INVISIBLE Dojo. ーQUIET & COLORFUL PLACE-

John 8:32 Then you will know the truth, and the truth will set you free."  複数ブログの過去記事を移管し、管理の委託を受けています/※場合により、語る対象の「ネタバレ」も在ります。ご了承ください 

「ゴッチの真実」で分かるレスリング、柔道、フック、そしてプロレス(Gスピ)

「真実によって傷つくのは、愚か者のみである」−カール・ゴッチ


Gスピリッツ Vol.9 (DVD付き) (タツミムック)

Gスピリッツ Vol.9 (DVD付き) (タツミムック)

が発売中。そしてこの特集。前号に続く後編となる。

「Uの源流を探る〜カール・ゴッチとキャッチ・アズ・キャッチ・キャン」


■危険で野蛮なレスリング−キャッチ・アズ・キャッチ・キャンの起源−
■JU-JUTSUは果たして敵なのか?−日本柔術とキャッチ・アズ・キャッチ・キャンの遭遇−
■ゴッチが勝てなかった男−バート・アシラティ評伝−
■『イスタス』から『ゴッチ』へ−カール・ゴッチ アメリカ時代の足跡−
カール・ゴッチが出会ったアメリカン・キャッチの偉人たち−オールド・シューター発掘−
■史上最強の三大フッカー−ゴッチとテーズ、ロビンソンの複雑な関係−

オール・イン・レスリン

今回一番興味深かったのは、オールインレスリングについて。
「イギリスには昔からオールインと呼ばれる試合形式があったんだ。ベアナックルのボクシングとCACC(キャッチアズ・キャッチキャン)をミックスしたものだと思ってくれればいい」(ビル・ロビンソン


実はこのオール・イン・レスリングという言葉は以前から知っていたのだが。
斎藤文彦のコラムで、船木誠勝や鈴木稔たちがパンクラスを「ハイブリッド・レスリング」と呼んでいた事におかんむりで「なぜそんなへんな造語を使うんじゃ。オール・イン・レスリングいう昔からのいいかたで呼べばいいんじゃ」と小言をいっていた・・・という話でした。
実は私、これはゴッチ翁が「レスリングには(ルール上は打撃とかが無くても)すべての要素があるんじゃ」という精神論として”オールイン”と言っているのだと思い込んでいました。
だから、ゴッチが登場する私の創作小説でも
http://homepage1.nifty.com/~memo8/griffon/0004.html

・・・人間が人間を素手で殺すための技術は、すべてキャッチの中にある。だからジャパンの若者の技術も、すべて存在して当然なのだ。私が『オール・イン・レスリング』という理由はそこにある。だから何も『ハイブリッド』などという必要はないのだ

と、いうせりふを言わせている。
ところがオールインレスリングって、ロビンソンのいうように一つの競技名、形式の呼称なんだってね。
これで長い間の疑問というか誤解が解けたが「すべてはレスリングにあるからオールインだ」と言い張るゴッチという、誤解のイメージも捨てがたいので小説はこのままでいきます(笑)

しかしまあ、やっていくうちに英国でも危険なサブミッションなどは一時なくなりつつあったらしい。
夏目漱石正岡子規に、「西洋の相撲」をみたことに関して感想を送っている。「木屑録」以外にも漱石はたくさん書簡があっておもしろいな。

柔術(柔道)来襲で復権したサブミッション

いわれればああそうか、と当たり前の話なのだが、この当時は今も記録や伝説に残る強豪のみでなく、「とんだ一杯くわせもの」や、そもそも柔術なんかしらないだろ、というような人まで海外であやしげな神秘の魔術として「JIU-JITSU」を教えていたのであります。ピンからキリまで。

そのピンのほう、リアルディールに属する人で、だがそれでも前田光世のような知名度がない選手に谷幸雄、三宅多留次らがいたという。
”スモール・タニ”の異名をとった谷幸雄氏は1950年まで存命で、記録上、イギリスのレスラーともっとも多く戦ったのは彼だというから、この人に今後だれかが焦点を当てて一書をものしてもらえれば面白い。

「バリツ」の謎に決着?

わたしはこの時代、ヴィクトリア朝時代の英国だと、反射的にシャーロック・ホームズに換算して、だれとどういう絡みが出てくるかを考えてしまうのだが、今回の記事でもそれに関係してくる。日本とホームズといえば、当然この話。

余談だが、このバーティツは作家コナン・度いるの有名な推理小説シャーロック・ホームズ』の文中に”謎の格闘技バリツ”として登場し、その正体探しのために世界中のシャーロキアンを悩ませてきた

という。
そういえば1993年、UFCでブラジルの「バーリ・トゥード」が日の目を見たとき「ああ、これがホームズのアレか!」と俺を含め夢枕獏氏らが興奮したのだが、それは文献を検証するとちがっていてしおれてしまった。
今現在、グーグル検索ではいくつかの記録が残っていて、それによると大槻ケンヂ氏がこのバーティッツ説を紹介、短編小説も書いているとか。それじゃだいぶメジャーにもなっているといえるかな。
(いや、こんな問題自体がマイナーだが(笑))

「バリツ」はウィキペディアでも項目が立っているが、バーティッツ説にはホームズ原理主義者がかく異議を唱えている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%AA%E3%83%84

・・・『ライヘンバッハの死闘』が行われたのは1891年であり、その時点でシャーロック・ホームズがバーティツに関する知識を有していたとするのはE.W.バートンライトの経歴に照らして時系列的に矛盾している

いや、この項目にもあるけど、小説が書かれたのは1903年なのね(笑)。まあよくある話だけど、過激シャーロキアンは、その物語の中において説明をつけたいから、まだ頭を悩ましているというわけ(笑)


谷幸雄で検索をしていたら、こういう話もあった。
http://blog.livedoor.jp/akiotsuchida/archives/50635479.html

『壜の中の手記』(ジェラルド・カーシュ西崎憲他訳2006角川文庫)読了。2002年に晶文社から刊行された同題の単行本に新訳2編を加えている。「狂える花」は別ヴァージョンを収録。
(略)
途中でイギリスのプロレスの話題が始まったのには驚いた。(略)次の一節を見つけて思わず襟を正した


「たとえば、ジョージ・ハッケンシュミットは史上最も偉大なキャッチ・アズ・キャッチ・キャンのレスラーで、全盛期には最強の男の一人だったが、私に言わせれば、もしユキオ・タニとフリースタイルで戦ったら、果たして彼に勝ち目があっただろうか。」


谷幸雄は日本からイギリスに渡って活躍した柔術家。半端ではないマニアである。訳者西崎憲によるカーシュ小伝中に、カーシュが転々とした多彩な職業中にレスラーとあったことから若干の期待はあったけれども。前歴にレスラーがある作家は他にC・W・ニコルしか知らない(こちらもイギリス出身である)。


余談はおいてもとに戻ると、柔道vsレスリングでは(それがシュートかはもはや歴史の中に消えた、回答不能の問いである)こういうルールがあった。
■三本勝負。
■一試合目はギをきて柔術スタイル、二試合目は裸でキャッチスタイル。
■三本目は、上の二試合のうち、試合決着までの時間が短かったほうのスタイルを行う。
なるほど!公平公明だし、どっちの試合も「捨て試合」にはならず両者とも全力で戦うだろう。(シュートならね)。一昨日のエントリ、高田屋嘉兵衛のところでもほんとうはかきたかったのだが、異文化が交わる時って、その差異による揉め事もトラブルもあるだろうけど、今期良く混ぜ続けておけば、どこかでみごとな折衷案というか、融合ができるもんだ…と思います。

この記事の著者の友人が言ったという言葉を孫引きしたい。
「キャッチと柔術は、どちらか片方が一方的に与え続ける親子ではない。お互いの優れたものを分かち合う、兄弟なんだ」



この話題、つづく。(司馬遼太郎風)