズ・キャッチ・キャン」も、私は那嵯氏の文章を基に少し手を加えているが、「レスリング→柔術」の技術吸収の具体例は書けなかった。

「肩車はもともと、レスリングの技だった説」というのもどこかで目にした記憶があるが。

「孤例」問題

ただ、こういう格闘技の技術体系の起源探しとなると、非常に難しい問題がある。これは空手やテコンドーのほうにも派生して考えてもいいかもしれないが。
桜庭和志がかつて、ホイラー戦の前後に「グレイシーの技術をどう思うか」と聞かれて「あの人たちだって腕が三本、足が四本あるわけじゃないしねえ。」と語ったことがあったのだが、人間が取っ組み合ってどうだこのやろう、と無数にやっていれば、どこかで類似点というのは出てくるし、同じ技が生まれる確率も案外、考える以上に高いものの可能性があるのだ。
俺が考えた必殺技「青山(せいざん)」が、ホイス・グレイシーの曙殺しの技と同じだったという話や、サクラバズ・ポジションは実はグリフォンズ・ポジション…いや、俺の話じゃうさんくさくなりすぎるか(笑)。

確実な例としてスピニング・チョークを挙げよう。
なんとこれ、東京オリンピックの中で日本人選手が実際に使い、実際に勝利しているらしいんだよ!(ゴン格でこの技の出始め?ごろにそういう記事があった。覚えている人はもっと詳しい情報を教えてください)そういう意味では柔道にあった技かもしれない。
ただし、客観的に見てスピニングチョークについて書くなら、やっぱり
BTTチームのホジェリオ・ノゲイラらが練習の中で開発。アントニオ・ホドリゴ・ノゲイラが2004PRIDE-GP一回戦で横井宏考から一本を奪い、世界中に広まっていった」
と書くのが妥当だと思う。東京五輪で一本を取ったスピニングチョークはその後柔道界で消えていった、単に一人の天才のアドリブだったと例外扱いにするべきかと。
アンディ・フグも生涯、自らのかかと落としに対するテコンドー「ネリチャギ」の影響を否定し「練習中に自分が編み出した」といっている。ストレッチプラムと冬木スペシャルもまったく別物だ、指の角度が違うと開発者は語っていた(笑)。

【補足】コメント欄より
Ryo.F 2008/11/27 13:30
東京オリンピックの中で日本人選手」は岡野功。使った技はスピニングチョークではなく、着衣が前提の送襟締。著書『バイタル柔道<寝技編>』で解説されています。この本は柔道の技術書としては超ロングセラー。ノゲイラ兄がスピニングチョークを公開した後、雑誌がインタービューでこの本をノゲイラ兄に見せてた記憶がある。


那嵯氏の資料には、16世紀のドイツでの格闘技術書(そういうものがあるんだ)での関節技の図版がある。
だから存在は間違いないが、その「影響力」「一般化の度合い」は、これは事実の発掘でもある一方で「定義」する側の判断、主観的要素がおおいに加わる部分であるから、議論しても結論が出ないかも。当時の書籍の流通は少ないだろうしね。


ただ、華岡流が麻酔史に占める位置や山片幡桃が無神論史に占める位置、などと対比しても面白いかもしれない。

そういえば80年代に松浪健四郎氏が

「関節技は家畜を抑え込む必要があった遊牧民の技術が主」
「裸体格闘技は神事、着衣格闘技は戦闘を想定した実戦技術」
というような理論を週刊プロレスなどでよく語っていたけど、あの理論はどうなったのかな。彼のその論考は、おそらく論文や一般啓蒙書としてきちんとまとめられているのだろうけど、それを読まないと批評もしにくいかな。
ちょっと検索したら、氏の論考を紹介したブログがあった。
http://tig.seesaa.net/article/21680617.html


あとひとつ書きたいことがあったが、時間切れです。
また機会があれば。